010 2「少女の嘆き」
突然現れた少女を、四人はどう対処すべきか分からなかった。
「えーと……どこから来たの? お名前は?」
ミーナが優しく語りかける。
「わたしはアクア! おねーちゃんといっしょにとなりのまちから歩いてきたんだけど……おねーちゃんがまいごになっちゃったの」
「それ、こいつが迷子なだけだろ」
ガイが呆れたように言い放つ。
「わたしこのオジサンきらーい」
「誰がオジサンだ!! まだ二十歳だ!!」
「あーん! オジサンがイジメる〜! 助けて〜」
アクアがアルフレッドに抱きついた。
「このガキ……!」
幼い少女相手にガイは拳を震わせて怒る。
「もっと優しくしたらどうだ?」
「そうです。アクアちゃんが可哀想ですよ、オジサン」
シンシアやミーナもガイを責める。
「何だよ皆して俺を悪者扱いかよ! ったく……先に行くぞ!」
ガイは一人で進み始めようとした。
「待って! この子はどうするんだ!? 安全な所に連れていかないと……」
シンシアがアクアを見つめる。
ここは安全ではない魔物地帯。それ故、目的地に送り届けてやらなければアクアは危険に晒され続ける状態になる。
しかし、アクアはこう告げた。——その時、彼女の瞳孔は開き切っていた。
「いや、すすんでいいよ。おねーちゃんはこっちにいるから。
けはいを感じるもん。おねーちゃんと、あと男の人……」
アクアの言葉によると、アクアの姉と男性がこの道の奥にいるようだ。四人は彼女の安全な場所への避難も考えたが、まず、姉と再会させてやるのが先決だと決断を下した。
そうして、四人は謎の少女アクアを連れて先を進んだ。
「ライドさん、何処まで行ってるんだろう」
ライドが切り拓いてくれたのであろう道を五人は辿っていく。ライドと合流しなければ、彼は向こうの、バルドロの組と、巨雄牛に対峙することになる。
大型の魔物相手に四人も戦力が欠けているというのはあまりにも不都合であり、何としてもライドに追いつく必要があった。——とは言っても、ライドもそこのところは心得ているであろうから、アルフレッド達と合流出来るようにペース考えているだろう。
「あ、おねーちゃんがちかくにいる。もうすぐだよ」
アクアの言葉を頼りにアルフレッド達は進む。
そして、遂に一人の女性を見つけた。——女性と一緒にいる男性はライドだった。
「おねーちゃん!!」「アクア!!」
「ライドさん!」「遅かったじゃねえか……」
女性はお転婆なアクアと似付かず、清楚で高貴な人物だった。外見から憂鬱ささえも感じられる。
遅れた理由を説明するために、まず、此方の状況を説明した。ライドがいなくて戦闘が大変だったこと、迷子の少女が姉を探していたこと。
「成る程な……俺は、進む途中にこいつと出くわしただけだが……詳しくはこいつ、カナリアに聞いてくれ」
ライドがいい終えると、カナリアという女性が話し始めた。
「初めまして。アクアの姉の、カナリア・アイシクルスロットと言うものです。
この度はアクアがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
アルフレッドのそばにいたアクアは、いつの間にかカナリアの元へと移っていた。
「実は、私達は隣国から逃げてきたのです」
「隣国!? 何でそんな遠い所から…?」
「私達の母国——アクルクシアは、現在大変危険な状況に陥っているのです……」
アクルクシアについての噂は有名なものだった。歴史的背景から成る、アークライト国との同盟関係。貿易をアークライトに依存していたため、アークライトの鎖国は大変な影響を及ぼした。気候も冷涼で乾燥していて、おまけに内陸にあるアクルクシア国は、農作物はおろか、水産業も出来ず、八方塞がりな状態であった。
隣国から食物の輸入をするものの、食糧不足は依然として続き、物価はかなり高騰していて食糧を手に入れられない飢餓者も続出している。
平民は兵役に駆り出され、魔物と一進一退の攻防続いて戦況は変わらず。軍事費も馬鹿にならずに国家の資産を圧迫している。
国王は国の面子を保つために、他国に援助要請もせず、この状況が好転することは無い。
「だから、私は助けを請いに参ったのです」
その時、彼女らの素性をやっと五人は把握した。
「私達、アクルクシアは、オリオルフェストと同盟を結びに参りました」
彼女達は、アクルクシア国の王族だった。
「何てこった……それじゃ、カナリアさんはともかくこのガキは……」
ガイは顔面蒼白になった。
「しかし、これからどうするつもりだ?」
ライドは言った。
オリオルフェストは王建国家では無く、トップは国軍なのだ。国軍本部にいったとしても、話は聞いてもらえない。——なぜなら、国軍司令は今、この場にいる。
そして、ライドはガイ達にアイコンタクトを取る。
「つまり、俺たちが二人を護衛しろってことか?」
「七十点。護衛しながら戦えってことだ」
「むしろ辛いわ!!」
ガイがつっこんだものの、ライドは大マジだった。
「あくまで今日のメーンは巨雄牛の討伐だからな」
ライドが歩み始め、皆はそれに続いた。
「以外と何にも無かったね」
「もうつまらん〜! ウチ早く戦いたいわ〜」
「くそ! 俺の拳が震えてるぜ!!
馬鹿野郎! 武者震いだ、これは」
「もうちょっと静かに出来んのか、お前らは……」
ルージュはいつものことなので笑い飛ばし、バルドロは呆れていた。
「お、もうライド達は構えているな……」
バルドロは茂みに隠れながら巨雄牛を見つめる。
その対角線上には、ライド達が合図を出して待っていた。——ミーナが光を発して信号を送っている。
「三十秒後に展開か……誰か、光魔法は使えないか?」
誰も反応しないので、バルドロは仕方なく手で大きく丸を作り返事をした。
「バルドロさんが丸作ってるよ……ぷぷ……」
巨体に似合わずバルドロがジェスチャーで表したのがツボにはまったのか、ガイが笑いを漏らす。釣られて皆笑うのを、ミーナが咎めた。
「後五秒ですよ! 集中してください!!」
その言葉に、一同は顔を引き締める。
「二人は後ろで待機していてください」
アルフレッドがアクアとカナリアを後方へ引かせる。
「四……三……二……一…………零!!」
「囲めえぇぇぇ!!」
ミーナのカウントが終わると同時に、一同は動き出した。巨雄牛の反応よりも早く、行動に移す。——そして、あっという間に敵を囲んだ。
「……先制ィィ!!」
格闘家、シフが跳躍し敵の背後から後頭部に拳を入れる。
「っ!? かってえぇ!!」
「無茶せんで!! 詠唱完了! 『白盾』!!」
トトリがシフに防御魔法を唱える。その瞬間、巨雄牛が反転し、空中のシフに頭突きを繰り出す。シフはそのまま地上に落下した。
「痛ぇな……サンキュー、トトリ。間一髪だった」
トトリによる防御魔法のお陰で、強烈な攻撃にもかかわらずシフは殆ど無傷だった。
「ヒヤヒヤさせるね、君は」
グリーンが笑う。
「テメェは後ろで歌ってやがれ!」
「はいはい」
グリーンはニコニコしてシフに従う。その行動を、アルフレッド以外は誰も妨げなかった。
「あいつ、ふざけているのか!? 何で誰も止めないんだよ!」
それに対してミーナが解説する。
「吟遊詩人について知らない様ですね……吟遊詩人の特殊な能力、それは『歌』にあるんです」
「どういうことだよ……」
「まあ、見ていれば…いや、聴いていれば分かりますよ」
ミーナはグリーンを見据えてそう言った。
「いくよ、『英雄の歌』」
竪琴から美しい旋律が流れ出す。それに合わせてグリーンが柔らかな歌声を乗せる。それは一つの音楽となり、その場を包み込んだ。
「何だ……身体から力が湧いて……!?」
アルフレッドは気づいた。そして、ミーナの言うことを理解した。
「あの音楽が、力を与えているのか……? これが、吟遊詩人の能力……」
吟遊詩人の吟じる音楽——それは、体内の細胞を活性化させ、自分の内に眠る能力を解放するものだった。
「魔力が溢れ出る……!! シンシア! アルフレッド! 一発でかいの当てるから引きつけてくれ!!」
ガイの指示に従い、アルフレッドとシンシアは二手に分かれる。
「俺が相手だ!! っ……ぐぅっ……」
アルフレッドが斬りつけようとするが、いとも簡単にはじき返される。
そして、アルフレッドは敵の反撃を正面から受けてしまった。
「大丈夫ですか!? アルフレッドさん!!」
仄かな光がアルフレッドを包む。その正体は、ミーナの放った回復魔法であった。
みるみるうちに、アルフレッドの傷は癒えていった。
「ありがとう、ミーナ」
「ついでに防御魔法もかけときますよ!」
万全の体制になったアルフレッドが再び巨雄牛に向き直る。
「はあああ!!」
アルフレッドが剣を振るのを、巨雄牛はやはり簡単に受け止める。しかし、今度はアルフレッドは相手に攻撃を許さない程の手数を繰り出した。
そして、その時一矢が通り過ぎた。
「ナイス!! シンシア!!」
シンシアの放った矢が巨雄牛の目玉に的中する。
それによって、巨雄牛の動きが疎かになった。
「——ッ!!」
アルフレッドは隙を見逃さなかった。
剣を水平に構え前方に力一杯振り抜く。その軌跡は、弧を描いていた。
「あれは……『剣閃』」
ライドがそれを見て呟く。
「剣士でも上級の技ですな。それを戦闘中に閃くなんて、やはり彼は素質がある」
続けて、バルドロもライドに言った。
『剣閃』の一撃を受けた巨雄牛は怯んで動きが鈍った。
「詠唱完了!!」
その時、ガイの声が響いた。
「全力全開だ!!
単体魔法・強!! 『炎獄』ゥゥゥ!!」
ガイの唱えたそれは、巨雄牛の頭上に現れた。
巨雄牛になす術はない。
ガイが腕を振り下ろすとともに巨大な炎球が巨雄牛を襲い、周囲に衝撃波が起こる。視界は煙によって全く見えなかった。
煙が徐々に晴れ、巨雄牛の姿が確認できる。
「嘘だろ……!?」
そこには、倒れた姿ではなく、咆哮を繰り返す姿があった。
しかし、確実にダメージは与えられていた。
「一気に畳み掛けるぞ!!」
ライドの一声で、前衛が攻撃をしかける。少しずつだが、巨雄牛にダメージを与えられているみたいだった。
しかし、巨雄牛も弱くはない。すぐに反撃に出る。まずアルフレッドを角でつく。アルフレッドは剣で防ぐが後方へ飛ばされた。そして足踏みをして地面を揺らし、全員の動きを止める。続いて一回転して尻尾で薙ぎ払った。ライドやバルドロ、ルージュは運良く避けたものの、シフには直撃しダメージも大きいようだった。
「尻尾が邪魔で近づけないな……」
バルドロがぼやく。それに対してルージュが応えた。
「僕がやります」
彼は手にした巨大な斧を両手で構える。
「一人じゃ危ない……」
「大丈夫ですよ」
ルージュの言葉には、自信があった。
「トトリ、補助頼む」
「了解! 詠唱開始〜」
ルージュは巨雄牛の前に立ち、斧を構えた。そして再び巨雄牛が尻尾でルージュを薙ぎ払おうとした。
「詠唱完了!! 『刃』!!」
ルージュに向かって光が飛び、彼を包み込んだ。『刃』は、攻撃補助魔法の様だ。
「はああぁぁっ!!」
尻尾が迫り来ると同時に、ルージュは振りかざした斧を振り抜いた。そして、タイミング良く巨雄牛の尻尾を巻き込む。
結果、巨雄牛の尻尾は切断された。斧を振り抜いた元々の攻撃力、補助魔法による力の上昇、迫り来る尻尾から受ける力の反作用……要因は沢山あった。
しかし、タイミングを間違えれば命取り。一回限りのチャンスで、ルージュは危なげなくそれを成功させた。
それによって、一同はルージュがかなりの実力者であることを悟る。
「強い……」
巨雄牛は切り取られた自分の尻尾の残骸を見て憤怒した。二つの後脚で立ち上がったかと思うと、両腕を振りかざす。その姿はまるで『熊』で、大きさは二倍ほどあるかのように見えた。
「これは何かヤバい臭いがする……!?」
「いいか! 気ィ抜くんじゃねえぞ!!」
そして、力の差はあまりに歴然としすぎていた。
腕で薙ぎ、角で薙ぎ、そのダメージは計り知れない。
「コイツ……なんて強さだ」
そして、ライドは気づいた。
今、巨雄牛は本気で掛かってきている。そして、その猛攻を全員で必死に食い止めている所だ。——そう、全員で。
つまり、円で囲んだ陣形は既に滅茶苦茶になって意味をなしていない。
そして後方に退避させていた女二人——カナリアとアクア——は危険に晒されている。
「分かったぞ……」
狙いは、カナリアとアクア。
「誰か! カナリアとアクアを守れェェ!!」
その叫びは、遅かった。巨雄牛は反転すればそこには二人がいるが、此方からすると周を回らなければならない。
どんなに急いでも、間に合うことは無かった。
「————!!」
二人の前に立ちはだかる巨雄牛。その姿は、凶暴かつ、獰猛と言えた。
決死の覚悟でカナリアがアクアを庇う。
「泣いちゃダメ!! アクア!!
貴方がここで挫けてしまえば、取り返しがつきません!!」
宥めるカナリアだったが、アクアの引きつった顔から、遂に涙が溢れ出た。
「ひっ……ぐっ……」
「うわぁぁぁああん……!! ひぐっ…えぇぇぇん!!」
がしゃん。
何かの壊れる音がした。
「何だよ……これ……」
目に映るのは、巨雄牛が鳴き叫ぶ姿。それは、咆哮などではなく、哭鳴していた。
先程までの空気とらまるで違うというのを全員が理解していた。
ただならぬ殺気が、巨雄牛から滲み出ている。その姿は、もはや牛などでは無く、血に飢えた熊だった。
「バ……バケモンだ……!!」
「もう! 怖がらせんでよ!!」
誰もが恐怖に慄いた。あのライドでさえ、事態の把握が出来ていなかった。
「何だよ……あれ……一体どういうことだ……?」
ライドは必死で考えた。普段余裕ぶっている表情も、今は消えていた。
「牛…殺気…熊……少女……号泣……嘆き……悲嘆」
思い当たるワードを片っ端から検索する。そして、
「成る程……そうか、そういうことかよ……」
答えに辿り着いた。
「スカー大佐」
ライドはバルドロを真名で読んだ。その呼び名と、顔つきから事態の緊急性をバルドロは理解した。
「何でしょうか、ヴェルナー司令」
「アレを使う。」
「……!? アレって……死ぬつもりですか!?」
思わずバルドロは叫ぶ。それを皆聞き逃さなかった。
「死ぬってどういうことですか……?」
アルフレッドが食いかかる。
「お前は黙ってろ」
「黙ってられないですよ!! ライドさんが死ぬなんて……ありえない!」
「黙れぇぇ!!」
それは、聞いたことのない怒声だった。ライドでは無く、バルドロ——スカーの。
「この方にそんな口を叩くでない!! お前らに敵うような相手ではないのだぞ!?」
「バルドロさん……どうしたんですか……」
スカーは、ライドと目配せをした。
「儂はスカー・オーランド。国軍大佐だ」
「え……?」
アルフレッドだけでなく、全員が理解出来なかった。
国軍のエリート中のエリート、上から三つ目の階級の人間がこの場にいることなど、信じられるはずがなかった。
「そして、ここにおられる方は……」
「自分で言う」
ライドが前に出る。
「俺は国軍総司令ヴェルナー・アンドロス。
この作戦は現段階を以って破棄。命の安全を最優先にしたまえ。
ここは危険だ。皆ここから離れろ」
「ライドさん……何を言ってるんですか?」
「これは命令だ!!」
「……」
「アルフレッド」
ヴェルナーが話しかける。
「俺は死なない。俺は負けることなんてないよ。
なぜなら——」
アルフレッド達は、ヴェルナーの指示に従いその場を去った。
「俺は『無敗の猛者』だ」
「良かったのですか?」
「ああ。いずれバレることだったしな」
「それにしても、よくあんな虚栄張ってられますよね」
「知ってるだろ? 虚栄なんかじゃない。『傲慢』だ」
「いつまでも、『傲慢』でいてください」
「分かってるよ……さあ、『怠惰』野郎。決着をつけようじゃないか」
ヴェルナーは、呪文を唱えた。




