第六話 先輩は後輩をいびるモノ。後輩は先輩を敬うモノ。
神社への道は意外に複雑だった。
昨日の夜、無事にたどり着けたのが不思議なくらいだ。
結美さんの案内が無ければ、同じところをグルグル回っていたかもしれない。
後藤と2人で迷っていた時とは打って変わって、昨日の林にすぐ着いた。
「元々、山だった所を切り開いたんだって。この木のトンネルはその残り」
結美さんが楽しそうに指で指し示しながら場所の説明をしてくれた。
ふーんとか、ほーとか、曖昧に相槌を打ちながら、俺たちは林を抜ける。
抜けて見えた階段は長さがしっかりしていた。
そこでふと昨日と違うことに気がつく。
昨日の壊れそうな階段と違う…?
ひょっとして暗かったからボロいと勘違いしたのだろうか。
そんなことを頭で考察しながら、口は勝手に今の心情を吐露していた。
「うへぇ…階段長い…」
げんなりして目の前の階段を眺めていると結美さんがこちらを向いた。
「山手君。階段苦手?この階段も山だった名残なんだって。春には両側が桜でいっぱい」
結美さんの話に後藤が楽しそうに目を見開いた。
「へぇ!それは見たいな!あ、山手は階段が苦手じゃなくて、運動不足なだけだよ」
余計なことを…
俺が後藤に向けて睨んでいると結美さんは笑った。
「ありゃりゃ。ちゃんと運動しないと太るよ~」
「うっ…適度に運動してるよ」
主に"心臓の"とは言わなかった。酸素の運搬をしてくれる赤血球とか白血球とかがめまぐるしく動くたびに筋肉がつけばいいのになあ。
なんて馬鹿らしいことを考えていたら、結美さんと後藤は階段を登り始めていた。
あわてて俺もあとに続く。
「階段、見ての通り長いから」
俺たちの方を向かず、どんどん登りながら結美さんが言う。小柄で華奢な体型なのに、運動神経はいいようで進むペースが早い。息を切らせながら、必死でついて行く俺と違って、涼しい顔で中間の踊り場のような場所に結美さんはすでに到着していた。少し遅れて後藤が続き、最後に俺もなんとかたどり着く。
田舎育ちは都会っ子よりも体力があるという話は本当のようだ。後藤だって少し息切らしてるくらいだからな。
決して俺が運動不足だからではない。
やっぱ若いから、農作業とか手伝わされて筋力つけてんのかな…などと考えていてふと思う。
…ていうかこの子、いくつだろう。
妙に気になったので、俺は息が整ってから結美さんに尋ねてみた。女性に年齢を聞くのはタブーとよく言われるが、それは顔に小じわが目立ち出してかららしいので、今回は気にせず堂々と聞く。
「結美さんって何歳?」
「ん~?高校生」
「だと思った。何年生?」
「高2」
「………マジ?」
ポカンとする俺に結美さんはニコリと笑った。
「うん。マジ。学生証見ちゃったから知ってるんだけど、君ら高1だよね?要するに私は、君らより一つ先輩ってことになる。君らは先輩に敬語使わないんだって思って見てた」
そう言って笑顔を強める結美さんを見て無意識に一歩下がる。
ヤバイ。なんかヤバイ。この人笑ってるけど、目が座っちゃってないか?もしかして、『先輩には敬語使って敬えやごらあ』って奴か。
謝るべきなんだろうか。けど、高校生の年下年上って、マジでわかりづらいんだもの。俺、自分の学校の先輩後輩だって、ジャージの色の判別がないとわかんねえし………いや、言いわけ言ったって意味ないよな。
ここは素直に謝るべきかと決心した俺の横で、黙って話を聞いていた後藤が明るい声を出した。
「えー!マジっすか!全然気がつきませんでした!てっきりタメだと思って、普通にタメ口でした。ごめんなさい」
後藤よく謝った。………いや、お前、謝ってんのかそれ?なんか変に軽いぞ。
けど、謝るという姿勢が大切だしな。俺も謝らなきゃ、と思い声を出そうとした時、結美さんが突然笑い出した。
呆気にとられた俺たちに構わず、結美さんは笑い続ける。なんで?
「プッククク……!ご、ごめん!だって、別に謝らなくていいのに……!」
ヒーヒー言いながら腹を抱える結美さんに俺は困り果てた。どうやら俺たちの先輩と知った時の『ヤベッ』という表情がツボだったらしい。
結構性格悪いなこの人。
「もー、脅かさないでくださいよ先輩。笑顔、超怖かったんですから」
言ってからこれはひょっとして失礼な発言か?と冷や汗をかいたが、結美さんは笑いを止めるのに必死だったらしく無反応だった。
「ハァハァ…お腹痛い…敬語使わなくていいのに」
お。意外といい人っぽい。
「あ、やっぱ訂正。目上には敬語使え」
………そうでもないね。
「あ、はい」
性格悪い結美先輩に敬語を使いながら、俺たちは残りの階段を登る。長い階段にこの照りつけるような陽光は辟易としてしまう。
前を歩く後藤は元気そのもので、心霊現象について先輩に一方的に話している。
…初対面の人間になんちゅう世間話を振ってんだあいつは。
呆れているとこっちにまで振ってきた。
もちろん、昨日のことについてだ。
「山手。昨日のはやっぱ心霊現象だったよな!」
「絶対に違う。見間違いだって見間違い。暗くて木の枝がそう見えたとか、そういうのだ」
少々無理のある言い分を頭の硬い後藤が納得するはずもなく、勢いよく抗議された。
「そんなわけないだろ。どうやったらあんなムニョムニョウネウネな物体を木の枝と間違えるんだよ。それともアレか?メタキンもどきがゲーム以外に存在とでも言う気か?」
後藤は「ポ○モンもいるらしいし?」と追い打ちをかけてきやがった。
「言わねえよ!ていうかやめろ!昨日のことは蒸し返すな!ちょっとどうかしてただけなんだからその痛いセリフを持ち出さないでくれ!」
俺はテンパると思っていることをそのまま言ってしまうらしく、昨日の俺の痛々しい思考は全て後藤に筒抜けだったらしい。
なんという失態!
念のため補足しとくけど、実際に現実世界にポ○モンがいないことくらい知ってるからな!?
あん時は頭がちょいイカれてたから正常な思考回路してなかっただけで、普段から信じてるわけじゃないからな!
結美さんに可哀想な目で見られないよう必死で弁解する俺。
後藤は後藤でポ○モンは絶対いないけど、幽霊は居て昨日のは心霊現象だったと言い張る。
この野郎…ポ○モンが絶対いないだと…?
…いや、そこじゃねえや。
心霊現象なんてあるわけないだろ!
いつしか俺たちは結美さんそっちのけで歩みを止めて言い争いをしていた。
俺たちが止まったせいで、結美さんも止まる。
いっこうに終わりの見えない言い争いに俺は助け舟を期待して結美さんの方を向いた。
まともそうだし、と妙に安心しながら聞いた俺は彼女の次に言った言葉に世の中そんなに甘くはないと思い知らされた。
「あはは。やっぱり昨日の夜来てたのは君らだったんだ~」
「え…?あの、先輩?」
戸惑う俺をよそに結美さんは続けた。
「昨日、ここで見たアレ、私の親友なんだ」
……誰か助けてください。