第五話 不思議な女の子現る
翌日の気分は最悪だった。というより寝ていなかった。
眠れるわけがなかった。
昨日のアレは一体なんだったのかばかりが頭の中をグルグルと渦巻いて何も考えられない状態だった。
いや…きっとアレは俺の夢だ。怖い怖いと思い込んでいるから、あんな意味のわからん夢を見るんだ。きっとそうだ。巫女さんがスライムと戦うなんて、俺好みの展開あるわけないだろ。なんだ妄想かよ。
だったらもうちょっと巫女さん近くで見たかったなー。あー夢から覚めちゃって残念残念!
よし。現実逃避完了。うん。なんか本当にアレは夢だった気がしてきた。
これで全てーーー…
「なあ山手!昨日の神社行こうぜ!ひょっとしたらスライムの残骸残ってるかも!」
元通り、なわけないよな…
襖を勢いよく開けてどこかへ行っていた後藤が戻ってきて言った。
後藤の満面の笑みを見ながら、俺は布団に顔をうずめた。
証人が俺だけじゃなく後藤もいる時点で、現実逃避がムリなことくらいわかっていた。
夢にしてはリアルすぎるしな。巫女さんの服に付いた血とか。
嫌なことばかりを鮮明に覚えている自分の脳みそが憎らしい。
俺は布団から起き上がり、いつになく興奮状態の後藤を見る。
少し目が赤いからおそらくこいつも寝ていないのだろう。
ただし、俺と違って後藤の「寝られなかった」は子どもが遠足の前日にワクワクし過ぎて寝られなかったとかいうアレだろう。
「お前さぁ…昨日のアレ見て、もう絶対近づかないっていう考えはおきないわけ?」
「なんで?おきるわけないじゃん」
…だよな。お前がブレなくて俺もなんか逆に安心したよ。
「そうだな。行ってみるか」
後藤は目を見開いた。
「……なんだよ」
「いや、てっきりいつもみたく『嫌だね。絶対行きたくねぇ』って言うと思ってたから」
俺はのそりと布団からはい出して頭を掻いた。後藤の横を通って冷たい床をスタスタ歩く。
「…俺だって人並みに好奇心はあるんだよ。昨日のアレが夢じゃないってんなら、知りたくもなるだろ」
後藤は一瞬ポカンとしてからパアッという効果音がつきそうな程破顔した。
「だよなあ!」
「けど、行くのは朝メシ食った後だ。朝食も食わずにあんなとこ登れないからな」
「あぁ」という元気な声とともに、こちらに駆けてくる後藤の足跡を聞きながら、俺は予想以上に痛い筋肉痛に耐えていた。
ヤバイ。これはマズイ。一歩一歩がめちゃくちゃ響く。
まぁ昨日あんだけ走ればなぁ…と思ってふと昨日の去り際を思い出す。
そういえば、誰かに呼び止められたような…
「まさか、な」
***
車がそれなりに通る歩道を歩きながら、俺は頭を抑えていた。
というか頭を抱えていた。
「…なんで山の中の神社に行こうとして市内に出てんだよ」
「おかしいな〜…確かこの道のはずだったんだけど」
後藤は遠くを見ながら不思議そうにつぶやく。
俺は車の音に消されないように大きな声で怒鳴った。
「お前がっ道は覚えたから地図はいらねぇって言うから!こうして手ぶらでお前のあとついてったってのに!なんで山から離れてくんだよ!」
後藤も負けじと声を張り上げる。
「仕方ないだろ!暗かったし、帰りなんて山手が無理矢理引っ張るから全然道なんて見てなかったし!」
「はあ!?お前、さっきと言ってること違うだろ!」
「俺は、『ある程度なら把握してる』って言ったんだよ!あの暗闇の中、
完璧に道順覚えてるなんてムリに決まってるだろ!」
「あーもう知らね。お前なんか信じた俺が馬鹿だった!もー知らね。ここで家へ帰るルートもわからなくなったら、お前本当、アレだぞ…ぶん殴るぞ!」
「別に山手のパンチ痛くないからそれはいいけど」
「な"!?」
俺が本気で殴ってやろうかと考えた時だった。
「君たち何騒いでんの?」
不意にかかった声に俺と後藤が2人して振り返ると、
焦げ茶色の髪をポニーテールにした綺麗な黒目の女の子が立っていた。
女の子は俺と後藤を交互に見て、「あー!やっぱりー!」と嬉しそうに笑った。
「君たち昨日、ここの上の神社にいたでしょ」
「な、なんで知ってんの?てか、あの、どちら様?」
指をさされ、思わずビクつく俺に女の子は手をさし出した。
「はいこれ。昨日あわてて帰っちゃうから見失っちゃって渡せなかったよ」
見ると、手のひらの上に何か持っている。俺はそれを見て目を丸くした。
「あれ…?俺の生徒手帳?」
なんでそんなものをこの子が持ってるんだ?
ちんぷんかんぷんな俺に彼女はクスクスと笑う。
「昨日落としてったじゃない。私が拾っといてあげたんだよ。コレ大事なものなんでしょ?」
彼女の手から手帳を受け取り、まだよくわかっていない俺だったが、とりあえず礼を言う。
「ど、どうもありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
笑顔の女の子に少しだけドキリとしていると、女の子は手をさし出した。
「道に迷ってるんでしょ?案内したげるよ。この町は私の庭だから」
笑う彼女はどこか影があるように見え、そう見える自分を俺は不思議に思う。
なんだ?なんで今、俺、ゾッとしたんだ?
後藤は気がつかなかったらしく、彼女に礼を言って、笑っていた。
「それで、良かったら、名前教えてくれないかな」
後藤の言葉に女の子は今、気がついたように「あぁ」とつぶやいてこちらを向いた。
「神城結美」
「俺は後藤。で、こっちは山手。えっと神城さん…」
「結美でいいよ」
彼女は後藤を遮って言った。
「なんか苗字で呼ばれるとくすぐったい」
そう言って笑う彼女はやはり可愛くて、俺は先ほど感じた寒気をすぐ忘れた。
けど、やっぱり女の子を呼び捨てにするなんて恥ずかしいので、さん付けで呼ばせてくれと言うと、結美さんはそれでいいと楽しそうに笑った。