第三話 ある意味想定内の出来事
ようやくたどり着いた後藤の親戚の家は、まさに田舎の家そのものだった。立て付けの悪そうな扉。土とカビの混じった独特の匂い。まるで人の顔のように見える天井の染み。こんな絶滅したと思っていた田舎の家がまだ存在していたなんて。
唖然とする俺を迎えてくれたのは、これまた田舎のおばあちゃんそのままな感じの優し気なおばあさんだった。
後藤のおばあさんは突然の親戚の子の友人という俺の存在を快く歓迎してくれた。
後藤は楽しそうにおばあさんと話したあと、部屋に案内してくれた。
「ここ。この部屋が俺と山手が寝る部屋」
「おー・・・て、せまっ!ふたりで寝るのにこれはないだろ」
案内された部屋は、畳が四畳半という広さしかない和室だった。
さすがにこれはない。男二人でこの狭さはむさ苦しすぎる。
「部屋ほかにもけっこうあるだろ。あのおばあさんひとり暮らしなんだろ?」
後藤は「そんなに狭いかなぁ」とぼやきながら部屋に荷物を置き始めている。
「おい聞けよ。ほかにもっと広い和室あっただろ。なんでわざわざこんな狭いとこでお前とふたりで寝なきゃなんないんだよ」
渋る俺に後藤はなんでもない風にさらりと言ってのけた。
「だっておばあちゃんがここで寝てたら座敷わらしが出たって言って・・・」
「部屋変えろ今すぐ変えろとにかく変えろ!」
「なんだよ急に。座敷わらしに会うと幸せになるって言うだろ」
「いーよ俺、今のままで十分幸せだから!」
まだごねる後藤をなんとかねじ伏せ、ようやく別の部屋に移動させることに成功した。全く、油断もスキもあったものではない。
ずいぶんここに来るまでに時間がかかったので辺りはすっかり日が暮れて暗くなっていた。
「そろそろ飯時なんじゃないか?」
「それもそうだな。おばあちゃんに聞いてくるよ」
ふすまを閉めてスタスタと出て行く後藤を見送り、とにかく足を休めることに集中する。
ジンジンとした痛みが出てきた上に、ふくらはぎがパンパンに腫れてしまっている。
うわ。これはもう走れないわ。
多分、それこそこの町で妖怪なんてものに(いるわけないが)遭遇したとしても絶対に走って逃げるなんて無理。というより走ろうという気にもならないだろう。
そのくらいひどい状態だった。
いや、俺が日頃から運動してないのが悪いんだけど。
食事は山の山菜の天ぷらや、川魚の串焼きなどといった郷土料理がずらりと並び、それらはどれもこれも本当に美味しかった。後藤のおばあさんが料理上手ということもあるだろうが、新鮮な食材という部分が大きいのだろう。
たらふく食べて大満足な俺に後藤は明るく言った。
「じゃ、そろそろ行こうか」
・・・・・・どこに?
***
寒い。暗い。怖・・・いや、怖くはない。怖くはないが逃げたい。
・・・・いや、もう正直に言う。怖すぎっっ!
「ふっざけんなよお前!何考えてんだよ。バカなの?てかバカだよ。お前バカ!」
「うるさいよ山手。人少ないって言ってもこの辺りに住んでる人もいるんだから近所迷惑だろ」
暗い夜道を俺と後藤は二人きりで歩いていた。
昼間歩いた道のりのはずなのに、夜になるとなぜこうも不気味に映るのだろう。
夏なので寒くないはずなのに、うすら寒く、首すじが冷えていくのを感じながら、俺は懐中電灯を握りしめた。
・・・油断していた。さっき”油断もスキもない”と思っておきながら夕飯のうまさにすっかり油断していた。
後藤はいつになくイキイキと歩いている。このくらい夜道をこんな楽しげに歩く人間が果たして何人いるだろう。もちろんシラフで、だ。
前方を意気揚々と歩く後藤がこちらを見ずに言った。
「この近くに神社があるらしいんだけどさ。暗くて全然見えないよな。なんでだろう。ライトつけてんのに」
そう言いつつ全く困っている様子もなく、むしろ神社への道がわからないことがおもしろくて仕方がないようだ。
俺は頭を抑えた。
そう。奴の病気とも言える症状が発病してしまったのだ。
『オカルトマニア』
この存在を侮るなかれ。
自分の”見たい”、”知りたい”という欲望の前に奴は決して立ち止まらない。気にしない。
俺の平穏にゆったりと静かに過ごしたいというごくわずかな願いさえ、奴は簡単に粉々に壊すのだ。
その「よく出る」という神社に行きたいという後藤に俺はこれ以上ないほどの素晴らしい提案をしてやったのだ。
「一人で行ってくれば?」
この双方の意に沿った完璧な提案を後藤はたったの一言で蹴り飛ばした。
「それじゃつまらないだろ」
ここでキレた俺はどこも悪くないと思う。むしろキレて正解だと思う。
正当な怒りを抱く俺に後藤はとんでもない選択肢をよこしてきた。
「もし行かないって言うなら寝床をさっきの座敷わらしが出る部屋に戻す」
「はぁあ!?」
「言っとくけど、この家は俺の親戚の家で山手はただの客人だからね。部屋を決める権限は当然俺にあるわけだよ」
こ、こいつ・・・!
「俺を脅す気か!」
なんて奴!と睨む俺に後藤はすまし顔で答えた。
「脅すなんてとんでもない。ただ、もし本当にすっごいのが出てきたら、霊媒師の山手に見せないわけにはいかないだろ?」
ものすごく理不尽なことを当然のように言い切る後藤を前に、もはや反論する気力さえ起きなかった。
それで結局どっちをとったかって?
平穏で安心安全な睡眠と、一時的な回避。どっちをとるかなんて愚問だった。