第二話 山道は足にクる
「なにが"当然でしょ?"だよ!いや別にさ?いいんだよ。夫婦水入らず旅行に行くくらい息子としてはそりゃ全然許せるよ。
たださ、その2日間の間の俺の食べ物はどうすんだっつー話だよ!」
「おばさん、作り置きとかしてくれなかったのか?」
後藤の質問に俺は大きく息を吐いて首振った。
「もう高校生なんだから2日間くらい自分で生き延びなさいとかなんとか言ってたけど、基本めんどくさがりなんだよあの人。
たぶん旅行を前に、料理大量に作るのがめんどくさかったんだ…」
あのクソババアと内心で思いつつ、イライラしていると、後藤がさも不思議と言わんばかりに首をかしげた。
「けどさ、おばさんの言うとおりたった2日だろ?自力でテキトーに料理して過ごしとけば良かったんじゃないか?」
俺はフッと息を吐いた。その動作で汗がピピっと飛んでいき、まるで少女漫画の好青年のトーンのようにキラキラと光に乱反射したが、かっこつけたかったわけじゃないからな。
「・・・後藤、知ってるか。こんなに便利になった世の中のくせにIHは何も教えてくれねぇんだぜ?」
「・・・何を?」
怪訝な顔でこちらを凝視する後藤。ん?俺何もオカシイこと言ってなくね?
「いやだからさ、『今、火通しすぎ』とか『まだ焼けてないよ』とか、全く何も教えてくれねぇんだって
!」
「・・・・・・」
無言になった後藤に構わず俺は続けた。
「だいたいレシピ本にさ、”火は中火でーーー”とか、”適量を入れーーー”とか書いてあんのって手ェぬきすぎじゃね?中火ってなんだよ。火の中間とか意味不明だし、”適量”?正確に書いとけや!・・・つー話だよ。なあ、そう思うだろ?」
「・・・・・山手って料理したことないの?」
「あるわけないじゃん。えっ後藤はあるのか?」
「そりゃある程度は・・・」
「へー!マジ尊敬するわ!」
後藤は変な顔をしたかと思うと、小さくため息をはいた。
「なるほど。それで俺が親戚の家に行こうって言ったの、喜んでOKしたんだ」
「まあな」
都会の住宅地で二日間のサバイバルを味わう予定だった俺にとって後藤の誘いは地獄に仏だった。
ちなみにコンビニ弁当という選択肢もあったが、食事面をクリアーしても洗濯の仕方なんて授業で教わってないし、部屋を汚そうものなら帰ってきた母に嬲り殺されるおそれがあった。
ようするに文句をたれつつも母がいなければ何もできない俺はたとえ嫌であったとしても自分の安全な食生活のために後藤の誘いを断れなかったというわけだ。
横で後藤が歩きながらぼやく。
「どうりですんなりOK出したわけだよ。いつもだったら『絶対行かねー』とか言うだろ」
俺は苦い顔でまゆを寄せた。
「別に絶対ってわけじゃないけどさ。なんかお前の親戚の住むこの町って・・・なんていうかこう・・・変なんだろ?」
うまい言い回しが思いつかず曖昧に言うと、後藤はキラキラと目を輝かせた。
「そう!そうなんだ。変な街なんだよ!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「親戚のおばさんが言うには視える人には視える不思議なモノがうようよいてさ、古い神社とか結構出るらしいんだ!おばあさん家なんて、こないだ座敷わらしが出たとか」
「うーわー・・・すっげー帰りたくなってきた。頼むから俺の布団の周り魔除けしといてくれ」
後藤はケラケラと笑う。
「何言ってんだよ山手。座敷わらしは良い霊だろ?」
「良い悪いは関係ないっての。俺はそーゆーものには関わりたくないんだよ」
「霊媒師のくせに?」
「だーかーらー・・・」
このやりとりこれで何回目だ?
俺はあほらしくなってやめることにした。そんな話をしながら、どれほど歩いただろうか。ようやく住宅地を抜け、開けた山道のようなところに出た。
後藤が先を歩きながら言う。
「この先の林を抜けたところが俺のばあちゃん家。あと少しだから」
「・・・俺、こんなに歩いたの、小学校の遠足以来かも」
後藤が目を見開いてこちらを向く。
「うそっ」
「うそだよ。けど、マジで普段そんなに動かねぇからこの道のりはキツイわ。明日、絶対筋肉痛だろうな・・・」
「田舎だからね。バスもこの辺までは来てくれないよ」
俺はフーっと一気に息を吐いて荷物を背負い直した。たった二日分とはいえ、それなりに大切な必要物品はズシリと重い。
「長距離歩行にマイナスイオンの道か・・・健康オタクのじーさんばーさんが泣いて喜びそうなとこだな」
前を歩く後藤が楽しそうに笑った。
「せっかくだから、ここにいるあいだに山手も日頃の運動不足直しといたら?この町結構広いから、いろんなところ回って歩いてさ」
げえ。冗談じゃない。
「おまえの家でゴロゴロする一択だ!」
俺はいきりたってズンズンと進んだ。
急がないと、そろそろ本気で脚が棒になりそうだ。