毒蟲と番うのは毒蟲だけだ
王は、いつもと同じように、戸口の横の柱に背をもたせ掛けていた。
だが、その口元には、はっきりと笑みが浮かんでいる。ロフォラは、その顔を直視することが出来ない。
「ミューザ様、お体は……」
だが、フォルビィはその見えない瞳をはっきりと王に向け、しかし声には戸惑いが隠しきれない。
ミューザが彼女の毒で倒れてから半年の間、王は姿を現さなかった。キリルも顔を見せなくなり、ロフォラの手に入る情報は、極端に少なくなっていた。洗い場での女達の噂話と、たまに一日か二日帰ってくるフェロのあてにならない話以外に、この城とミューザ王に何が起きているのかを知るすべがない。
それによれば、王はランデレイルの民を皆殺しにしようとはかり、そして失敗した。町の民は、治めるもので、殺すものではない。それは統一法にはっきりと記されている。十人や二十人ならば言い訳も出来ようが、皆殺しでは見逃されるわけもなく、統一法を己れの地位の拠り所とするまわりの城主、王から一斉に攻め込まれた。
もし、フォルビィの毒に中ったことが、突然の変化の引き金になったのだとすれば、今の状況はロフォラ達にとって喜ばしいもののはずだ。なぜなら、それによって、確実に使命に近づいているはずだから。絶望は、王をフォルビィに惹き寄せる。
「好調だ。お前のおかげだ。痛みが必要でないことに気づかせてくれた」
フェロによれば、一時、五まで減っていたミューザ配下の城は、現在十一までに盛り返しているらしい。なぜだ?戦士が城主や王に従うのは、統一法に定められた主従契約を結んでいるからなのではないのか?ミューザの統一法違反は明らかだ。すべての契約は、破棄されているはずなのに、どうして皆ミューザに従う?
「どうして……私のせいだというの……」
たしかに、キシュの戦士は力に惹かれる。法の子としての誇りを、いささかも失っていないフェロですら、ミューザに惹きつけられている。それはヨウシュには理解できない衝動なのかもしれない。しかし、身近に王の力を感じている者達ならともかく、王の顔さえ知らぬ戦士達が、なぜ、明らかに滅びに向かっているミューザに……。
「痛みに気を向けていなければ、すべてを壊したくなってしまうからな。すべての積み木が積みあがるまではと堪えてきたが、なに、一つずつ叩き割っていけばいいだけのことだ」
だが、キシュは力に惹かれるのと同じく、戦を好む。戦とは、敵を滅ぼし、自らを滅びにさらすこと。滅びに向かうミューザは、キシュそのものだということではないのだろうか。ならば――
「だから、どうして……」
「死を覗いたのは二度目だが、それが怒りでも憎しみでもなく、救いだと教えてくれたのは、お前だけだ」
ならば、キシュが大半を占めるこの大陸で、キシュを縛ることを主眼としている統一法こそ、滅びを食い止める唯一のものではないのか。
「死は救いなんかじゃない!」
「お前は、生きていることが喜びか?」
「それは………」
ミューザは、大陸を統一することは出来ないだろう。だから、彼は統一法を変えることは出来ない。それを為せるのは、統一王だけだから。しかし。
「死は、すべてを洗い流してくれるぞ」
「私達みたいな人ばかりじゃない!」
しかし、ミューザは、統一法を無意味にしてしまう。契約によらず人を支配し、法に反して、罰せられることがない。それが通れば、誰が法などを守ろうとするだろう。
「だが少なくとも、俺達二人にとってはそうだ」
「あなたは私とは違う。生を拒む理由がありません」
「理由など、初めからない。俺も、お前も、な」
大陸統一への道が途絶えて、もうミューザを誅する必要はないかと思えた。フォルビィは王を殺す必要はなく、そして、使命に殉じる必要もないと。そうじゃない。
「私は、あなたを殺さなければならない……」
「ならばなぜ殺さない」
ミューザが生きているかぎり、統一法は壊れ続ける。この大陸に、法に制御されない戦が満ちあふれ、そして死が蔓延するだろう。
「あなたを殺すことが、私が生まれ、生かされた理由だから――」
ミューザは、殺されなくてはならない。使命どおり――
「――だから私は、あなたのために生きて、あなたのために死ぬの」
フォルビィによって。
「ならば俺は、お前とともに生き、お前とともに死のう」
いつもありがとうございます。
ミューザ編再突入です。
ちょっと解りづらかったらごめんなさい。
自分では気に入っている部分なんですけど、独りよがりかも。
よかったらここだけでも感想をいただけると嬉しいです。
さて。
ついにあの烏が歴史の表舞台に……
次回予告っ!
「王は赤き翼をひろげ、忠実なる兵士達の間に降り立った」
烏の声が、女たちの耳を打つ。
「讃えよ。滅びをもたらす、猛々しい王を!」
三幕第二話「道化烏」
10/13 更新予定。
……立ったり立たなかったり。