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水を得た魚




「で、こんなところしかないわけ?」

 ラミアルは薄汚れた小屋を見上げた。

 あの後、宿で待っていたゼオブロ、フェニルと合流し、トリウィはラミアルにむりやり着せられていた服を脱いで革鎧に着替え、盛り場の顔役のところへ挨拶にいき、トワロが仁義をきり、俺の女になれと言ってくるのを手慣れた様子でかわし、そして紹介されたのが、この物件だった。

 すでに日は傾き、空は薄暗くなってきているが、この辺りはようやく目覚めたように、活気にあふれようとしている。

 今はコクア達、護衛の三人と一緒にいるからいいが、ラミアルひとりでは絶対に歩きたくない場所だ。そのうえ、紹介された物件は――

 密林から切り出した木を丸太のまま建てて柱とし、木の葉で屋根を葺き、同じく木の葉で壁を作り、そして二つに割った丸太で床を張る。それはいい。城や役所、裕福な商人の家などを除けば、城下の建物は似たような造りをしている。ラミアルの奉公時代も、主人達の暮らす母屋を除けば、奉公人はみんなこんな建物に住んでいた。

 だけど今目の前に建っているのは、屋根は破れ、壁には穴が開き、そして床は腐っている。とても人が住める様子ではない。

 ただ、材木の腐食の早いアロウナのこと、人が手を入れなければ、すぐに住めなくなるのは仕方ない。大工を頼んで修繕するのは当然としても、今日はもう日が暮れる。

「さすがに今日中にっていうのは、無理みたいね」

「仕方ねえよ、治療院を開くんだったら、診療台とかもそろえなくちゃいけねえし、生活道具だって、なにもないんだから。トワロさん、明日また来ようぜ……っててて」

「あんたも明日は役所でしょう!」

「耳を引っ張んなよ。本当に最近お前、暴力的だぞ」

「言っても聞かないんだから仕方ないじゃない」

「じゃあ、聞くまで言えよ。ヒシュなんだから」

「あんたが言わないでよ」

「何がだよ!」

「何よ!」

「あの、わたしは明日ひとりで大丈夫ですから」

「なんだい。騒がしいね」

 笑いながら二人を宥めるトワロの後ろから、年老いた女の声が聞こえてきた。

「なんだい? あんた達は」

 でっぷりと太った老婆が、隣の店の戸口から、体を覗かせている。

「ああ、申し訳ありません。この度、こちらで店を開かせてもらうことになりました、トワロと申します」

「店を……?」

 老婆はよたよたと二、三歩歩み寄り、しなをつくって会釈するトワロの姿を、上から下までねめつける。

「あんたなら、こんな裏通りで商売しなくても、十分表の店でやっていけるだろうに」

「いえ、治療院を開こうと」

「治療院? あんた法術師かい」

「じゃあ、病気も治せるかい?」

「淋病とかよう、へへ」

 いつのまにか、数人の男女が、まわりに集まってきていた。ラミアルはコクアらの後ろに隠れ、トリウィも及び腰になっているが、トワロはにこやかに応対する。

「いえ、傷を癒せるくらいなのですが」

「……まあ、まともな法術師なら、そんな格好をしているわけないか」

「こんなところで商売するわけもねえやな」

 皆が笑う。

「いつからやるんだい」

「はい、この家の手入れが終われば、いつでも」

「はん。これじゃあねえ。顔役のところへは?」

 老婆が再び問い掛けてきた。

「先ほど、挨拶はすませました」

「金はあるんだろうね」

「ええ」

「エイル」

「なんでい」

 老婆ほどではないが太った男が顔を上げる。

「あんたのところでやっておやりよ。このお嬢さんの言い値でさ」

「なんだそりゃ」

「せっかくこんなゴミ溜めに、治療院を開いてくれるって言うんだ。あんたも職人にそうそう死なれてもかなわんだろう」

「ふん、喧嘩しか能がねえ屑なんざあ、何人死のうが知ったこっちゃねえが、新しい塵芥を拾ってくるのも面倒だしな。よっしゃ、引き受けよう」

 隙間だらけの歯を剥きだして笑う。

「あんた、宿は決まってるのかい」

 老婆はまたトワロに向き直る。

「はい」

「そうかい。よかったら、うちで飯を食ってきな。うまくはないが、まずくもないからさ。店は明日か明後日にゃあ、雨漏りしないくらいにはなるだろうしね」

「いえ、宿に荷物も置いてますし、連れもいますので」

 ラミアルとトリウィをちらりと見て、トワロは頭を下げる。

「そうかい、まあ、お子さまは眠る時間だしね。こんなところをうろついちゃあ、いけないよ」

 老婆の言葉に、トリウィは文句を言おうと口を開くが、言葉が出てこない。

 安っぽい、薄汚れた身形のここの住人と、高価で美しい着物を身につけたトワロと。まったく違うはずなのに、トワロは、明らかにここの空気に馴染んでいた。町中でも、城内でも、密林でも、どこかまわりから浮いていたのに、紅い着物さえも、仄暗い黄昏の空とまだ微かな月明かりの下で、辺りの闇に溶け込んで見える。

「今日のところはこれで。明日、また改めて挨拶に伺いますから」

「そうかい。あたしはハスバ。隣で飯屋をやってる。あたしの膝を診てくれたら、飯の心配はしなくてもいいからね」



いつもありがとうございます。


このあたりは、雨が降っています。皆様のところはどうでしょうか……


   †

僕の前を行く男の子は、跳ねとぶしぶきが楽しいのか、わざと水溜りを選んで歩いていた。

あっちでちゃぷん。こっちでびしゃん。

そしてそっちで……どぼん。

   †



次回予告。


通りにあふれる人ごみが、ざあっと二つに割れた。

そこを一人の少女と、一匹の獣が歩いてゆく。


二幕第十一話「道行く少女」

9/29 更新予定。


そろそろ別の趣向を考えたいですねぇ。


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