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家族




「よかったのか。あなたの母親なのだろう? あの人だけ呼んで、話したらどうだ」

 ロウゼンのところへ向かいながら、グルオンはマーゴに話しかけた。客といるとき、マーゴはトワロの方を見向きもしなかった。

「いいですよ。あの人がわたしの母親だっていうのは、間違いないみたいですけど、あの人から直接そうだといわれたわけじゃないですから」

「だけど、ランデレイルであなたを助けてくれたのは、彼女だろう」

「ええ、まあそうですけど――」

 あの人は、カムリ達にさらわれそうになったわたしを助けてくれた。だけど――

――本当は、もっと前に助けてほしかった。

「わたしのことなんかより、グルオンさんはどうするんですか? ロウゼンさんに会いにいくんでしょう?」

「……とりあえず、この剣を渡して――」

「絶対、グルオンさんの返事を期待していますよ」

「……やっぱりそうかな」

 俯いたまま、グルオンが廊下の角を直進した。

「あれ、どこへ行くんですか?ロウゼンさんはたぶんこっちですよ」

 スコール明けのこの時間は、いつも奥殿と主殿の間の庭園で、剣を振っているはずだ。

「あ……うん。……剣を渡すのは、夜でもいいかな、と」

 グルオンは、しどろもどろになった。我ながら情けないと思うが、今までこんな問題で、積極的に動けたためしがない。サリーンに対してもそうだったし、レイスの時も、あいつが主導権は握っていたように思う。

 というか、ロウゼンの方から結婚を申し入れてくれたのだから、後はそれを受け入れればいいだけなのだが、いったん、断ろうと決心してしまった。それを覆すきっかけがなにかほしい。

「まあ、いいですけど……」

 マーゴは肩を落とした。上目遣いにグルオンを見上げる。

「知りませんよ。ロウゼンさん、わたしが初めて会ったときに、自分よりも強い女しか妻にしないなんて言ってたんですから」

「……何が言いたい?」

「だから、あの人――トワロさんが、ミューザ軍をひとりで防いだのは事実なんですから。いくらロウゼンさんでも、ひとりでそんなこと出来ないでしょう?」

 ロウゼンは、守りが弱い。ひとりで戦えば、相手が百人程度でも、手傷を負う。――それでも、とんでもなくすごいことではあるのだが。普通なら、ひとりで十人を相手に出来る戦士すら、めったにいない。グルオンでも十人相手は難しい。彼女は守りが固いが、守ってばかりで勝てる戦いはない。

「だがあんな女が、それほど強いはずがないだろう」

 目の前の少女の母親だということを忘れて、あんな女呼ばわりをする。だがマーゴも気にしない。

「だって、あの時後ろから敵が来なかったのは確かなんですから。それにシージさんだって、さっきはあんなに怯えて」

「怯えていた?あの男が?」

 シージの剣の腕は、グルオンに匹敵する。密林の中のように障害物が多いところで戦えば、不覚を取るかもしれないとも思っている。それに森の民のひとつであるシュタウズの族長に近い血筋を誇り、気位の高さも相当なものだ。

 そんな男が怯えていた? 何か様子が変だとは思ったが。

「シージさんなんて、ロウゼンさんの前に出ても結構平気な人なのに。あの人が怯えるなんて、よっぽどですよ」

「……そういえば。でも私だって、ロウゼンの前に出ても平気だぞ」

 グルオンは、ロウゼンに惹かれはしても、彼を恐いと思ったことはない。だれもがロウゼンの前に出れば、体を縮こませて震えるのが、ずっと不思議だった。

「そんなの、ロウゼンさんがグルオンさんにそれだけ心を許してる証拠じゃないですか」

「でも、あの人より強くないと妻にしないと言ってたんだろう?」

「だから。ロウゼンさんが一万人相手に戦えるのは、グルオンさんがいるからでしょう?グルオンさんにはそれだけの力があるんだから、資格十分ですよ」

 懸命なマーゴの言葉に、グルオンは、ロウゼンの戦いぶりを思い出す。

 彼女が背中を護っているから、ロウゼンは前だけを見据えて戦うことが出来る。それはグルオンが思い浮べる最高の姿だった。かつて統一王は自分の盾を投げ捨てて、ひとりの戦士に己れの背中を任せた。その名もない戦士にグルオンは己れの理想を重ねていた。

 人を護る盾としての自分。それを持つ手としてのロウゼン。

「なあマーゴ。あなたはどうして私とあの人をくっつけたがるんだ?」

「だって、わたしはグルオンさんがお母さんだったらいいなって思ってたから……」

「……あなたのお母さん? 私が? あなたは私よりも――」

「お父さんだってわたしより年下なんだからいいんです。それにトワロさんの力に気づいちゃったら、ロウゼンさん、あの人を妻にするなんて言いだしかねないし」

「………………」

「あの人を母親だって認めることは、あの男を父親だと認めることだから」

 フィガンとトワロがわたしの両親であることは間違いない。だけどそれを認めてしまったら、ロウゼンさんとペグさんが、わたしの家族じゃなくなってしまう。血の繋がりは、やっぱり断ち切れない気がするから、家族の絆をたもつには、努力しないと。

 グルオンは、廊下の柱にもたれかかったまま考え込んだ。マーゴの言うことは、たまに理解するのが難しいが、今回はとびきりだ。実際に母親が生きていて、わざわざ娘を捜して会いにきているのに、まったく血の繋がっていない私を……。

 真剣な顔で見上げているマーゴを、見つめ返す。まだ幼い体から伸びる細い手足。折れそうな頚に乗っている小さな頭。

――いきなりこんな大きな娘ができるなんてな――

 銀色の頭に手を乗せて、背を柱から引き剥がす。

「よし。あの人のところにいこうか」

 マーゴの顔が、輝いた。

「うん! お母さん!」

「……それはやめてくれ」

 グルオンは、歩きながら頭を抱える。

「どうして?」

「あの人のことだって、たまにしかお父さんと呼ばないじゃないか」

「……まあ、いいですけど」

 頬を膨らませながら、グルオンの後ろを歩く。呼び方なんて些細なことだ。これでわたしの家族は……。そうだ、ペグさんどうしよう。まあ大丈夫かな? お父さんが決めたことだから、反対はしないでしょう。




いつもありがとうございます。


そろそろ秋ですねぇ。

そのわりに、暑いですが。


   †

あつい。サウナに入ってもう30分は経つ。

そろそろ出たいのだが。

ドアの向こうは火事で火の海だ。

どっちがましだろう……

   †


次回予告。


「そうだ。契約書は交わさないんですか?」

マーゴの問いに、グルオンは首を振って答えた。

「必要ない。契約書では、心は縛れないから」


二幕第八話「ひとつの契約」

9/18 更新予定。


ホラーでもなんでもない(泣)

誰か、ネタを〜

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