便宜
「千年前に名を馳せた名匠、ゲルシオウの鍛えし業物です」
「いいのか?このようなものを」
ただでさえ高い元打ちの剣の中でも、銘の入ったものは一際高価だ。今グルオンが持っている元打ちの剣は、アデミア王の愛剣であったとはいえ、銘はない。それでも一度ランドウという商人にただ同然で譲り、それを前のロイズライン城主だったサミアスが買い取った時には、ランドウは一財産築いたはずだ。もしサミアスが買ったのがこの剣だったとしたら、ロイズラインの金庫の中身は、半減していたかもしれない。
グルオンは、剣を完全に抜き出して、虹色に光る刀身に見惚れる。彼女の剣に比べて、鱗粉状の肌理が細かい。元打ちの剣を鍛えるヨウシュの鍛冶師は、鋼を打つ鎚に想いを乗せて、刃に力を刻み込む。蝶の鱗粉に見えるのは、その鎚跡だ。それが細かいということは、それだけ多くの力が刻み込んである証である。
ロウゼンは、戦の度に剣を折る。元打ちよりも力の弱い後付けの剣では、ロウゼンの打ち込む力に耐えられない。そこで折れれば敵から奪い、さらに両手に剣を持つなどしてしのいでいるが、それが命取りにならない保障はない。だが、この剣ならば、ロウゼンに命があるかぎり折れることはないだろう。
「わかった。森の民の件は任せて――」
そう、ラミアルに向けて首肯きかけたグルオンの肘を、マーゴは慌てて引っ張った。そのまま立ち上がって部屋の隅へと連れていく。
「どうした?マーゴ」
「どうしたじゃないですよ。賄賂じゃないですか」
マーゴが小声で指摘する。
「……そうか?だが、この剣を受け取るのと、ラミアルの話を受けるのとは、また別だろう」
「じゃあ、その剣だけ貰っておいて、話は断って――」
「そういうわけにはいかないだろう」
「……やっぱり賄賂じゃないですか。統一法違反ですよ」
「それは困る」
もしこれが罪になり、さらに話が外部へと漏れれば、まずいことになる。城主の契約違反などという話ではないから、すぐにこの城が滅ぶということはないが、少なくとも出入りの商人達に睨みを効かせることは出来なくなるだろう。グルオンは、ラミアル達の方へ振り向いた。
「この剣は、賄賂か?」
マーゴは天を仰ぎ、トリウィは目を逸らす。そしてラミアルは――
「違います」
はっきりと否定する。
「私共は、そのようなつもりで持参したわけではありません。それに統一法では、役人方への賂は禁じられておりますが、城主様に対しては禁じられておりません」
「……そうなのか?」
グルオンが、マーゴを見下ろす。
そうだったかな。マーゴはランデレイルにいた頃から統一法を学んでいるが、まだすべてを習得したとは言い難い。えーと、役人と商人の癒着は城主の権威をそこなうから、それを禁じる、だったかな。統一法を教えてくれているヒシュの教師の言葉を思い出す。城主に金品を献じるのは、別に罪じゃなかったような。あの人は、ロウゼンさんにって言ってるわけだし。渋々首肯く。
「すまなかったな。ロウゼンに代わって礼を言う。この剣は、ロウゼンの大きな力になるだろう。ありがとう。それと――メイフィ」
「はい」
「何度もすまないな。シージを呼んできてくれ」
そう命じて、再びラミアルの前に腰を下ろした。
「シージは知っているだろう。森の民は、あいつが束ねているから、話を通しておけば、後が楽になるだろう」
「ありがとうございます」
「細かい話は、それからだな。城内で取引を行なうのなら、管理官も交えて話を詰めないとならないし。それでいいか?」
「はい。今日は本当にご挨拶だけのつもりだったので。そうだ、コクアさんも、お話があると――」
「なんだ?」
それまで完全に無視していた女戦士を見やる。
「はあ、あの」
コクアはグルオンに膝行りより、懐から三枚の蝋紙を取り出した。
「うちら、コクア、ゼオブロ、フェニルの三人は、城兵の契約を解消していただきたいと思いまして」
「なぜだ?」
ロイズラインを盗った後、三人はロウゼンと主従契約を結び、城兵としての立場のまま、ラミアル達に貸し与えられた。
「この子達の店で、常雇いの護衛にしてくれるそうなんで」
「常雇い?まだ店を構えたわけではないのだろう?」
ラミアルに訊く。
「ええ、でも、密林からの品を仕入れることが出来れば、すぐにでも海に持っていきたいですし」
海、つまりカイディアからの船が着く港に持っていけば、特に薬草や香木などは高く売れる。しかも、カイディアからの交易品として主に持ち込まれる鋼を、復路には持って帰ることができる。
「それに、この町で商売をしている人達と、仲良くやっていこうっていうわけじゃないですから」
「なるほどな」
たしかに護衛は必要だ。
「わかった。契約については、ロウゼンに伝えておく」
そう言って、契約書を受け取った。当事者双方の合意がなければ、主従契約は破棄できない。いくらグルオンが城主代行を務めていても、契約の当事者であるロウゼンに無断で、契約を解消することは出来ない。とはいえロウゼンにはかるのは、形式以上の意味はないが。
「よう。何の用だ…………!!」
シージが入ってきた。そして客の顔触れに気づいて、その場で足を止めた。ロウゼンを前にしてさえ、表面上は恐れ入ることのないこの男が、凍りつく。
「な……何で……?」
ミューザ勢の追撃を防いだあの戦いの時、その場に身を置くことに耐えきれず、戦いの最中手下を連れて逃げてしまった。まさか、この女が生きているなんて……。いや、生きていると思ったから、決して他言しなかったのかもしれない。どっちにしても、なんでここにいる?
「来たか。どうした?」
「い、いや」
「……?覚えているだろう。ラミアルだ。彼女達が今度この町で商売を始めることになってな。お前達森の民と取引をしたいというから呼んだんだ。私達の恩人だから、便宜を図ってやってくれないか」
「あ、いや、でも……」
シージはトワロをちらりと見る。薄く笑みを浮かべてシージを見ている。顔を引き攣らせて首肯いた。
「……わかった」
やけに素直だな。こいつの性格の悪さは筋金入りだと思っていたが。グルオンは立ち上がり、シージの肩を叩いた。
「それじゃあシージ。後は頼む。ラミアル。サムジィ管理官にも話は通しておくから、明日にでも役所に行くといい」
「何だよ。おいてけぼりか?」
「何だそれは。私は、ロウゼンに会いにいくから。マーゴはどうする?」
「わたしも……」
「じゃあ、また何かあれば、訪ねてこい」
ラミアル達四人も立ち上がり、部屋を出ていくグルオンとマーゴを見送った。
「……それで、なんの御用でしょう」
シージは力なく四人の客を振り返り、愛想笑いを浮かべて言った。
いつもありがとうございます。
おでんがおいしい季節になりました。
†
玉子の代わりに、あなたの目玉とか、
白滝の代わりに、あなたの髪の毛とか、
巾着の代わりに、あなたのきピーッとか……
†
次回予告。
私は、グルオンさんがお母さんだったらいいって思っていた。
そうしたら、私の家族が完成するもの。
お父さんとお母さんと妹と――
二幕第七話「家族」
9/15 更新予定。
下ネタでごめんよ〜。