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商談



「あの、なにか…………!!」

 数歩入ったところで、マーゴの足が止まる。

「ああ、……来たか」

 それは来るだろうな。私が呼んだのだから。グルオンは、二人を見比べる。気まずそうなトワロの顔と、強張ったマーゴの顔と。まあ、会って悪いことはないだろう。

「憶えているだろう?今度城下に店を出すそうだ」

 マーゴは、硬い表情のまま、頭を下げて、グルオンの隣、トワロの対角に腰を下ろす。トリウィが控えめに、しかし満面の笑みを浮かべて手を振り、ラミアルに肘で突かれて、手を下ろす。

「それで、何を扱うんだ?」

 扱う商品によっては、多少の便宜を図ってやってもいい。この城に出入りしている商人は、城主が何度変わっても、その顔触れに変化がない。ランデレイルの民を受け入れさせるために、代表的な商人達と何度も会談を重ねたのだが、既得権益に固執する商人がほとんどだ。ヒシュに利益を追求するなというのは、キシュに戦うなというようなものだから、それがいけないというわけではないが、いい加減うんざりしていた。

「武器を扱いたいと思っています」

 そのラミアルの答えに、グルオンは小さく首を捻った。武具や食料といった軍需物資は、さすがにいい加減な商人と取引するわけにはいかない。食料については、普段必要な分は税として組合から納められるが、武器はそうではないからなおさらだ。

 それに、武器商は資金があれば出来るというものではない。希少な鋼の仕入れや、腕のいい鍛冶師や力を刻む紋様師を確保する人脈と、さまざまな種類の剣のうち、何が必要とされているのかという知識、そして、いつ大量の商品が必要になるのか、時勢や戦の趨勢を見極める目が、最低限必要だ。それはよその町から来たばかりの若者が、容易に持ち得るものではない。

「もちろん無理は承知しています。まずは鎧から取り扱っていこうかと」

 それでも難しいだろう。鎧の原料となる獣革の流通は、ほとんど大手の武器商に押さえられているはずだ。

「それで、私共に、城内で森の民の人達と取引することを、お許しいただきたいのです」

 一度はほぐれた口調を改めて、ラミアルは言った。姿勢も正し、グルオンの目を、おそれげもなく見つめる。

「森の民と?」

「はい。ランデレイルの頃と変わらず、契約を結ばぬまま、森の民を使っておられると聞きました。そして彼らが自由に密林と城を行き来しているということも」

 グルオンは、つい顔を顰める。実はカムリの一件の教訓から、すべての戦士にロウゼンと主従契約を結ばせようとしたのだ。野盗上がりの戦士達は、契約を結ぶことに同意したが、しかし森の民は駄目だ。いや、契約を結ばせることくらいは出来るだろうが、契約の持つ意味を理解しない彼らはそれを守ろうとしないだろう。それで仕方なく、森の民に限って、契約を結ばないまま軍に組み込んでいるのだ。

 しかもペグが密林に遊びにいったりするせいか、それとも戦もないのに拘束されることを嫌うのか、勝手に密林へ出ては、羽を伸ばしてくる。町の人間にとって危険な密林も、森の民にとっては故郷なのだ。ロウゼンも当然のようにそれを認めているし、城内で他の城兵といざこざを起こしても困るから、最低限の戦力を城に残すことを条件に、グルオンも認めざるを得なかった。蛮王の威名のおかげでなんとか保っているが、軍の規律も何もあったものじゃない。

「彼らの持ち込む獣革や薬草、香木などの品物を、城内で優先的に取引させていただきたいのです。もちろん定められた税以外にも、取引額に応じてお城に納めさせていただきますから」

 町の猟師が獲ってくるものより、森の民が持ち込む品物の方が、はるかに価値がある。カイディアとの貿易で特に高値で取引される薬草や香木は、町の人間が入ることの出来ない、密林の奥でしか採ることが出来ないからだ。普通は城下町の店が買い取るが、それを独占出来れば――

 グルオンは、腕を組んで考え込んだ。現在ロイズラインは、統一法で定められた数以上の兵を抱えている。それは別に違法ではない。農業組合から納められる食料で養える兵が、およそ三万だというだけだ。だから、それを超えた兵士は、何か他に養う方法を考えなくてはならない。今は十分な軍資金があるから、特に問題になってはいないが、いずれ何か方策を定めなければ。定数を超える主な原因である森の民自身が、収入をもたらしてくれるのならば――。しかし前例がない。それに、一度戦をすれば、城兵の数は減る。

「そうだ。実は城主様に納めていただきたいものがあります」

 それまで一言も喋らなかったトリウィが口を開いた。体の横に置いてあった細長い包みを取り上げ、グルオンに向けて滑らせる。

「うん?なんだ、剣か?」

「以前、ロウゼン様の戦いぶりを拝見することが出来まして、それで私が選びました。きっとご満足いただけると思います」

 包みを解いて出てきたのは、飾り気のない革の鞘。ロウゼンに合わせて見立てたのだろう。標準的なものよりも、柄は太く、刃渡りは拳二つ分ほども長い。身も厚いのか、右手にずしりと重い。成程、ロウゼンのために剣を選べといわれれば、グルオンもこれを採るだろう。ヒシュでありながら戦士の身形をしていたのは、伊達ではなかったということか。

 鞘に手をかけ、少し刃を滑らせて息を呑む。鞘の下から覗く、虹色の光は……



いつもありがとうございます。

久々に小走りホラー。季節外れかなぁ^^;


   †

妻の遺書を見つけた。

僕を殺して自分も死ぬって書いてあった。

ちょっと見つけるのが遅かったなぁ……

   †


次回予告。


「ダメですよ。それって賄賂じゃないですか」

「そうなのか?」

 グルオンの手にした剣に二人の視線が集まった。


二幕第六話「便宜」

9/11 更新予定。


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