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靭(つよ)さ


「だって――」

 マーゴは、くすくすと笑う。グルオンがロウゼンのことをどう想っているのかなんて、城内に暮らしている人はみんな、そう、ペグだって知っている。そんな彼女が、以前の夫だったレイスのことを言いだしたのだ。いくら男女間のことについて疎いマーゴでも、それくらいはわかる。

 あっさりと見抜かれたグルオンは、再びマーゴの正面に座り込んだ。マーゴはロウゼンをお父さんと呼び、ロウゼンはマーゴを娘だという。彼女には話しておいたほうがいいかもしれない。――いや、誰かに聞いてほしかった。レイスと話せないのなら、マーゴに聞いてほしい。こんなことを話せるのは、他にいない。

「うん、実は……妻になれと言われた」

 ふーん。マーゴは思い出す。初めてグルオンに逢ったとき、ひとめでロウゼンは彼女を気に入ったようだった。彼が自分から名乗ったのは、後にも先にもその時だけだ。

 でも自分より弱い女は妻にしないって言ってたのに。さすがにそんなことを言ってたら、一生結婚できないって、やっと気づいたのかしら。

「よかったじゃないですか」

 素直な祝福に、しかしグルオンは首を振った。

「ああ。だけど、断ることにした」

「えー? どうしてですか?」

 マーゴは、悲鳴にも似た声を上げた。ロウゼンさんの結婚相手は、グルオンさん以外にいないと思っていたのに。わたしを娘と呼んでくれた人の奥さんは、わたしのお母さんになるはず。たしかにグルオンさんは、お母さんって感じじゃないって思ってたけど、そんなことは関係ない。だって他にいないもの。わたしの家族は。

「ロウゼンさん、グルオンさんに初めて逢ったときから、気にしてたのに。断ったらかわいそうですよ」

「……そ、そうなのか?」

 グルオンは、一瞬呆ける。全然気づかなかった。今朝も、どうして急にあんなことを言いだしたのか、わからなかったくらいなのに。

「そうですよ。それにグルオンさんだって、いやじゃないんでしょう?」

「な……いや、それは」

 グルオンの頬が、さらに紅潮する。だが、いまさら否定することも出来ずに、渋々と首肯いた。

「じゃあどうして?」

「私は、レイスの想いとともに生きていかなくてはならないから――」

「そんなのおかしいですよ!」

「おかしいって……。だって私が他の男の妻になれば、レイスが悲しむじゃないか」

「だから――」

「わかってる。私に宿る想いは、レイスそのものじゃないってことは。でも……それでも悲しませたくない」

 マーゴは、溜め息を吐いて首を振る。

「だから、そうじゃないんです。グルオンさんが何をしたって、レイスさんの残した想いは変わらない――」

 目を伏せた少女の細い肩が、小さく震える。

「わたしはあの男を殺すことで、みんなの想いを晴らしたはずなんです。でも、わたしの中に宿る、みんなの恨みや怒りや憎しみは晴れることはありませんでした。だからたぶん、想いは変わることはないんです。わたしはきっと、そんな想いとずっと生きていかなくちゃいけない」

 銀色の瞳に、微かな苦悩がにじむ。

「それがいやだって言うんじゃないんです。それがどんなものであっても、わたしはみんなの想いと一緒に生きていたい」

 もう一度、グルオンを見た。グルオンも、マーゴの目を見返す。この少女の形をした人は、戦士じゃない。だから、ロウゼンに対するのとは別の意味で、護ってやらなければならないと思っていた。とんでもない。彼女はたしかに脆い。でも、強い。もしかしたら、私よりもずっと。

「わたしは、レイスさんがどんな想いを残したのかは知りません。でも、あんなにきれいな光の想いだったんだから、きっとグルオンさんの幸せを願ってると思うんです。それは、あなたとともにあるがぎり、変わらない」

 でも私には、わからない。レイスの最後を思い出す。微笑みながら、涙を拭ってくれた、冷たい指先。あいつは、何を想っていたのだろう。

「グルオン様、おくつろぎのところ、申し訳ありません」

 二人の言葉が途切れたとき、部屋の外から呼び掛ける声が聞こえた。

「どうした?」

 グルオンは物思いから覚め、その声に応えた。まだ若い女戦士が、部屋の戸口に膝をつく。

「グルオン様にお目にかかりたいという商人が、参っております」

「そうか」

 日蝕からスコールにかけては、昼食を含めた休憩を取るのがアロウナの習慣なのだが、逆にその時間を狙ってさまざまな者が面会を願ってやってくる。いつもはグルオンも忙しいので、そのほとんどを城に詰めている官僚達に任せるのだが、今日はこのあと予定を入れていない。気持ちを整理するためにも、他の人間と会うのもいいかと、女戦士に命じる。

「左翼殿に通しておいてくれ。すぐに行くから」

「わかりました」

 マーゴにも軽く頭を下げて背を向ける女戦士を見送って、マーゴはグルオンに尋ねた。

「ねえ、今の人」

「ん、憶えてないか?」

「やっぱり、メイフィさん? 契約したんだ」

 ロウゼンの馴染みだった商人、ランドウの護衛に雇われていた人だ。この町についてすぐ別れたのだが、城内でたまに見るので、気になっていた。そういえば、ランドウさんやエノアさんはどうしてるだろう。

 ペグのことを人見知りだ何だといっている割に、マーゴもあまり他人と馴染まない。だから逆に、言葉を交わし名前も知っている人となると、表に出すことこそないものの、それだけで親しみを覚えてしまう。

「この城に入ってすぐにな。剣の腕はまだまだだが、護衛をしていただけあって、人を護るという意識をちゃんと持っている。それにロウゼンに対しての忠誠心も高いから、親衛隊で使っているんだ」

 あの人を護るなんて、冗談にしか聞こえないけどな。そう言って、グルオンは立ち上がる。マーゴも立ち上がり、ずっと上の方にあるグルオンの顔を見上げた。

「あの、わたし、グルオンさんがお父さんの奥さんになったらいいなって、ずっと思ってました」

 グルオンは、自分よりも年上のはずの、小さな少女を見下ろし、笑った。

「うん。もう少し考えてみる。……かわいそうなあの人というのを、見てみたい気もするけど」

 部屋を出ていく背中を見送って、マーゴは溜め息をひとつ吐いた。

 お互いに好きなんだから、さっさと結婚しちゃえばいいのに。以外と面倒なのね。――ペグさん、なんて言うだろう。グルオンさんと仲悪いからなあ。でも、せっかくロウゼンさんが切り出したんだから、なんとかしてまとめないと。もう少しで、わたしの家族が完成しそうなのに。お父さんがいて、お母さんがいて、妹がいて。

――うん。わかってる。わたしだけのじゃなくって、わたし達の家族だってことは。

 マーゴは、躰を抱き締めた。



いつもありがとうございます。

先日の皆既月食、皆さんはごらんになったでしょうか。

私? どーせ仕事だった上に曇りでしたよ(泣)


でも、昔一度だけ見たことがあって、そのときのイメージが、赤い瞳につながっていたりします。

法術を使うときの赤い光、そして想いの光。

それと、月食のときのぼんやりとした赤い月を重ねていただけると、嬉しいです。


次回予告。


左翼殿の一室に入ったグルオンを待ち受けていたのは、

ここにいるはずのない、しかし懐かしい面々だった。


次回予告「再会」

9/4更新予定。


小走りの再開は未定(泣)

ネタが……

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