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激昂



 マーゴは一瞬、言葉を失った。グルオンの頬に残る、赤い筋を見つめる。それは、マーゴやロウゼン達とグルオンが初めて出会った日に、彼女を護って敵の剣にその身を晒した彼女の夫、レイスの残したものだ。

 ヨウシュはその死に臨んだときに強い想いを持っていれば、そして近くに残したい人がいれば、その想いを赤光にかえてその人に残すことがある。

 もし怒りや憎しみといった想いであれば、暗く濁った光、感謝や慈しみであれば、きれいな透き徹った光。レイスの残した光は、澄んだ赤い光だった。それが妻の頬に、赤い筋を刻んだ。

 いつもは無意識にその筋を撫でさすっている手を、グルオンは両膝にあててマーゴの答えを待つ。

「それは……、無理だと思います」

 マーゴには、大勢の子供達の想いが宿っている。彼女に力を与えるために、あの男によって無残にも殺された、たくさんの友達の想い。レイスの残したものとは違う、暗く濁った光。

「ヨウシュの力は想いに宿るから、それで光になって最後に残ることが出来るけど、それはレイスさん本人じゃない。想いは想いでしかないんです」

「そうか――」

 グルオンの指が、己れの頬に触れた。二人は束の間、各々の想いに沈む。

――マーゴの幼い友達。みんな優しかったのに、今も解き放たれることのない悪夢の中では、いつも断末魔の悲鳴を上げている。かぼそい躰に宿る想いも、憤怒と悲哀の色に染められている。もう一度、あの優しい友達みんなと会えるのなら。せめて話すことが出来るのなら。あの男に与えられたすべての力と引き換えにしても、惜しくはないのに。ただひとり、マーゴに澄んだ光を残したあの男。マーゴと血の半分を共有していたあの男。フィガン――

――レイス。私の夫だった男。あいつと婚姻契約を結んだのは、もしかしたら、サリーンに対する当て付けがあったのかもしれない。でも、あいつはそれを知っていながら、それでも私を見守り続けてくれた。私は盾と呼ばれていた。私の剣は人を護るためにあるのだと、自惚れていた。本当に護りたい人を護れたためしはないのに。自分の命と引き換えに私を助けて、何を考えているのか、あいつに訊いてみたかったのに――

「そういえば、ロウゼンは人が無意味に死んでいってもかまわないなんて言っていたが、そんなことはないよな」

 ミューザの軍がランデレイルに火を放った日、ロイズラインを攻める途中でロウゼンが言っていた。

 たしかに人は無意味に死んでいく。ミューザ軍から逃れてロイズラインに辿り着くことが出来たランデレイルの住民は、半数を少し超えるくらい。残りは、ミューザ軍の放った火で、そしてロイズラインへと至る道の途中で、殺されていった。それだけじゃない。今この瞬間も、数えきれない生命が、戦で奪われている。

 でもグルオンは、自分の命を救ったレイスの死が、無意味だったとは思いたくなかった。マーゴは、彼女と同じように人の死を厭う。グルオンは、自分が戦士であるという事実と折り合いをつけるために、そんな気持ちは心の奥底に押し込めてしまったが、マーゴはまだそうではない。彼女なら、人の死は無意味ではないということに首肯いてくれるはずだ。

「人の死に意味なんてないです」

 マーゴが、ぼそりと呟いた。グルオンの指が、頬から離れる。

「そんなことはないだろう。だってそれじゃあ――」

――レイスの死は……

「意味があったらいけないんです!じゃないと――」

 突然マーゴは叫ぶ。彼女に力を宿らせるために殺されていった友達。その断末魔が甦る。

「意味があるんだから仕方がないと、そう諦めてしまう。わたしの力になれたんだからよかったと、認めてしまう。――わたしは、絶対に赦さない!!」

 あの男は、わたしに力を与えるためなんだから、仲のよかったわたしのために死ねるんだから、みんな喜んでるって言った。

「だったら。私を助けるために死んでしまった、レイスの死も無意味だったというのか!?」

 グルオンの声も高くなる。

「じゃあ、あなたの命を助けたんだから、レイスさんは死んでよかったって言うんですか?意味があれば、人は死んでも仕方ないって言うんですか!?」

「そんなこと――!!」

 激昂しかけたグルオンだが、大きく息を吐いて、力を抜き、苦笑を浮かべる。

「マーゴも、ロウゼンと同じことを言うんだな」

 不思議なものだ。人の死についての考え方や感じ方は、ロウゼンとマーゴではまったく違うはずなのに。無造作に人を斬り、表情も変えぬロウゼンと、人の命を奪った後、涙を流すマーゴと。

「でも、私を助けてくれたレイスの死が、あいつが命を捨ててまで助けてくれた私の命までが、意味がないとは思いたくない」

「……レイスさんは、死のうと思って、剣の前に立ち塞がったんじゃないと思うんです。ずっと一緒に生きていたいから、あなたを護ったんだと思うんです。だから――」

「……そうだな。それであいつだけ死んだんじゃあ、たしかに意味がないな」

 グルオンは、そう呟いて、微笑んだ。窓の外はもう明るい。立ち上がって燭台の炎を吹き消す。

「ありがとう。おかげで、決心がついたよ」

 透明な、銀の瞳を見下ろして笑うグルオンに、マーゴは訊いた。

「どうして今、そんなことを?もしかして、ロウゼンさんになにか言われたんですか?」

 無邪気にも、意地悪にも聞こえる少女の問いに、女戦士の顔はみるみる赤らんだ。

「ど、どうしてそんなことを……」




いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。


今日、八月二十八日のおよそ午後七時から八時にかけて、皆既月食が観測できるそうです。西日本だけなのかな? 天気予報は雨……


  †

月食のとき、月は暗い赤に染まるんだ。

みんな、月を見上げているから気づかないけど、

人の影も赤くなるんだよ。

でもね、それを見たらいけない。

だって……見たら本当になっちゃうから。

影を染めるのが、あなたの血だって――

   †


次回予告。


想いは変わらない。恨みも、怒りも、悲しみも。

それを淡々と受け入れるマーゴに、グルオンは己を超える強さを見た。


二幕第三話「つよさ」

9/1更新予定。


晴れてもどうせ仕事で見れないんだけど(泣)

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