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スコール



 キリルに一座の視線が集まる。キリルは初めて王の目を見て、奏上した。王の視線が彼を捉えていることが、それに震えることのない自分が、嬉しい。

「王は、フィガンという男を憶えておいででしょうか」

 王の目が、細められる。

「我々は、その男の研究に対して、以前より資金援助を与えてまいりました」

「何の研究だ?」

 そのことを知らされていない管理官が口を挿む。普段ならば、そのようなことをする男ではないのだが、王の穏やかな表情に、気を緩めているのかもしれない。

「フィガンの触れ込みでは、強力なキシュを創りだすことが出来るということでした。彼は実際に二人の戦士を改造してみせました。皆さんの中には、スリークとサニトバという名を憶えておいでの方もいらっしゃるかもしれません」

 直衛軍と後衛軍の軍長が首肯く。彼らが二人の力を確かめて、より一層の援助を約束した。

「たしかに奴らは強力だった。だが奴らは――」

「そう、彼ら二人だけではなく、フィガン自身も戦場で命を落としてしまいました。彼の研究の成果も、失われてしまったかに思えたのですが――」

 本当は、援助を申し出たときに、その見返りとして法術師を数人送り込み、研究の成果を学ばせようとしたのだが、彼らは姿を消してしまった。理由を問えば、実験に耐えられず逐電したという。そこで、フィガンに軍長の地位を与えて、契約で縛ることにしたのだ。

「彼の娘が残っておりました」

「娘……?」

「はい。私の収集した情報によれば、フィガンも、その妻もケンシュであったということです。ならば、その娘は間違いなくヒシュであるはず。その娘が千の城兵の命を一瞬で奪ったと、そう報告が来ております。彼の最終的な目的は、そのような力を持つケンシュを創ることであったことは間違いありません」

「まさか……」

「そのような――」

 一同が騒つく。彼らには伝えられていないことだ。ランデレイルに関する情報は、キリルが、ほぼすべてを握っていた。

「その娘はどこにいる」

 キリルは少し躊躇し、王を窺う。フィガンについての詳しい事柄は、王の耳には入れていない。王はフィガンがどの城にいたのかすら知らないだろう。王は細かいことを気にされない。王は経過ではなく、結果だけを求められる。ただ、王の軍は王の認許なく動かすことは出来ない。しかし――

――次に俺の耳に入ってくるまでに、片をつけろ――

 ランデレイルの名を口にしていいものか。ただ、王は過去にも拘らない。一度の失態で切り捨てられることも多いが、利用価値があると思えば、二度三度と命を助けるし、以前の失敗を蒸し返すこともない。ただそれも、気紛れによってどうなるかわからないが……

 大丈夫だろう。そうキリルは判断する。

 穏やかな表情に乗じるわけではない。王が力を欲している以上、それをもたらすことが出来るキリルを、いま切り捨てることはないだろう。

「ランデレイル城内に」

「ランデレイル……」

 同僚の皆が、一斉に王を気にした。ランデレイルが盗られたという報せが来たときのことを、皆憶えている。

「その娘を捕らえれば、力の解明には、リーズの法術師であるロフォラ殿の協力を取りつけてあります」

「しかし、城内にいる娘を、どうやって捕らえる。顔もわからないのだろう? 大体、戦にその娘は出てくるのか」

「出てくるだろう。城兵千人を相手に出来るんだ」

 互いに言葉を交わす同僚たちを抑えて、キリルが続ける。

「どちらにしても、確実に娘を押さえるために、信頼できる戦士に、ランデレイルに潜入してもらいます」

 居並ぶ戦士達が、一様に眉を顰める。たしかにその戦法で、多くの城を落としてきたし、ついには、アデミア王すら討ち果たした。それでも、キシュの好む戦いではない。それが卑怯だという思いもあろうが、それよりも、力と力をぶつけ合うことこそが戦いだと信じているのだ。力のあるほうが勝つ。それを当然だと思っている。

 勝ったほうが強いのだと、なぜそれがわからないのだろうか。戦いに勝つ算段をしないまま戦になだれ込むキシュの愚かさは、いまさら言っても仕方がない。そのおかげで、キリルはすきなように策略をめぐらせることが出来る。ヒシュの持つ戦略の力を認めることの出来るミューザ王に出会った幸運を、改めてかみしめる。

「今回は、それ以上の策は必要ないでしょう」

 キシュ達の不満を和らげるために、言葉を継ぐ。

「ランデリンクは、我らの版図といってもいいですから、後はラルカレニさえ押さえてしまえば、すでに王の支配下に入っているランデリシアとロイズラインによって、ランデレイルは完全に包囲できます。幸いにも、あの城の軍資金や軍需物資はすべてロイズラインへと運び込まれていて倉庫は空のはずですし、現在の武具の相場を考えますと、共闘契約満了以前に、三軍の定数を満たすことは不可能でしょう」

「たとえ相手が万全であろうとも、我らは負けぬ」

「もちろんそうです。ただ、その娘を逃がすわけにはまいりませんから、共闘契約が明けるまでの間に、ラルカレニを落とす必要はあります」

「しかしそのような力を持った娘、本当に存在するのか。あまりに非現実的な――」

 管理官が、疑問を口にする。

「現実離れしているからこそ、信用できると思いませんか?ランデレイルを奪われた者の言葉ということを考慮して、話半分に聞いたとしても、十分に王のお力になれると思いますが」

 一同は首肯いた。王が力を欲し、それをキリルがもたらすことが出来るというのならば、納得せざるをえない。それに、たとえその娘の力が差程のものではなくとも、キリルが責任を取らされるだけだし、そうなれば、キシュとしての真っ当な戦いが出来るというものだ。

「足らぬな」

 しばらくの間、臣下共の話に耳を傾けていた王が、口を開いた。

「……は?」

「足らぬと言ったのだ。ランデリシアの城主はなんといった」

「は、アルワイヤと――」

「奴に契約書を送りつけ、我が配下になるか、死ぬか選べと伝えろ。シアナ」

 直衛軍の軍長の名を呼ぶ。

「一軍を率いて、ラルカレニを落とせ。お前なら容易かろう。そして、ランデレイルへの道を封鎖しろ」

「はっ」

「仕官を希望している者の中で、抱えきれぬ者共がいるだろう。そいつらをランデレイルへ送り込め。カムリ」

 王直属の戦士のひとりが、はっ、と面を向ける。

「貴様ならば、すぐにでも重く用いられよう。そやつらを束ね、指示がありしだい城と町に火を放ち、娘をさらえ」

「お、お待ちを――」

 思わずキリルは声を上げるが、かまわず王は続ける。

「ランデレイルを囲む全ての城に命じよ。道を封じ、人ひとり逃さず、皆殺しにしろとな」

「それでは、統一法を――」

 戦を生業とせぬ民を徒に殺すことは禁じられている。ましてや皆殺しなど。その所業が明らかになれば、ミューザ王の領土を取り囲む全ての勢力が、一斉に敵に回り、攻め込んでくる。――リーズから来た法術師は言わなかったか?王はこれから統一法を犯すであろうと。彼の語る未来は、やはり避けられないのか。

「法を犯してはなりません。それでは全てが――」

 何十万もの民を皆殺しになど出来るはずがない。必ず漏れる。王と配下の城主が、いや、すべての戦士と結んだ契約も破棄される。これまでに築いてきたもの全てが、崩れ去る。

「かまわぬ。人はどうせ滅びに向かっているのだ。ことさら厭うことはない」

 王は、はっきりと、笑みを浮かべた。くつくつと、声が漏れる。王の手元で、鋼が革の鞘を滑り出る。

「そうだ、キリル。俺は命じたはずだな。ランデレイルのことは、再び俺の耳に入るまでに片をつけろと」

 キリルは悟った。剣の気配を感じなくなったのは、それが消え失せたせいじゃない。彼を、いや、この部屋にいる全ての者をすでに刺し貫き、滅びをもたらそうとしているせいだ。

 いつ王が立ち上がり、歩み寄り、目の前にしゃがみこんだのか、キリルにはわからなかった。

 いつ剣が腹に突きつけられ、もぐりこみ、引き抜かれたのか、キリルにはわからなかった。

 ただ、屋根を叩く雨音だけが聞こえてくる。しかしそれも本当に雨が降っているのか、ただの耳鳴りなのか、それとも王の嗤い声なのか、キリルにはわからなかった――




お付き合いいただき、ありがとうございます。

ふう、やっと一幕が終わった。

次回より二幕。ロウゼン編です!その前に。


   †

……み……みずを……

渇きのために朦朧とした俺の口に、ひんやりとしたものが注がれた。

ああ……

だがそれは、うねうねとくねり――

   †


駄洒落かよ(笑)


次回予告。


「グルオンさん?」

 いく度目かの少女の声で、グルオンはやっと物思いから覚めた。

 階段の下には、彼女を見上げるマーゴがいた。


二幕第一話「追慕の想い」

8/25更新予定!


ロウゼン出番なし……

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