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接点



 キリルは椅子にもたれ掛かり、深い溜め息を吐いた。王が傍にいないのに、皺が疲れたゆえのものに見える。篠つく雨の匂いが、小さな窓から漂ってきた。

「ミューザ様の様子はいかがでした」

「よくお休みのようでした。――ああ、あなたには、なんとお礼を言えばよいか……」

 王を癒したことに対しての礼だろうが、ロフォラは思わず怪訝な顔で、ヒシュの男の顔を見てしまう。主君の生命を狙う者が、まさにその目的を達しようとしていたのだ。それを阻んだのは、今際の際に飛び込んできた、この参謀だ。

「いえ、貴殿が先ほど言われたように、あのままでは、私の使命をはたすことが出来なくなりますから」

「我が王を奥方様が弑されることと、あなたがそれを見届けて帰ることと、その重さは変わらないと、いうことですか」

 暗殺が成功すれば、見届ける者がいなくてもいずれ結果は明らかになるのだから、ロフォラに与えられた使命の意味がわからない。ただ――

「フォルビィ様は、生きて帰ることを求められていないのではないのですか」

 キリルの考えでは、このような王の暗殺などという任務は、暗殺者が生命を捨てることが前提になっているように思う。そうでなくては、彼女の言動が理解できない。彼女には、暗殺者としての覚悟が、そしてロフォラには、見届け人としての冷酷さが足りないのではないだろうか。

「…………」

「まあ、それはいいのです。今回の件は、どうやら、我が主が自ら奥方様に触れられたようですし」

 以前ロフォラの言った言葉に感じた畏れなど、おくびにもださない。結局王は死ななかったし、ロフォラ自身が、その『確定した未来』に反するように動いているように思える。

「ところで、あなたの力はすばらしいものですね。先ほどいた治療師が、ヨウシュを百人集めても、あなたの力には及ばないと言っておりました。……その札や紐に秘密があるのですか?」

「ええ……まあ、そうです」

 それが秘密だとわかっていて、ずばりと訊くこの男が、ロフォラには理解できない。

「それは、法の子でなくとも、修得できるものなのでしょうか」

「……いえ」

 ヨウシュの力は、一定の紋様を刻んだ呪物を使って、溜め込むことが出来る。それを解放することで、大きな力を揮うことが出来るから、重い病を癒すために、呪符を使う流儀の法術師が用いる技法だ。ただ、力を常に留めておくには、留めるための力も必要となるから、常に呪物を身につけ、力を注ぎ続けなければならない。ヨウシュの力は想いに宿るから、常に力を溜めよう、力を留めようと想い続けるためには、やはり幼い頃からの特別な修練と、特殊な処置、そして、法の子としてのずば抜けた才能が必要だ。

「どのような処置かは、我々には知らされていません。眠るときに力が途絶えないように、我々は夢というものを見ることもないのです。そして溜め込んだ力を使えば、呪物も力を失います」

 そして、呪符の紙縒りや呪い紐は解け、木札もただの木切れに戻る。

「フォルビィ様も――?」

「もちろんそうです。あの娘は、常に自分の体に癒しをかけ続けています」

 キリルは納得した。戦場において、負傷した戦士を癒す治療師も、一日中癒しをかけ続けることは出来ない。月が頭上にあるかぎり、力は無尽蔵に降ってくるが、その力を想いに乗せるための集中力と気力が続かないのだ。ならば、たとえ小手先の技術を配下の法術師に伝えることが出来ても、使いものにはならないだろう。

「まあ、それもいいのです。私の部屋にお誘いしたのは、他にお訊ねしたいことがあるからでして」

 ようやく、キリルの顔に笑い皺が戻った。

「ロフォラ殿は、フィガンという名をご存知ではありませんか?」

 ロフォラは眉根を寄せた。聞き覚えのある名前ではない。だが、この男が自分に訊ねるということは。それに――

「その名に憶えはありませんが、法の子の名のようでもあります」

 法の子には、決まって風の音を含む名が付けられる。ロフォラも法の子ら全員の名を知っているわけではない。

「ただ、名がそうであるからといって、法の子であるとは限りませんが……」

 もちろん、一般の子供の名に、風の音を使ってはならないなどという法はない。

「その方が何か?」

「いえ、ランデレイルに住んでいた、ケンシュの男でして、我々も以前から、その男の研究に援助をしていたのですが」

 キリルの笑みが深くなる。

「研究……?」

「ええ。ヒシュをケンシュに変えたり、キシュの力を強化したりという研究です」

「そのようなことが、可能だと?」

 ロフォラは、つい嘲笑ってしまう。それが簡単に出来るのであれば、リーズ法国であれほどの労力を注ぎ込んで、法の子らを生み出すこともないだろう。

「キシュに関しては、たしかに実用段階に入っていました。ケンシュに関しても、ヒシュとして生まれた彼の娘が、千の城兵の生命を一瞬で奪ったと、そう確かな報告が来ています」

「千の――!? 戦いの場で、ですか?」

 ロフォラは目を見開いた。法術で人を殺すことはたしかに可能だ。しかしキシュには、癒しのように術を受け入れるつもりになっているときは別として、法術が効きにくい。ヨウシュのように完全に術を防ぐことは出来ないが、体中に力が満ちているキシュは、法術に対する耐性が基本的に高いのだ。だから、キシュの戦士に法術をかけても、生命を奪うことは容易ではない。戦場であるなら、なおさらだ。

 それを、一瞬で千。たとえロフォラが、身につけたすべての呪物の力を解放しても、不可能だ。

「一体どうやって?」


いつもありがとうございます。


このあとがきを書いている時点では、まだ八月の六日、原爆記念日です。


ここでこんなことを書くのは場違いだと承知していますけど……


きっと、テレビでも広島、長崎についての特集がいろいろ組まれていると思います。

せめてこの時期だけでも、62年前のあの夏に思いをはせていただけますように。



次回予告。


「私は、歴史に名を残したいのです」

それは、戦うことのできないキリルが、

唯一持ちうる野望なのかもしれない。


一幕第十五話「願い」

8/11更新予定


この番組は、広島から弥招がお送りしております^^

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