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避けられないもの


 女の部屋は、城内でも奥まった奥殿にとりあえず与えられていた。部外者、しかも城の主に害意を持つ者が出入りしていい場所ではないが、それほど手入れが行き届いている様子はない。人の気配もほとんど感じられない。

 法術師はそこを出て、自分と弟の二人に与えられた部屋へ向かう。灯りの少ない廊下を渡り、本来ならば城主の家族の世話をする使用人が眠っている場所だ。

「よろしければ、私の部屋で話を聞かせて頂けませんか」

 その、明らかに建材の格が落ちる一画へと足を踏みだしたとき、柱の影から突然声をかけられ、ぎくりと脚を止めた。

 赤茶色の髪と痩せた顔。

「キリル殿……でしたか」

 その顔を見て、つい口篭もる。近くに誰もいないと思っていたので驚いたということもあるが、先刻王の横に立っていたときとは、ずいぶん雰囲気が違っていたので、咄嗟には誰なのかわからなかったのだ。

 確か、王の参謀だといった。いまは、柔らかい表情を満面に浮かべている。

「ええ。私もこの奥殿に部屋を頂いていますから、お疲れでなければどうぞ」

 そう言うと、法術師を案内するように歩きだす。そして廊下の角をふたつ曲がったところにある部屋へと導いた。

「どうぞ、お入りください」

 女が与えられた部屋とほぼ同じ広さだが、置かれた調度は、はるかに粗末なものだった。清潔なだけが取り柄の寝台に、実用一辺倒の机。その横の棚には、十数冊の書物が積んである。

「すいませんね。頂いているとは言っても、ほとんどこの部屋を使うことはないもので」

 そう言いながら、片隅に置いてあった丸椅子を引っ張り出して、勧める。

「飲み物は?何か持ってこさせましょうか」

「あ、いえ……キリル殿……ですな?」

 確かこの男は、自分達リーズからの三人に対して、最初から懐疑的であったように思う。それなのにこの態度はなんだろう。人の顔を覚えるのは、それほど得手ではない。よく似た他人かもしれない、そんな不安がよぎる。

「ええ。……ああ、先刻は失礼しました」

「いや、貴殿の疑いはあたっていたわけですから……」

 居心地が悪い。王と直接会っているときは、自分達が殺されなかったことがそれほど意外ではないように感じたのに、王がいなくなり、その配下の者といるときは、なぜそうなのか――なぜ自分達が許されて、客人に近い待遇を与えられているのか、わからなくなる。

「我が王を暗殺にこられた、と」

「…………」

「それに関しては、王ご自身が不問に付されたわけですから、我らとしては、それに従うまでです。ただ――」

 この部屋に入って、初めて目を合わせた。

「参謀という立場は、何も知らないままでいるわけにはいかないんです」

 そう言ってまた笑った。口の端に、幾本もの皺が走る。そして、誰かに聞かれるのを憚るように、口を寄せた。

「じつは、私はあなた方には感謝しているんです。ある失態の責任を取らされて、もう少しでこの首が飛ぶところだったのですが、丁度あなた方が到着されて、うやむやになったんです」

 すこし仰け反って、片手を広げる。

「そこで、恩人たるあなたがたの便宜を――もちろん暗殺のお手伝いは出来ませんが、少しくらいは図ってさしあげたい、と。それで、そのためにですね、いくつか教えて頂きたいことがありまして」

「……なんでしょう」

「私は戦士の技量を見極めることが出来ませんので、あの時護衛についていた者に聞いたのですが、お仲間のあの戦士、あのまま放っておけば、おそらく我が王も危うかったと。――なぜ、止めたのです」

「それは、先程も言いました」

「王の生命を奪うのは、あなた方の役目ではない、と? しかし今の状況では、たとえあの戦士を止めても、フォルビィと言う女性が王を暗殺するのを見届けるという役目を果たすのは、まず不可能でしょう? 王があの女性を戯れに妻と呼ぼうとも、決して触れることはありますまい。ということは」

 キリルは、笑みを浮かべたまま目を細めた。

「何か別に、目的を秘しておられる。そう考えるのが自然でしょう」

 法術師は、小さく溜め息を吐いた。この参謀という耳慣れない地位にいるヒシュの男は、たしかにキシュともヨウシュとも違う力を持っている。もし本当に他の目的を持っていたとしたら、それを隠しおおせることが出来たかどうか、自信はない。その強い目を誤魔化すことが、頭の中身がキシュに負けず劣らず単純に出来ているヨウシュには、どだい無理だろう。

「キリル殿は、我が主について、どれほどご存知ですか?」

「リーズ王について、ですか? 統一王と共に語られる伝承と、わずかに漏れ聞く噂程度ですが。まあ、何千年も生きているというのは、さすがに信じかねるところがありますが」

「陛下は、刻を読み解かれる」

「そう伝承では、謳われていますね」

 統一王ベルカルクが、千の戦いのすべてを勝ち抜くことが出来たのは、最高の盾と時を見透かす目を持っていたからだと伝えられている。

「陛下は、フォルビィにミューザ王を弑するように仰せになった。私とフェロには、それを見届けるように仰せになった。陛下がそう仰せになられたからには、そうなるのです」

「……よくわかりませんが。あなたが弟御を止めなければ、リーズ王の仰るとおりにはならなかったのではないでしょうか」

 キリルは、首を傾げる。

「もし私が弟を止めなければ、あいつは王に斬り掛かることはなかったでしょう」

 キリルの笑みが、薄くなる。

「しかし、あなた方を殺さなかったのは、我が王の気紛れにすぎません」

「ミューザ王が気紛れを起こすような方でなければ、フォルビィもあのような告白はしなかった」

「では、リーズ王は未来のすべてを知ることが出来ると!?」

 笑みが、消えた。

「いえ、ただ、陛下は望むことを実現するために、何をすればよいか、それがわかるだけです」

「それは――」

「陛下がミューザ王を弑するために、フォルビィを遣わされた。ならば、フォルビィはミューザ王を殺す。それは、どのような道筋を辿ろうとも、確定した未来なのです」

 口が、凍りついた。

「ミューザ王に伝えますか? 伝えることによって、王がフォルビィを殺すのならば、あなたは伝えない。あなたが伝えるのならば、王はフォルビィを殺さない」

 法術師は腰を上げた。

「他にご用件がなければ、これで」

 キリルは、固い表情のまま、考え込んでいる。

 これで、この男も、法王の力に取り込まれた。己れの未来が定まっていることを知らなければ、己れの自由を信じて生きていくことも出来たのに。

 ロフォラは部屋を出る。


「で、俺達は殺すはずのミューザの野郎のために働くって?馬鹿なのは、兄貴の方じゃねえか」

「黙れ、くそ馬鹿」

 兄が姿を見せたとたんに寝台から跳ね起き、精一杯皮肉な口調でなじる弟を、ロフォラは一言で切り捨てた。だがフェロも、さすがに腹に据えかねているのか、負けずに言い返す――

「くそ馬鹿で上等だぜ。でもよう、じゃあ、あの……」

 が、続かない。

 頭を掻きむしる弟を横目に、ふたつある寝台のうち、使った形跡のないほうに身体を投げ出した。

「あのよう、兄貴」

 掻きむしりながらぶつぶつつぶやくうちに、なんとか言いたいことをまとめたのか、自分の寝台に腰を下ろしたまま、フェロが口を開いた。

「なんでさっき、俺を止めたんだ?」

 横になったまま、ロフォラは弟を見る。

「兄貴が止めなきゃ、俺は絶対あいつを殺せてた。そりゃ、最初の一撃を受けられたのはびっくりしたけど、剣を合わせたら、はっきりわかった。俺の方が強い」

「それでも陛下が、お前じゃなくフォルビィに王を殺す使命を与えたんだ。お前じゃ王には勝てない」

「陛下に与えられた使命を果たすには、確定した未来を辿ればよい、だろ。で、俺達が何をやっても、結局は、陛下が言ったとおりになる。だったらよお」

 寝台が軋む。

「別に俺達、こんなところまでこなくてもいいじゃねえか。っていうか、なんで俺は、馬鹿みたいな修業を今までやってきたんだ?」

「馬鹿か?それだけの修業をしたお前が、使命を果たすために働くから――」

「だから!俺が働かなくても、使命は果たされるんだろう?」

「じゃあ、お前は、使命を放棄するのか?」

「いや、そんなことは……しないけど」

「だったら、自分がやるべきことだけをやってればいいんだ。お前は特に頭が悪いんだから、余計なことを考えても無駄だろうが」

 フェロは口をつぐんだ。ロフォラは腕を枕にして、目を閉じる。

 弟の言ったことは、かつて彼自身、いつも自問自答していたことだ。

 もし俺が、この寝台の上でずっと寝てたら、使命はどうなってしまうんだろう。法王の使命は、果たされることがすでに決定している。果たされることが決まっているのならば、何もしなくてもいいじゃないか。

 違うらしい。

 法王から使命を与えられるよりも以前から、そう、俺が生まれたときから、使命が与えられることが決まっている。

 つまり、俺は使命を果たすために生まれ、使命を与えられ、そして使命を果たす。そして、使命のために死んでしまうのだろう。使命を放棄する、それは自分をすべて否定するということだ。使命を果たすことだけを考えて行動すれば、結果はわかっている。簡単なことだ。

 だが、フェロもフォルビィも、その簡単なことがまだわかっていない。だったら、今回の使命の鍵を握るのは、フォルビィじゃない。俺だ。俺が、使命を忘れなければ、フォルビィがミューザを殺すのを見届けることだけを考えていれば、この使命が成功に終わるのは決まっている。




いつもありがとうございます。

私は元気です。


三時間ほど眠れたので(泣)


次回予告。


「ミューザのところへいっていたの?」

 フォルビィの問いに、ロフォラは切なげな笑みを浮かべてうなずいた。

「しってる? フェロもあの男のところへいっていること」

 それは彼にとって、あまりにも残酷な問いかけ。


一幕第七話「優しい選択」

7/14更新予定……


ねむい(つ_-)zzZ

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