露顕(ろけん)
「何を言っている」
法術師が、思わず立ち上がり、叫んだ。
壁際に控えていた親衛兵が、一斉に抜剣する。王と、身じろぎすらしない女の間に立ち塞がった。
「だから言ったんだ。そんな女なんぞに!」
戦士が剣と盾を拾う。親指で弾いただけで、封じていた紐が切れ、鞘が外れた。虹色の光が溢れる。剣の放つ力の光だ。
膝立ちのまま、剣を横に薙ぐ。噴き出す血の向こうに出来た隙間を縫って、王に飛び掛かかった。
だが王は悠然と鞘を払い、袈裟掛けに斬りおろされた剣を受けとめる。戦士の端正な顔が、驚愕と怒りに歪んだ。
「下界の凡人がぁッ!」
戦士が吼え、さらに剣を叩きつけた。たまらず王は飛び退り、逆に顔を歓喜に染める。瞬く間に、王との間を塞ぐ親衛兵達。その屈強な戦士達が、剣を合わす暇もなく、斬り伏せられる。しかし――
「馬鹿がっ!」
法術師が、戦士の背中に飛び込んで、右手に握った木札を叩きつけた。一瞬閃光が迸り、不可視の力が、戦士の体を貫く。
「な……?兄貴……?」
信じられない。そう振り向きざまに表情に浮かべ、戦士は血を吐いた。剣が手から滑り落ち、膝から崩れ落ちる。
「殺すな」
王が命じた。
法術師は、すでに抵抗の気配はなく、両腕を脇に垂らし、突きつけられた剣にも、表情を変えない。戦士は意識を失ったまま、床に倒れた体を押さえつけられ――
「はなしてっ。私に触らないでっ!」
それまで、感情を表わさずにいた女が、親衛兵に引きずり起こされ、身を捩っていた。親衛兵は、なおさら鋼のような腕で押さえつける。
「お願い。私に触ったら……」
親衛兵の浅黒い顔が、怪訝な表情を浮かべ、すぅと血の色を失っていく。
強靭な体から、力が抜け、ゆっくりと崩れ落ちた。
「ロフォラ、お願い。助けて!」
「ミューザ王。私は、彼女の毒を解く術を心得ております。私に治療をさせてください」
女に懇願された法術師が、王に言った。彼に剣を突きつけている兵が、王の顔色を窺う。
「かまわん。放っておけ」
「ミューザ様っ!」
女が叫ぶ。
しかし、すでに目を虚ろに見開き、浅い息を繰り返すだけになった兵から目を離さず、、王はキリルに尋ねた。
「何の毒か、わかるか」
「は――」
キリルは、目を眇める。
大量の発汗がある。唇が、青い。手足の末端が、固く握られ痙攣している。首筋に、紫の斑点が浮かんできている。呼吸が浅く、速い。目から、鼻から、血が零れた。
「特定は、出来ません。ですが間違いなく、複数の、しかも致死性の毒の影響が認められます」
しかも、触れただけで人の命を奪うほどに強力な……。
王は、法術師の前に立った。ひゅう、と、倒れた兵の吐く、最後の息が聞こえた。
「言いたいことがあれば言え。お前の命を賭してな」
法術師は、目を閉じて俯き、そしてゆっくりと目を開いた。
「彼女の、フォルビィの言ったとおりです。我が主の命により、ミューザ王を弑せんがため、彼女を護って参りました」
「ならばなぜ、この男を止めた」
王は、倒れたままの戦士を剣で指し示す。
「この男の力であれば、俺の命を奪うことも出来たかもしれんぞ」
「我が主は、フォルビィに王を弑するよう命じました。我ら兄弟に与えられたのは、彼女が役目を果たすのを見届けることのみ。それ以上のことは許されておりません」
王は、口元を歪めた。
「ならば、あの女は、なぜ俺を殺さん。触れるだけで命を奪えるのであれば、さっきはいい機会だったはずだ。もう二度と、あんな機会はないぞ」
法術師は、目を伏せた。
「それは……彼女に訊いてください」
女は、すでに全身が変色しつつある屍の横に膝をつき、そのまぶたを閉じさせて、頬を撫でていた。
彼女は、生命を持たない存在しか、触れることが出来ない――
お付き合いいただき、ありがとうございます。
ふっ。予告タイトルまでも嘘になってきた……
おやすみなさいzzz
その前に。
次回予告っ!!
「いいんだ、フェロ」
「でもよ、兄貴……」
「いいんだ」
そう繰り返す兄の顔を見て、フェロは何も言えなくなった。
どこか遠くへ行ってしまいそうな気がした――
一幕第四話「笑顔」
7/7更新予定……
それは、奇しくも七夕に語られる悲しい物語――
特に意味は無……い、痛い痛い(泣)




