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使者


 王の正面、主殿の入り口から半ばまで入ったところに、三人の使者が膝をついた。

「くだらぬ前口上はいらぬ。用件を言え」

 口を開きかけた法術師らしき男が、機先を制されて、顔を上げた。仄かな灯明に浮かび上がるその美貌に、王の側近くを護る女戦士達が、ほう、と思わず溜め息を吐く。

 僅かな明かりにも輝く金髪は、紙縒りのようなものが縒り合わされ、肩の下まで流れている。墨色の、ゆったりとした服を身に纏い、それが隠れてしまうくらいに、首から肩から色とりどりの飾り紐を下げている。腰に巻いた組紐からは、呪紋を刻んだ木札がぶら下がっている。その札もとりどりの原色で染められているから、まるで極彩色の飾り羽を誇る風鳥のようだ。

「は。我が主、法王リーズの言葉をお伝えします――」

「お待ちを」

 王の左側に控えていた男が、口を挿んだ。

 赤茶色の、整えられた髪の毛の下の痩せた顔には、心労のせいだろうか、細かい皺が目立つ。それでも、黒い瞳には強い光が宿り、見た目よりはかなり若いのだろうと思える。

「私は、王の参謀を務めているキリルと申すもの。お見知りおき頂きたい」

 そう自己紹介をしてから、軽く頭を下げる。

「あなた方は、リーズからの使いと仰られておられる。しかし、我々が伝え聞くところによると、リーズの国が認められたのは、統一王の盟友であった、リーズ王一代限りのはず。統一王が身罷られてから、四千と二百年。まさかリーズ王がまだ命を繋いでおられると申されるか。それとも、統一王の定められた法に反して、代替わりをしておられるのかな」

「我が主は、統一王の御代から、ただ一人。リーズの玉座に坐す、法王陛下ただ一人にございます」

「いかに長寿の法を知る法術師であろうとも、四千、いや、統一王にまみえる以前より数えれば、五千年の長きを生きるというのは無理であろう。そのような戯言を信じろ、と?それとも、何か証をおもちか」

 使者の美しい口元が、嗤う。

「まさか、そのような必要はありますまい。信じる信じないはそちらの勝手でございましょう」

「何を!?」

 怒鳴りかけたキリルの喉元に、鞘に包まれた切っ先が、す、と突きつけられた。

「好きなだけ言わしてやれ」

 王の頬に、笑みが浮かんでいる。

 キリルだけではなく、使者に見惚れていた親衛兵さえも、身体を硬張らせた。

 雰囲気が変わったことに気づいたか、戦士の形をした、使者の一人が身じろぎをする。居心地が悪そうに控えているその顔は、明らかに法術師との血の繋がりが見て取れる。要所要所を鋼で補強した、黒い革の鎧には、見慣れぬ紋様が押されているのが珍しい。大柄な身体の前には、飾り気のない鞘に入った太身の剣と、丸い小振りな盾が置いてある。無礼にならぬように、鯉口は紐で括りつけてある。

 その様子を、目の隅に捉えてから、法術師は、頭を下げた。視線の先には、まだ血が乾かないままの、床が見える。

「ありがとうございます。我が主は、今この大陸が、統一王の御心を忘れて、争いに明け暮れていることを、心から憂いておられます。そこに、王のご活躍を耳にされ、王こそ統一王の再来であろうと、この大陸をまとめるのは、王以外にはおられまいと、そう仰せになられました」

 そう言うと、法術師は身体をずらし、左手で、斜め後ろに俯き、膝をついている女を指し示した。

「我が主、法王リーズ陛下の息女、フォルビィ姫にございます。王との婚姻の契約により、我が主との絆を確かなものにと」

「姫だと?統一法では、世襲は禁じられていると思ったがな。それならば、姫などというものも、存在しないだろう」

 何か合図があったのか、キリルがまた口を挿んだ。誰も気がつかないほどに、声が震えている。

「もちろん、その呼称に、何ら実効性はありません」

「ならば――」

「されど、縁にはなりましょう?」

「いいではないか。その大層な爺いが、この俺を恐れていることがわかっただけでも、会った甲斐があった」

 王が、朗らかにも聞こえる声で、言った。

「顔を上げよ。我が未来の妻よ」

「はい。ミューザ様」

 女は、王の名を口にして、頭を上げた。

 歳の頃は三十位、ちょうど成人したばかりにみえる。

 アロウナの山頂を覆う雪のような純白の髪に、黒檀の肌。広く円い額から、細い鼻がすっと伸び、その下に小さな口が形よく尖っている。身にまとった白く透けるような薄物を、わずかに覗く華奢な手足からは想像できないくらい豊かな胸が押し上げているが、それすらも黒檀から削りだされたかのように固く見える。

 最後まで伏せられていた目が、王を見た。皆は、覚えず息を呑む。長い睫毛の下の瞳は、まるで輝いているかのような檸檬色。その中に、橙色の虹彩が浮かんでいた。

「お前は……目が見えぬのか?」

 その、人とは思えぬ瞳の色とは別に、己れに向けられているはずの視線の焦点が、ずれているように王には感じられた。

「……いえ。僅かですが、光は感じますし、近くなら、物の形もわかります」

「そうか」

 王は立ち上がり、言った。

「ならば、お前の夫となる男の顔を、見せてやろう」

 足を踏み出す。

「私に触れれば、あなたは死にます」

 足が止まった。

「私の身体は、毒で出来ていますから」


いつもありがとうございます。

今日はもう一本連載を始めて、大忙しです。

「灰色の涙」

こちらは毎日更新で、六話完結の予定。

よろしくね♪


次回予告。


「さあ、こっちへおいで」

隠微な笑みを浮かべて、ロフォラに手を差し伸べるミューザ。その前に、一人の男が立ちふさがった。

「何だ、てめえは。兄貴に触るな!!」


一幕第三話「見極め」

7/3更新予定!!


次回タイトルとの繋がりさえない(泣)

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