報せ
城の主の前に、報せを運んできた女戦士が跪き、震えていた。
部屋の奥の一段高い場所に腰を下ろし、酒が満たされた金の器を手に脇息に肘を掛け、その報せを受けた男は、この城の主であるだけでない。三十近い城を支配下に置く、王だ。
「キリル。貴様の計画とやらに、このことは描かれていたか?」
酒の器に目を遣ったまま、王は訊いた。
頭を床に擦りつけて、伝令以上に身体を震わせていた男が、擦れた声で、いいえ、と答える。
「し、しかし、たしかにランデレイルは手薄になっておりましたが、ランデリンクのアルワイヤは、契約こそ結んでいないものの、王に恭順の意を表しておりましたし、ラルカレニは、ラルカロードと戦闘状態にありました。ロイズラインを落とした今、ランデレイルを落とし得る勢力はいないはず」
キリルは頭を床につけたまま、視線を女戦士に送る。
「報せによれば、カクテスが何事かを計らって、わざわざ城内に賊を導き入れたとのこと」
「貴様には責任がないと言いたいのか?」
「は――」
王の問いに、キリルは頭を更に床に擦りつけ、王の立ち上がる気配を感じて、更に身体を縮こませる。
「だが、死人の代わりに責任を取る者が必要だと思わんか?」
「は……い、いえ」
鋼が革の鞘を滑る音が、キリルの身体を縛る。滴り落ちる冷汗が染める床のしみが、広がっていく。
刺すような感覚を、うなじの辺りに感じたとき、王の気配が逸れた。
「なんだ」
王の問う声が、キリルの頭上を過ぎる。
「申し上げます。リーズからの使いと称する者が参っており、王へのお目通りを望んでおります」
王が、眉間に皺を寄せる。
「リーズ、だと。キリル。知っているか」
キリルが、床との隙間から、答えを吐きだす。声が、震える。
「は、統一王ベルカルクの盟友であった法術師の名であり、また、その男が、アロウナ山の中腹に興した国の名であります」
「国?」
王の声に不審げな響きが混じった。このアロウナ大陸に、国と呼ばれる場所はない。強いて言うなら、このアロウナ大陸全体がひとつの国であり、統一法の下に統治されている。
王が王と呼ばれているのは、あくまで便宜上のことであり、ただ複数の城を支配下に置いた領主にすぎないし、その勢力範囲が、国や王国と呼ばれることもない。そう、統一法に定められている、はずだ。
「伝承では、そのリーズという法術師が亡くなるまでの特例として、法王と称することを許されたそうでございます。それで、城の名も、国の名も、リーズと……」
王は、這いつくばる男を、もう一度見下ろした。王も統一法について、主従契約や城の運営についての条項は熟知している。だが、文書に表せば、一抱えにもなるほどの巨大な法体系を、隅々まで覚えているわけではない。成文化されていない伝承となれば、なおさらだ。
まだ役に立つか……
抜き身のまま右手に下げられた剣を、振り下ろす。
キリルの横に控えていた、ランデレイルから報せを運んできた女戦士が、悲鳴も上げず、崩れ落ちた。壁ぎわに立ち並んでいた戦士が二人、ものも言わずに駆け寄り、死体を片付ける。
「今回の件は、聞かなかったことにしてやろう。次に俺の耳に入ってくるまでに、片をつけろ」
そう言うと、再び腰を下ろし、血に濡れた剣を横に差しだす。側近が、血糊を拭う。
剣を鞘に収め、部屋の入り口で指示を待つ兵士に、連れてこい、と王は命じた。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
すいません。区切りの関係で、今回かなり短めで。
次回予告!!
警告
この次回予告はボーイズラブ(BL)要素を含みます。
苦手な方はご注意ください。
一幕第三話「使者」
6/30更新予定!!
これで大丈夫。
って、私ゃBLなんか書けないよ(爆)
でもがんばる。