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囁き

ということで始まりました。赤天第三部。

どんどんどんぱふぱふぱふ〜。


マーゴを狙う闇の正体はっ?

命を取り留めた勇者トリウィはどうなるっ?


……嘘です。すいません。


*********


舞台はちょうど第一部の終わりくらい。マーゴがフィガンを殺し、ロウゼンがランデレイルの城主になったころ。

まずは、そのころのアナザーサイドストーリーをお楽しみくださいませ。



 風が耳元で囁いた。

――あの男を殺せ。

――それがお前の生まれ、生かされた理由だ。

 だから、その男を愛した。



 ケーイッ ケッケッケッケッケッ

 空の蒼さに比べて、遥かに薄暗い密林の梢を、けたたましい啼き声をあげながら、黄色い鳥が飛んでゆく。

 ただぼんやりと手綱を握っていた男の耳に、それをきっかけとして騒がしい虫の声、猿の声が飛び込んできた。それと同時に――

「兄貴。後ろから、何か来る」

 牛車の横を歩いていた戦士が、声を発した。

 中途半端に長い、黒ずんだ金髪を後ろに撫でつけた頭が、御者台を見上げる。灰色の瞳の整った顔立ち、リーズの女共に言わせれば、光輝く月の欠片から削りだしたという見てくれが、長く伸ばした、少し明るい髪の色を除けば自分とよく似ていることを、男は知っている。

 もっとも、キシュとヨウシュ、戦士と法術師という差が、鮮烈と繊細、強靭と柔和という違いを付加えている。もちろん体格も違うから、下を歩いている戦士の方が弟だとは、一見わからない。

「何か来る、じゃわからんだろうが。何が来るんだよ、何が」

 ヒシュのたおやかな女人にも、そうはいない美しい口元から吐き出される罵声に、戦士が狼狽えた。今回の使命のために初めて引き合わされ、初めて自分に兄がいることを知ってから、それでもずいぶん経つが、この口の利き方には、未だに慣れない。

 もちろん剣の教師達の怒鳴り声はこの程度ではないのだけれど、潰れたしゃがれ声でなく、麗しいとかいいようのない、歌い手になれば成功間違いなしの声で罵られて平気でいられるほど、強靭な神経は持ち合わせていない。

「……わかるわけねえだろう」

 ただ、大勢の人間の近づいてくる気配を感じたから、言っただけだ。それぐらい兄にもわかるはずなのに……

 あんな細い頚、小指で捻っただけで圧し折れる。そう思うことで、なんとか溜飲を下げる。

「役立たずが」

 弟が何を考えているか、その顔を見なくてもわかる。弟だからではない。単純なキシュの戦士がどのような反応をするのかは、考える迄もない。

 外見だけ見れば、それほど歳が離れているとは思えないが、実際には親子ほども歳が違う。

――兄弟か。

 リーズに生まれる『法の子ら』。二親は違うが、みな法王の子であり、兄弟だと教わった。だがまさか、血の繋がった兄弟がいるとは思わなかった。加齢を制御できるヨウシュと違って、キシュは早く死ぬ。それだけじゃない。戦に駆り出されて簡単に命を落とす。死にたがっているとしか思えない。そんな兄弟の存在など、迷惑以外のなにものでもない。

「仲良くするのよ」

 腹の底をくすぐるような、低い女の声が降ってきた。それと同時に、はばたきの音と叩きつける風、そして、ガァーという嗄れた鳴き声。

 大きな黒い鳥が頭の天辺に止まろうとするのを、左手で払う。符を編み込んだ金髪が、風を切る。

 追い払われたその烏が、牛の尻に止まって、もう一度、ガアと嗤った。艶やかな黒羽根を、一度、羽ばたく。

「兵隊ガ来ルヨ。イッパイ」

 法術師の男が、今回の使命を果たすにあたって、腹立たしいもうひとつのことが、この烏だ。

 月の力を受ける禽獣は数多いが、その殆どがキシュのように身体に受ける。ヒシュのように頭脳に力を受けるのは、猿の類と烏だけだといわれている。おそらく、人のヒシュほどではなくとも、この兄弟よりも頭はいいだろう。

 連絡係とお目付け役を兼ねる、この小賢しい烏は、七色の声を使い分けて、人をおちょくることを生き甲斐にしているらしい。もっとも旅に出てからは、多少なりとも大人しいのが救いだ。

 弟の戦士にしても、言いたいことはある。修業を終えてすぐに、しかも、王の粛清という輝かしい使命を与えられたと思ったら……

 牛車を振り仰ぐ。荷車ではなく、道楽者が旅をする際に用いるような、葦を編んだ幌つきの牛車。こいつを護衛していくだけなんて。

 こんな派手な牛車を、たったひとりの護衛をつけただけで旅しているんだ。野盗団のひとつやふたつ、襲ってきてもいいのに……、気晴らしにもならない。

「暇つぶしに、ひとつ暴れようぜ」

「馬鹿かお前は。二万相手に戦えんのかよ」

「黙れ。バカ烏」

 自分と同じ声で弟を罵る烏に向けて、手綱を叩きつける。法王のお気に入りでなければ、羽を毟って丸焼きにしているところだ。烏は牛の頭に跳ね移って、嘴を開き、声をたてずに嗤った。

「来たぜ」

 ようやく密林の音の向こうから、大勢の人間が、道の柔らかい下生えを踏み拉く足音が聞こえてきた。

 牛車を右に寄せ、その左を弟が護る。その横を、揃いの腕輪をつけた戦士達が追い抜いていった。先頭の戦士が、ちらりとこちらを気にしただけで、大きな背嚢を背負った城兵達は、ただ黙々と足を進めている。

「なんだ。噂とえらい違うよな」

 延々と走り抜けていく二万の城兵をようやく見送って、拍子抜けをしたように弟が言った。

「悪逆非道の王の城兵にしたら、行儀いいんじゃねえのか」

 無駄話もよそ見もせずに、一糸乱れぬ三列縦隊で進軍していった。

「馬鹿かお前は。配下の軍がまともに行軍出来ないで、あれだけ勢力を拡げられるわけが――」

「バーカ。バーカ。クワッ、クワッ」

「なっとくいかねー。このくそがらす! ぶっころ――」

「いい女、みっけ」

「あーこのやろうッ!」

 戦士が腰に下げた剣に手をやったとたん、烏は飛びたった。梢の辺りを、青い鳥を追って、飛んでゆく。

 くすくす

 幌の中から、忍び笑いが聞こえた。

 まだ少し幼さを残す、玻璃の薄片が震えるような声。

 法術師が振り返り、幌の中に声をかける。

「幌を捲ろうか? 暑いだろう」

 弟を罵るときとは、似ても似つかぬ優しい声で、訊く。

 その様子を、眉を逆立てて戦士が睨む。自分の役目が、牛車に乗った女一人の護衛だということも納得いかないのに、兄貴のこの態度はなんだ。

「大丈夫。虫に入ってきて欲しくないから」

 幌から透けて見える人影が答えた。

「なんで法王陛下はそんな奴を使うんだ。下界の王の首を獲るくらい、俺一人で十分だぜ」

「黙れ馬鹿。お前は陛下の御力を疑うのか」

「いや……そういうわけじゃないけどよぉ」

「なら、自分のやるべき事だけをやれ、馬鹿」

「あーもう、馬鹿ばかばかばかって!」

 いきり立っている弟を無視して、法術師は、目を前方に向け、意識を背後に向けた。

 法王がこの女を使うのであれば、この女でなくては、標的の命は奪えないのだろう。だが……

 すでに道の上は暗い。太陽が傾けば、密林にはすぐ、闇が湧く。それなのに、牛車の進む先に、光が見えた。

「やっと着いたみたいだ」

 戦士が、清々したというふうに、声を上げた。

「そうだな……」

 なぜか沈んだ兄の声に、弟が見上げる。

 烏が、鳴いた。


どうやらこれからもお付き合いいただけるようで、ありがとうございます。

序盤はいつものごとくじわじわと、

山もなく、落ちもなく、意味もなく……



次回予告……


「君が、リーズから来たっていう?」

 ミューザはロフォラの前にひざをつくと、彼の目を覗き込み、ニコリと笑った。

「ふーん。うん。気に入ったよ。僕はミューザ。よろしくね」


第三部一幕第二話「知らせ」

6/26更新予定!!


似非予告、こういう路線はまずいですよね。

やおいって警告入れなきゃいけないですよね。

あとがきは別にいいのかな。どうかな〜!?


待て次号!(爆)

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