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闇の瞳

 どこへいくの?

 わたしは、あの子を守らなければいけないのだから

 もっと、きてよ

 せっかく、熱い血を浴びれるのに

 どうして戦ってくれないの?

 さあ

 あの子を守るために、戦わなければならないのに

 どうして――




「でも、いいのかい。あんた、戦士になりたかったんじゃないのかい」

 コクアが、牛車のかたわらから、声をかけてきた。

 トリウィとラミアルがランデレイルを出発する際、グルオンが好意で護衛を付けてくれたのだが、トリウィのどこをどう気にいったのか、コクアが名乗りを上げたらしい。

「うーん。ロウゼン様みたいにはなれそうにないし――」

「当たり前じゃない、ばか」

 と、ラミアル。

「……う。そ、それに、ランデレイルが襲撃されたときに、一人やっつけたんだけど……」

 梢の向こうにのぞく空を見上げる。

「おれ、駄目だ」

 人の生命が消える手応えを、忘れることが出来ない。

「強さっていうのには、まだ憧れがあるけど、それで人を殺したいんじゃない。もう遅いかもしれないけど、レイクロウヴに帰って、もう一度勉強しなおすよ」

「ふーん」

「なに言ってんのよ。一度帰ったら、すぐ戻ってくるんだからね」

 うなずくコクアの横から、ラミアルがにらむ。

「え?」

「せっかくお城とコネが出来たのに、これを生かさないでどうするのよ。あんた、剣やなんかが詳しいんだから、手伝いなさいよ! ロイズラインの武器は、あたしたちが絶対一手に扱うんだからね!」

 トリウィは溜め息を吐いた。

 やっぱりカイディア大陸に渡った方がいいかも……

「トワロさん。どうなったんだろう」

「あんな、なよっとした女が、そんなに強いのか?」

 ゼオブロが訊いた。

「そうか。コクアさんたち、トワロさんの戦ってるところ、見たことがないんだ」

「まあ、あのシージの奴が、顔を真っ青にするんだ。よっぽどなんだろうとは思うけどね」

 コクアが肩をすくめる。

 結局トワロは戻ってこなかった。一緒に行ったはずのシージに、一度尋ねる機会があったが、何も教えてくれなかった。

「だけど、マーゴちゃんもひどいよな」

 マーゴが自分より年上だとは、トリウィにはどうしても思えない。

「あの娘が探してくれって言ったら、ロウゼン様だってグルオン様だって、トワロさんを探してくれるはずなのに」

 もっとも、トリウィもトワロの無事を信じているわけではなかった。ただ、戦士として戦うことをあれほど嫌っていたトワロが、いくら自分の娘を守るためだとはいえ、命を懸けて戦うということが信じられなかっただけだ。

「あーあ。あの人には、言ってやりたいことが、いくらでもあったのになあ」

 ラミアルが、空の荷台に寝転がる。

 牛車の前後に、彼ら以外の人影はない。一台だけで旅に出るのは不用心かとも思ったが、コクアによると、この辺りの野盗連中は、みんなロウゼンの下に参じていて、かえって治安はいいらしい。

 蛮王の名は、日々高まり続けていた。

 ランデレイルの城を乗っ取っただけでもその名を高めるのに十分なのに、今度は、アデミア王の盾と呼ばれたグルオンとたった二人で一万の軍勢を打ち破り、その軍に護られた城主の首を取った。統一王がいま生きていたとしても決して為し得ぬ偉業と、もっぱらの評判なのである。

 一方ミューザ王は、統一法違反が明るみになり、隣接するすべての勢力から一斉に攻め込まれていた。すでにラルカレニ、ランデリンクは落ちたと聞いている。

 そしてランデレイルは、おそらく廃城となるだろう。三年もすれば、城下町の焼け跡は、完全に密林に沈んでしまう。

「あ、あの鳥……」

 ラミアルが声を上げた。喉元の赤い、青い翼の大きな鳥が、色とりどりの尾羽を揺らしながら、梢の下側をゆったりと飛んでいる。

 牛車は、ゆっくりと進んでいった。


 密林を埋める音が、鳥や獣の鳴き声から、夜の虫の声に切り替わった。

 ロイズラインを発って一日、ロイズリンガとの中間にある駅に辿り着いた。

 御者台の先にランタンを吊し、駅の広場へ牛車を進める。雑草の生い茂った地面が、暗い明かりに照らしだされる。

「トリウィ。止まりな!」

 コクアが突然、制止の声を上げた。トリウィが手綱を引き絞る。

「どうしたの?」

「誰だい。出て来な」

 牛車のまわりを、コクアたち三人が囲み、剣に手を遣る。

 闇の中に、細い人影が浮かび上がった。

 胸の前で、細長い包みを抱いている。黒い髪の下で、ランタンの明かりを反射して、瞳が赤く光る。

「トワロ……さん?」

「どうしたんだよ。心配してたんだぜ」

 ラミアルとトリウィが牛車から飛び降り、駆け寄ろうとするのを、コクアが手を差し出して止める。

 トワロがゆっくりと顔を上げ、トリウィとラミアルを見た。

 二人は、理由もなく息を呑む。

「どう……したんだよ……」

 その白い顔に、何の表情も浮かんでいない。感情をそんなに表に出す人ではなかった。だから尚更、その無表情が怖い。

 身に付けているのは、いつもの着物ではない。死体から剥ぎ取ったのか、首の辺りが黒く汚れた、麻の服。彼女の体には、大きすぎるのか、腰の辺りでたくし上げ、紐で止めてある。

「ここを通ると思っていました」

 その声にも、表情はなかった。

 やはりゆっくりと、胸元の包みを解く。紋様を刻んだ二本の鋼が、光を跳ね返す。コクアたちが剣を抜いた。

「コクアさんッ! 駄目だッ!」

「わたしはもう、罪の重さに耐えられない」

 包みの布をはらりと落とし、両手に剣を下げ、表情を隠すように下をむく。

「わたしの罪は、償えない。死んでしまうことも出来ない。もう忘れることも出来ない。だったら、わたしの罪を知っている人がいなくなれば――」

 また正面をむいた瞳が、光を吸い込んだ。

「何を言ってんだ。トワロさんは、罪なんか犯してないじゃないか。マーゴちゃんや町の人たちを護ったんじゃないかっ!」

「わたしが……罪を犯していない?」

 紅など点していないはずなのに、赤い唇。その両端が、釣り上がる。

「言いませんでしたか? わたしは、人を護るために人を殺さない」

 右手の剣が、ゆっくりと上がる。

「わたしが殺すのは、殺したいから」

 自分を護るために戦う? そんなのは言い訳にすぎない。罪の重さに耐えかねて、血のもたらしてくれる快楽に逃げ込み、さらに重い罪を背負う。それでも一度は、忘れたつもりだったのに――

「だから、お父さまを殺したの?」

「ラミアル?」

 トリウィが振り返る。

「わたしが……?」

 トワロが首を傾げる。ラミアルの父親、ハンガという男を斬ったのは、カーラル、野盗だ。身に覚えのない罪まで、背負うつもりはない。

「あんたは、娘を守るために何千っていう城兵と戦って、それでも生きてる。あんたはお父さまを助けることが出来たはずなのに、見殺しにした! あんたが殺したのと一緒よっ!」

 ラミアルの声が、涙で擦れる。

「あたしは、あんたの罪を忘れない。死んだお父さまは返らない。償えるはずがない。でも……」

 コクアの横を擦り抜け、トワロの前に立つ。

「赦してあげるから」

 闇が揺らいだ。

「わたしが……赦せない――」

「あたしが、赦すって言ってるの。あんたのことも、他の人のことも知らない。あたしがいいって言ってるんだからいいのっ!」

 トワロの昏い瞳を濡らす涙に、光が煌めく。そして、かすかに……本当にかすかに、笑った。

「トリウィ」

「なんだい?」

「わたしに、人を癒すことが出来ると、まだ思いますか?」

「もちろん!」





第二部・闇の瞳 完

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

本日更新分を持ちまして、赤い瞳のそら第二部〜闇の瞳〜終了となります。

ここまで続けることができたのも、読んでくれた皆さんのおかげです。改めて御礼を申し上げます。

ありがとうございました。


このまま第三部に突入するまえに、予告などをひとつ。



赤い瞳のそら

第三部〜毒蟲〜


 風が耳元で囁いた。

――あの男を殺せ。

――それがお前の生まれ、生かされた理由だ。

 だから、その男を愛した。



常にロウゼンたちの敵として名を語られていながら、決して姿をあらわすことのなかった男、ミューザ。

そして、彼を殺すために送り込まれた女。


ミューザはなぜ、ランデレイルの民の皆殺しという暴挙に出たのか。

ロウゼンたちがランデレイル入りしてから出るまでの間の隠されたエピソードが、今、語られる。


六月二十三日、連載開始!!

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