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血脈


「どうするつもりだ!?」

「――まさかシュタウズが、敵に背を向けたりしないでしょう?」

「無駄死にするつもりもないんだよ!」

「わたしの名前を知っているようですね」

 シージに背中を向けたまま足を進め、彼の問いに答えるトワロの声が、低く嗄れた。

「やっぱり、あんたは、スルクローサの――」

 スルクローサは、法剣士の里だ。いや、里だった。法剣士たちを育て、彼らを城兵ではなく傭兵として派遣し、その名はアロウナの西部域に鳴り響いていた。たった一人の戦士によって滅ぼされるまでは。その戦士の名は……

「だがあれは、何十年も前のはなしだろう!?」

 トワロは振り返り、雨に濡れた顔の中で、そこだけまだ赤い唇を笑みの形に吊り上げた。

「残念です」

「あぁ?」

「償いようのない罪だから、忘れてしまいたかったのに、あなたはそれを知っているんですね」

 つい先刻、敵に囲まれていたときよりもはるかに切実に、シージは死を間近に感じた。冷たいはずのスコールが、なぜか火傷をするほどに熱い。生温いはずの風が、身を切るように冷たい。

 シージの知っている、その名……。長に連なる者として、各地のシュタウズの里を巡っているときに一種の伝説として語られていた。

 ほんの数十年前のことなのに、伝説と化しているのは、真実を知る者が誰も生き残っていないからだ。

 スルクローサの滅びの真実を――

「森の中では、シュタウズこそ最強なのでしょう? さあ、行きましょう」

 トワロは束の間、雨粒を前髪から滴らせながらぬかるむ地面を見下ろし、そして、すでに腕に絡みつくぼろ布となっていた着物の袖を、引き千切った。

 わかっていたけど。絹の柔らかな肌ざわりも、男の膚のぬくもりも、あの男の唇の感触を忘れさせてはくれない。それが出来るのは、熱い血糊のぬめりだけだということを。

 せっかく返り血を避けるように戦ってきたのに、思い出してしまった。罪の快楽を。

 まあいいわ。わが子を守るためだもの。それも仕方ない。

 その顔に浮かぶ笑みを隠すように、トワロは昏い天蓋を見上げた。


「どういうことだよ? なあ、ラミアルッ!?」

「知らないわよっ!あの人が何を考えているかなんて! ……でも」

 雨に濡れそぼって、一層かぼそく見えるマーゴに目をやりながら、ラミアルが言った。

「たぶんトワロさんは、この娘、いいえ、この人のお母さんなの」

「……え?」

 マーゴは、呆気に取られ、そして戸惑った。

「わたしの、お母さま……? でも……名前が……」

 マーゴの全名は、マーゴ・サキエ・フィガン。自分の名前と、両親の名前で構成される。だから彼女の父親はフィガンで、母親は――。

「サキエっていうんじゃないの?」

「あっ」

 トリウィも思い出した。トワロとはじめて会ったとき、彼らを襲った盗賊の一人が、そんな名を呼んでいた。

「でも、トワロさんが言ってた特徴と違うじゃないか。髪は淡い金髪で、目は空色で、あの焼け跡にあった屋敷に住んでて……」

 銀色の瞳が、大きく見開かれた。

「だいたい何で、トワロさんが名前を偽らなきゃなんないんだよ!? あの盗賊だって、人違いをしてたのかもしれないし、それに、歳だって、この娘は、どう見ても五十才に見えない――」

「トワロっていうのは、カイディアの言葉で、かまきりって意味なのよ。たぶんあの人の両手に剣を持つ戦い方から付けられた、あだ名なんでしょうね。それと、マーゴさん。あなた、見た目どおりの歳じゃないんでしょう?」

 ラミアルは、まだ大人の端緒にも辿り着いていない小さな躰を見下ろした。

 それには答えず、マーゴは訊き返す。

「あの人は、ケンシュなんですか?」

 あの男は、母親もケンシュだと言っていた。

 ラミアルがうなずくのを見て、軽く目を閉じる。

――誰も知らないはずの、わたしの昔の姿を知っている。だったら、この人たちの言っていることは本当なんだろう。だけど、なぜだろう。あの女の人が、わたしの母親だって言われても、何も感じない。

 ……たぶん、今のわたしのお父さんは、ロウゼンさんだから。だったら、わたしのお母さんは、ロウゼンさんの奥さんのはず――

 ロウゼンの背中で戦っているはずの女戦士の姿が思い浮かぶ。

 あまりお母さんって感じじゃないよね、グルオンさんって。

 マーゴはくすり、と笑ってコクアを見上げた。まわりに転がり呻く人々が、彼女の視界から消えた。彼女の家族は、この道の先で戦っている。今はそれしか見えない。

「行きましょう。ロウゼンさんを追いかけないと」

 その笑顔は、たしかにトワロと似ていた。



いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。

せっかくみんな一緒になったのに……

責任者、でてこ〜い!


次回予告!


「テキダ……」

巨人が言葉を発すると同時に、トリウィが呻き声を上げて、跪いた。

「トリウィッ!そんな……マンティスの気配が消えた?」

最後の戦いが、今始まる。


七幕第三話「こぼれし刃」

6/9更新予定!!


あ、私か……

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