表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/119


 グルオンは、サルトと、彼と共に駆けてきた初老の男女を出迎えた。農民たちと変わらぬ格好をしたその男女に、彼女は丁寧に頭を下げる。

「ルシアナ組合長。あなたが直接出てくるとは。でも、良かった」

 サルトに軽くうなずいて労った後、女に声をかける。ルシアナと呼ばれた女は、まだそれほどの年齢ではないのだろうが、白髪混じりの頭と、気苦労が表面に出てきたような端々の皺で、たしかに初老域にいる夫らしい男と同じくらいの歳に見えた。

 とくに今は眉間に寄せた皺が、さらに歳を加えている。

「グルオン殿! 一体これはどういうことです」

 まるで胸ぐらでも掴みかかろうという勢いで、ルシアナが叫んだ。

「おそらくミューザ王の手の者と……」

「宣戦布告は? あったのでしょう! なぜすぐに報告がなかったのです。我々との契約はいらないと、そういうことですか!?」

「もちろん宣戦布告はあった。しかし、それは町や城に火が放たれた後のことだ」

「そ……そんな。それは統一法に――」

「もちろん違反している。そしてそれを知っているこの町のすべての人間の口を、ミューザは塞ごうとしていると、私たちは考えているんだ」

 ルシアナと、その夫は言葉を失う。

「私たちはランデレイルを捨てる。これからロイズラインの城に向かう」

 それを聞いて目を見開くルシアナに、グルオンはたたみかけるように続ける。

「あなたたちには、町の人たちの保護と、背後の守りをお願いしたい……のだが、なぜ武器をもっていない」

 訝しげなグルオンに、ルシアナが、吐き捨てるように答える。

「奴らは、武器庫をまず焼いた」

 ぶっきらぼうな口調に、悔しさがのぞく。組合の持つ武器は、鋼の木に力の紋様を刻んだものだから、すでに灰になっているだろう。

「武器が無ければ、戦えないか?」

「儂らの武器は、鋤鍬に、鎌だ。剣など持たなくとも、負けはせんわ」

 グルオンの問いを侮辱と受け取ったのか、ルシアナの夫が、顔を真っ赤に染めて言い返す。もちろん強がり以外のなにものでもないが、戦う気がある、今はそれだけが肝腎だ。

「ならばいい。私たちはこれからロイズラインを取る。その後すぐに向こうで共闘契約を結べば、とりあえず、ミューザも手は出せんだろう。それまで、あの町に辿り着くまで、町の戦えない者たちを守ってほしい」

「ま、待て。出戦をするのであれば、契約は無効だ。我々が戦う謂れはない。それに、ロイズラインに辿り着く?我らに、この町を捨てろ、というのか。なぜだ?」

「さっきも言ったろう。奴らは統一法を犯している。その証人となる者を、生かしておくはずがないだろう。いや、このランデレイルを、密林に戻すところまでいくかもしれない」

 二人の顔が青ざめ、町を振り返る。

「もうこの地には、城はない。私たちは、もうあなたたちを守れない」

「し、しかし、統一法では……」

「ミューザが法を破ったんだ。少なくとも今のランデレイルには、法は――」

 グルオンは、己れの剣を見る。

「――ない」

 そして、頭を下げる。

「奴らはすでに、ラルカレニとランデリンクも攻め落としている。だけど、すべてのキシュが力をあわせれば、そう簡単には、敗れはしない。頼む。戦えない者を守ってくれ」

 盾が護れるのは、盾を持つ者だけだ。盾の影に入れない者は、……護れない。

「サルト。お前はルシアナ殿を助けろ。私は、ロウゼンを追う」

 私が護れるのは、一人だけだ。町の人々を護ることなんて、出来るはずがない。


「あたし、間違ってないですよね?」

 ロウゼンが城兵たちを連れて、密林に向かうのを見送って、ラミアルが問うた。

「ええ、もちろん。――あなた、ロイズラインまで走れ……るわけはないですね」

「いいよ。私たちがおぶってあげよう。ゼオブロ。あんたはトリウィを背負いな」

 子供たちの傍に付いていたコクアが言った。

「大丈夫だよ。俺、走れる」

「本当かい。まあ、辛くなったら言いなよ」

「貴様等、新入りだな。この人たちと知り合いなのか?」

 シージが、コクアに問うた。

「ああ、シージ様。まあ知り合いっていうか、まあ、そうだね」

 正式な軍の編成ではないが、とりあえず軍長としての待遇を与えられているシージに、コクアも形だけ恭しく対応する。

「そうか……。マーゴ、お前もこいつらに背負ってもらいな」

「……わかりました。ペグさんは?」

「あたし、いい」

 ペグはそう言うと、豹にしがみつく。

「そうか……では――」

 続けて指示をとばすシージの向こうを、手に鋤や鍬をもった農民たちが駆けてゆく。

「シージ。手筈はついたか?」

 グルオンが呼び掛けてきた。

「あ、ああ。こいつらを守ればいいんだろ」

「それだけじゃない。私たちは突破だけを心掛ける。討ちもらした敵はまかせる」

 トワロを見る。

「あなたもまだ戦えるか?」

 子供たちを守ってくれるからといって、トワロが戦わなくてはならない理由はない。彼女の価値観からすれば、そうだ。

 でも、彼女は、見返りもないのに、すでにトリウィとラミアルを助けた。それだけではない。ここには、目の前には、彼女の娘がいる。

 はあ。トワロは、溜息をひとつ吐いてうなずいた。わたしの信条なんかどうでもいいわ。この町に来たいと思ったのは、わたしだから。わたしのあの子にも逢えた。信条を少し忘れることくらい、なんでもない。それに、このグルオンとかいう女戦士に頼まれなくても、きっとわたしは戦う。

「女。お前はトワロというのか?」

 シージが、血に塗れた自分の手を見て、秘かに笑みを浮かべているトワロに声をかけた。

「双剣を使うトワロ……。まさか、スルクローサの?」

 その言葉を聞いたトワロの目が、す、と細められる。ただそれだけで、尊大なシージが、それ以上何も言えなくなった。ロウゼンの、縛りつけ、押し潰そうとする威圧感とはまったく異質の、細く鋭い、毒針のような感覚。

「い……いや、なんでもない」

「せんせいは?」

 ペグがマーゴに訊く。

「エクシアさん……?」

 マーゴが辺りを見回す。そういえば、姿が見えない。マーゴとペグが、二人でグルオンを見上げた。

 グルオンは、二人に背を向ける。

「行くぞ。後はロイズラインを破るだけだ」

 グルオンも、エクシアのことは知らない。城で火の手が上がったときも、その後閲兵場に集まったときも、姿はなかった。ならば、恐らく……。

「せんせいは?」

 ペグの重ねての問いに、マーゴは返答に困る。グルオンの態度が、何を意味しているかは明らかだ。

「……大丈夫よ。大丈夫。すぐに来るから――」

「……うん」

 ペグはうなずいた。

 グルオンは、それを背中で聞いて、走りだした。

――意味もなく人は死ぬ。ロウゼン……あなただけは、死なないで……



お付き合いいただき、ありがとうございます。


この部分の更新作業をしながら流しているテレビ画面では、二人の方の死のニュースが大きく取り上げられています。「死」には、どんな意味があるのだろう。それは、赤天を書きながらずっと思い続けている疑問でもあります。

彼らの魂が、どうか安らぎに包まれますように。


次回予告。


トリウィの影の中で、ひとつの意識がふるえていた。闇の中に見えるひとつの光、それを目指して邪悪な闇が押し寄せてくる。

いいわ、わたしが守ってあげる。なぜならあなたは、わたしの罪の――


七幕第一話「(あかし)


6/2更新予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ