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死の意味

 走りだして間もなく、煙が薄くなる。マーゴたちはほとんど町の外縁まで来ていたのだ。さすがにラミアルは息を切らしているが、それでも立ち止まる事無く、農園地帯に入った。

 町をぐるりと取り囲んだ農場には、野良仕事を放り出して戻ってきたのであろう農民と、火事から逃れてきた町人たちが、ただ燃え上がる町を見つめ、立ち尽くしている。

 すでに賊を追い散らして、ロウゼンの指示どおりに隊列らしきものをつくって待機している城兵たちに向かって、何が起きているんだと詰め寄る者もいれば、為す術もなくしゃがみ込んでいる者、そして家族や知り合いを捜して叫んでいる者、身体のそこここを焦がして泣き叫んでいる子供、治療師を捜して泣き喚いている母親。

「ロウゼン様」

 先行していたシージが、駆け寄ってきた。

「賊は密林へ逃げ込みました」

 ロウゼンはうなずき、グルオンに近づく。そして彼女の横顔を見て、わずかに眉を顰めた。

「行くぞ……。どうした」

 ロウゼンの問い掛けに、振り向きもしないで問い返す。

「ロウゼン……私たちは戦士だ。だから戦っている。それは何の為だ?」

「知らん」

「戦士ではない人たちが、戦いで死ぬ覚悟のない人たちが、戦わなくてすむようにじゃないのか?」

 苦悩を秘めた目で、ロウゼンを振り返る。

「あなたと会ってから、統一法が絶対のものではないと気づいた。ただ、私たちの行動を縛る邪魔者ではないかと思った。しかし統一法がなければ、戦いは密林ではなく町の中で起こる。戦士じゃない人が、意味もなく生命を落とす」

「……それでは、いけないのか?」

「当たり前じゃないか! 意味もなく死んでいい者などいるものか!」

「意味があれば死んでもいいというのか?」

 グルオンは言葉を失った。ロウゼンが何を考えてそんなことを言ったのかはわからない。それでも、その言葉を聞いて、自分の頬に残る赤い筋を、すでに癖になっているのだろう、無意識に撫で、うつむく。

 その筋を残した男、夫であったレイスの死に様がよみがえる。

――レイスは、その生命を盾にして、私を守った。その死が無意味であるはずがない。でも……死んでほしくなかった――

「あの……助けていただいて、ありがとうございます」

 二人に、女が声をかけた。

 うつむいていたグルオンが目を上げる。血で染め直された、紅の着物が見えた。

「トワロと申します」

 血塗れの布に包んだ二本の剣を胸に抱きロウゼンに会釈をするトワロの目に妖しい媚が浮かんでいるのを見て、グルオンは物思いから一気に覚める。

 トワロの後ろには、四人の子供たちが立っていた。その内の二人、マーゴとペグにロウゼンは目をやって、うなずいた。

「俺の娘も助かった。かまわん」

 その言葉で、トワロの表情にわずかに影がさす。その理由を、ロウゼンも、グルオンも知らない。

「ロウゼン様。サルトが来ました」

 シージが、声を上げた。すでにその大半が炎と煙に包まれた町の手前を、農民たちを引き連れて、コルスが駆けてくる。

「何か望みがあれば言ってくれ。出来ることはろくにないが」

 トワロをロウゼンの近くに置いておきたくない。その気持ちを自分でも訝しみながら、グルオンはトワロに言う。

「ありがとうございます」

 もう一度、トワロは頭を下げる。だが、彼女を押し退けるように、一歩踏み出た少女の言葉に、グルオンは呆気に取られた。

「ロイズラインへ向かうのでしたらあたしたちも連れていってもらえませんか?」

「……お前は?」

「ラミアルと言います」

 うわぁ、なに言ってんだよ、とトリウィが騒ぐのを無視して、名乗る。

「マーゴを助けてくれたことには、感謝している。だが、我々は戦にいくんだ。死にたいのか」

「この場に留まれば、どのみち助かりません」

「どういうことだ」

 怪訝な顔をするグルオンに、ラミアルは必死の表情で、話を続ける。

「野盗たちは、町人たちを無差別に殺していました。裏に誰がいるのかは知りませんが、この所業が表沙汰になれば、統一法を犯したとして、攻められてもおかしくはないでしょう」

 城主や王といった権力者の地位を保証しているのは、統一法だ。だからそれを犯せば、すべての勢力から一斉に攻められ、滅ぼされる。税率を厳しく定め、軍備に制限を設ける統一法が、何千年もの間守られてきた理由のひとつは、互いに権力者同士監視しあっているからなのだ。

「ということは、その誰かは、城の方々も、町の人たちも、皆殺しにするつもりに違いないんです」

「そんな……!?」

 グルオンは唖然とした。だが、ミューザが後ろで糸を引いているのであれば、このランデレイルを消滅させなければ、間違いなく命取りになる。この少女に指摘されるまでそのことに気づかなかったのは、迂闊というほかにない。ランデレイルを囲む城を前もって落としたのも、この町の人間を、確実に封じ込めるためだろう。すぐに気を取り直し、指示を発する。

「シージ。カムリの配下はお前に任せる。子供たちを守れ」

「待ってくれ。俺は……」

「シュタウズたち森の民は、ロウゼンが使う。頼む。他にいない」

「ちっ。わかった。また子守か」

「トワロ。そういうことだ。シージの指示にしたがってくれ」

「わかりました」

 トワロも、驚きを隠しきれないまま、ラミアルを見ていた。ミューザ王の思惑に気づいたことではない。ランデレイルを実質的に仕切っているグルオンという人物にたいして、些かも気後れをすること無く、自分の意見を通すことが出来る。力とは暴力だけじゃない。そのことを、これほど思い知らせてくれたのは、彼女が初めてだ。

 そのことをもっと早く知ってきたら、わたしの生き方は、どう違っていただろう。少なくとも、かつて夫と呼んだ男の考えは、変わっていたのではないだろうか。それとも、やっぱり変わらないだろうか――

「町の人は?」

 ラミアルの問いに、グルオンは、決意を目に浮かべ、答える。

「わかっている。ミューザの思い通りになどさせるものか。ロウゼン――」

 後ろに立っている男を振り仰ぎ、何かを思い切る表情を見せながら、話し掛けた。

「ロイズラインの連中が密林を出たら面倒だ。動かせる奴らを連れて、密林の入り口を押さえてくれないか」

「……わかった」

「頼む。私もすぐに追いつく。それまで無理をしないでくれ……。頼む」

 そう繰り返し、グルオンはサルトを迎えるために足を踏み出した。



お付き合いいただきありがとうございます。

そろそろ二部ラストまで、カウントダウンの声が……


次回予告っ!


「もう、およしなさい」

「うるさいっ黙れっ!お前さえいなければ」

 静かにたしなめるラミアルに、マーゴは憎しみのこもった目を向ける。しかしラミアルは、そっと首を振った。

「もう、あなたにはわかっているはず、本当の敵がなんなのか」


六幕第十五話「渦」


5/29更新予定!


この似非予告を、どうやって終わらせてくれよう……

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