邂逅(かいごう)
「お父さん……」
まだ立ち上がることの出来ないでいるマーゴの前に、剣を収めたロウゼンが膝をつく。
「無事か?」
表情も変えぬ、ただその一言に、やっと止まっていたマーゴの涙が、再び溢れだした。
「また、みんな死んで……。コルスさんも、ランタナさんも……」
ロウゼンを見上げたまま、肩を震わすマーゴの濡れた頬を、木の皮のような掌が撫でる。そして銀色の髪を掻き回してから、立ち上がった。城の方を振り向く。
「ロウゼン!」
おそらく城の方が、最も火が強いのだろう。通りを城に向かって流れていく煙を掻き分けるようにして、グルオンが姿を現した。
「マーゴ! よかった。無事だったか」
軽く息を吐いたグルオンに、マーゴは腕で顔を拭ってうなずいた。
グルオンは、マーゴにもペグにも怪我がないことを確認すると、辺りに転がる骸に目を遣る。
すぐ足元に横たわる見覚えのある二つ、コルスとランタナの死体に眉を顰め、外傷のまったく無い数多くの死体とマーゴを見比べる。
「これは――」
マーゴがやったのか? そう口にしかけて、思い止まる。いくら彼女が戦いの為に力を使いたいと思っていたとしても、人の死を厭う性格は変わらないだろう。力を使うことと、その結果を受けとめることは、まったく別だ。
「あなたを、狙っていたのか?」
話を賊に移す。グルオンがこの場に来るまで、町人の斬殺死体はいくつもあったが、賊の姿は城の外では見ていない。それがマーゴのまわりにこれだけいたということは。
「ええ……。カムリさんがわたしに賞金がかかっているって……」
「!? カムリがいたのか!?」
すぐ横の店の壁が、炎に包まれた。強烈な熱気が、叩きつけてくる。
「まあいい。とりあえず町を出よう」
「あの……。この人達も一緒に――」
やっと立ち上がったマーゴは、所在無げに立ち尽くすトリウィとラミアル、そして剣を拭っているトワロを示した。
「彼らは?」
「わたしを助けてくれたんです」
「わかった。今からロイズラインを攻める。走れるか?」
「はい」
ロイズラインを攻める、その言葉に問い返す余裕はなかった。マーゴが答え、トリウィとラミアルも顔を強張らせたまま小さくうなずいた。
「ロウゼン」
炎に身体を赤く染めている男の顔を見て、グルオンの表情が曇る。ロウゼンはわずかに目を細めて、異国の着物と鮮血を身にまとった女を見ていた。グルオンの胸が、かすかに軋む。火の粉の混じった熱い煙が吹き抜ける。
「ロウゼン。他の者は?」
それを圧し殺して、訊いた。今グルオンに付き従っているのは、とりあえず彼女に許された野盗上がりの者達だけだ。
「町の外で待っている」
ロウゼンが、グルオンに目を移して答えた。その目は、いつもと変わらない。そのことに無意識に息を吐き出し、従う戦士に命を下す。
「よし行こう。子供達を守りながら進め」
トワロが、グルオンに頭を下げ、子供達の傍に立つ。そのまわりを戦士達が囲んだのを確認して、グルオンは走りだした。その前をロウゼンが進む。
――何だこれは!?
走りだしてすぐ、グルオンは目を瞠った。足元に転がる、剣で切り殺された賊共の死体。その数が多すぎる。
ロウゼンの太刀筋は知っている。彼による死体はほんの数人。残りはおそらく、たった一人の手によるもの。
――まさか、あの女が……
後ろの方を、戦士達に囲まれて進んでいるはずの女の姿を思い浮かべ、グルオンは混乱する。
たとえどれだけ力の差があろうとも、一人で複数の敵と戦うことが、どれほど困難なことであるのかは、いまさら言うまでもない。ロウゼンでさえ、彼女と初めて会ったときの戦いで、無傷ではすまなかったのだ。もちろんロウゼンの背中を護るグルオンのような者がいれば、また別だが。
第一、あの女は戦士に見えない。まるで娼婦のような格好といい、なよっとした、まるでキシュの女には見えない体付きといい、どう見ても力を感じない。強い戦士は、会えばわかるものだ。彼女が強いはずはないのに……
「トリウィじゃないの! どうしたんだい?」
トリウィ達を囲む戦士達を掻き分けながら、一人の女戦士が近づいて声をかけた。トリウィは驚いて、声の主を振り返る。
「コクアさん!? どうして?」
この城下町まで同行した、女戦士達だった。かすかな舌打ちが、ラミアルの方から聞こえる。護衛代わりにするために、適当な嘘を吐いたのは、二度と会わないはずだったからだ。
「どうしてって、こっちが聞きたいよ。あんた――」
「ごめんなさい。あれ嘘なんです」
やばい、と顔色を変えたトリウィの代わりに、ラミアルが言った。
「うわ。ラミアル……」
「嘘? どうしてそんな」
「だってここへ来る道、危ないじゃないですか。怖い人ばっかりで。それで、あなた達のように強い人と一緒だったら安心ですから」
コクアは、にこやかな笑顔のラミアルと蒼い顔をしたトリウィ、そして血塗れのトワロを見てため息を吐いた。
「……まあいいやね。グルオンさんがあんたらを守れっていうんだったら、しょうがない。守らせてもらうよ」
お付き合いいただき、ありがとうございます。
ついに、一同が一堂に!! って、変な日本語^^;
次回予告っ!
「なぜだっ! なぜわたしの言うことを聞かないっ!」
巨人の身体を両手で叩き続けるマーゴ。
だけどそれは、まるで駄々をこねている子供のようにしか見えなかった――
「くそっ。お前らなんか死んじゃえー!」
六幕第十四話「死の意味」
5/26更新予定!