罪の色
「あれ……?」
呆気に取られたまま地面に落ちるカムリの頭に見向きもせずに、トワロが新たな一団に向けて駆けてゆく。
「もういい! 逃げてください。じゃないと、みんな死んじゃう!!」
座り込んだままのマーゴが、声を振り絞って叫ぶ。その声も、炎に煽られた熱い風が吹き散らす。
マーゴの心まではわからないまでも、ラミアルも唇を噛んで、考えをめぐらせている。マーゴを連れて城へ向かい、保護を求めるか。でも町中に賊が入り込んでいるのは明らかだ。途中でマーゴを狙っている者に行き合えば、どうにもならない。だったらトリウィと二人だけで、路地に逃げ込めば……町のすべてを焼き尽くそうとしている炎に巻き込まれなければ、だが。
そのトリウィは、魂を奪われていた。自分がキシュではないことに絶望して以来、力に対する渇望は、常に強まり続けてきた。戦士として戦いに生きるという夢は、カイディア大陸に渡るという、現実的と思われた希望に行き着いた。その一方で、ヒシュに生まれて、それでも小さいうちはキシュ相手に負けなかった自分に力があればこうあるはずだ、そう夢想してきた。その自分の理想すら超える存在が、目の前で舞っている。
野盗に身をやつした戦士たちを遣わした者が、誰で何を考えているのか、トリウィは知らない。だが、銀髪の少女を捕えるのが目的の一つではあるのだろうが、それ以上に、このランデレイルの町を破壊し尽くそうとしている、そうとしか思えない。町中で火の手が上がっているし、おそらく農園や町のまわりの密林に身を潜めていたのだろう。新たな賊が次々とこちらへ向かってくる。
そのすべてを相手に、トワロが戦っていた。
すでに彼女のまわりは、転がった死体で足の踏み場もない。密林での戦いに慣れているはずの敵の戦士でさえ、転がる死体や手足、そして血潮でぬかるむ地面に足を取られる者がいる。
その間を、まるで乾いた地面の上を進むように、トワロが駆け抜ける。一瞬後、彼女が割った煙の隙間を、血飛沫が埋める。
まだその身体には、返り血を浴びていないトワロだが、しかし足もとや着物の裾、そして剣を握る両の手は、暗い血の色で染まっている。
また一つ、鈍い手応えが剣を伝わってきた。肉を斬り、骨を断ち、そして命を奪った手応え。その重みが、彼女の剣を鈍らせることは決してない。だが、彼女の心には、確実に罪が降り積もっていく。
――あの子の肩に、これ以上罪が降り掛かるのならば、わたしがそのすべてを背負う――
誰かの生命を守るために、誰かの生命を奪う。そんなことに何の意味もないはずだった。
しかし、子供一人のものとは比べものにならない数の命が、彼女の剣によって奪われていく。そしてまた、両の剣が振り上げられた。
「トワロさんッ!?」
トリウィが悲鳴混じりに叫んだ。
突然トワロの動きが鈍り、斬撃を相手の盾に防がれた。そのまま盾で殴りつけられ、軽々と吹き跳ぶ。
その先で待ち構えていた女戦士の剣を左の剣で受け、その喉に右の剣を突き立てる。だが、そこから吹き出る血飛沫を、彼女は避けることが出来ない。
くっ! 時間切れ……
トワロが心の中で歯噛みする。ヨウシュの力を己れの身体に作用させる法剣術は、か弱いヨウシュを強力な戦士に変える。その時間は、個人差はあるがおよそ二から四巡時。だがキシュと同じく、その身体に月の力を宿らせるケンシュのトワロには、術が作用しにくい。
それを承知の上で法剣術の修業を積み、そして力を手に入れた。キシュの力に法剣術を上乗せすれば、敵うものはいない。ただし、その力が続くのは、わずか半巡時ほど。それが過ぎれば、戦士としては華奢すぎる身体だけが残る。
頼れるのは、百年にわたって磨き上げてきた剣技のみ……。
一瞬、覚悟し、そして思いなおす。
わたしが倒れれば、あの子はまた罪の中に連れ戻されてしまう。それなのに、わたしが諦めるわけにはいかない。血の夢に浸るわけにはいかない。
濡れて重くなった袖を突き通した剣を搦め取り、それに引かれて伸びた二の腕を斬り落とす。
背後に気配を感じ、腕を押さえて絶叫する目前の男にぶつかるように身を躱す。トワロの黒髪に刃が絡みつき、千切れ飛んだ。崩れ落ちる男の反動で、背後の敵の足元に飛び込み、股から上へ斬り上げる。白い貌を、返り血が斑に染める。熱い血が肌を舐める。体の芯を戦慄が奔る。
あと何人いる――
目に入った血のせいか、赤く染まる視界に、煙の向こうから走ってくるさらに多くの敵の姿が映った。
いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。
次で戦闘シーンは一息つきます。
その前に大暴れ。
次回予告。
そのとき、大地が揺れた。ダークマンティスさえ、両手の鎌を止めた。
「来たわね。あんたたち、おしまいよっ」
ペグの哄笑にあわせて、魔獣が啼いた……
六幕第十二話「震撼」
5/19更新予定!!