護る理由(わけ)
「うわっ!?」
恐る恐るトワロの走っていた方の様子を伺っていたトリウィは、女の子を背に乗せた豹に気づいて、慌てて身を避けた。
「トワロさんはどうなってるの?」
「わかんねえ。煙で霞んで……ちょっと見てくるから、ラミアルはそこに隠れてろよ」
「そんな、また出てきたらどうするのよ。あたしも行く」
「危ないって!」
「いい?あの人以外に、あたしたちを守ってくれる人がいないの」
ラミアルの人差し指が、まだ返り血の乾いていないトリウィの眉間に突きつけられる。
「え……だって」
「あたしたちに情が移ったのか、他に理由があるのかは知んないけど、さっきだってあんたを守ってくれた。だったら」
トリウィを指していた手で今度は辺りを示す。
「こんな訳の分からない状況で、あたしたちが助かるには、トワロさんに守ってもらうのが、いちばん生き残る可能性が高いのよ」
ラミアルの目が、トリウィを睨む。見たことのないその目の光に、トリウィは気圧された。
「わ、わかったよ。行こうぜ」
とりあえず剣を構え、ラミアルを背後に庇うふりをしながら、トリウィはトワロを探した。
そして、煙の紗幕を数枚通り過ぎ――
「す、すげえ……」
二人がトワロを見つけたのは、彼女が賊の中に飛び込んだ、ちょうどその時だった。
すでに目を刺すほどに濃くなった煙の向こうで、トワロが舞う。
白く煙る道の上に、赤い血飛沫が、鮮明に大輪の花を描く。
「あの娘のところへ行きましょう」
ラミアルが、銀髪の少女を指差した。
「どうして?」
「あのトワロさんが、はじめて会った娘の為に戦ってるんだから、やっぱりあの人の孫か何かなのよ。だったら、あの娘のところにいるのが、いちばんだわ」
そう言って、地面に座り込んだまま、トワロの戦いを見ている少女の傍へ駆け寄る。そして、二人を見て、びくりと身を竦ませる少女に、ラミアルはなんとか笑顔を見せて言った。
「大丈夫よ。あたしたちは、あの人の仲間だから。あなたの味方」
マーゴを宥めて、傍に座り込み、トワロを見守る。
すでに半分近くの賊が、地面に倒れ臥している。残った賊の中で、一人だけこぎれいな形をした戦士が斬り掛かった。トリウィの目から見ても、その戦士は段違いの強さだった。他の戦士に比べれば、力、技、すべてに於いて上回っていただろう。その証に、トワロ相手に十合近く打ち合うことが出来た。そして、わずか十合たらずの間に、その戦士を除くすべての賊が、煙の底に骸をさらす。
その時、ただ一人残ったその戦士が、少女に向かって叫んだ。
「マーゴ様っ!俺がなんとか賊を引きつけておくから、あんたは逃げろ!」
「!?カムリさんっ!」
マーゴが驚きの声を上げた。その声に、トワロの剣が一瞬止まる。
「何だ?あいつ城兵なのか?」
「トワロさん。戦って!そいつは城の方からは来なかったわ。城兵のはずがない!」
ラミアルの声に、カムリが反論する。
「黙れっ!貴様たちこそ何者だ!なぜ街に火を放った!」
マーゴの瞳が揺れる。ラミアルを見つめる目に不信が溢れる。
「野盗たちは」
トワロが剣を下ろして、マーゴに向かって口を開く。だがカムリは、彼女に斬り掛かることが出来ない。その隙を見つけられない。
「あなたが城から出ていることを知っていました。誰がそれを漏らしたのです」
「…………」
「あなたが今日街に出ることを知っていたのは、誰です?」
マーゴの目が、もう一度カムリに向く。この襲撃が前もって計画されていたのであれば、彼女の外出を知っていたのは、ロウゼン、グルオン、サルト、シージ、ジェイフィア、エクシア、そしてカムリ。その中で野盗と繋がりがあるのは――
「カムリさん……どうして……」
とても優しい人だったのに……
「くっ……その銀髪の娘を捕えた者には褒美が出る。どうだ、一生かかっても遣いきれない程の金を手にしたくないか!?」
開き直るカムリの言葉で、トワロの顔に笑みが浮かび上がる。
「褒美を下さるのは、あなたですか?」
「いや、違う――」
「ならば、その人を連れてきてください。その人から直接いただきましょう」
「そのようなこと出来る訳が――」
その時、煙の向こうに大勢の兵士の気配がわいた。トワロとカムリが、それぞれ眉を顰める。そして、カムリの表情だけが晴れた。
町の外から、大勢の戦士が現れたのだ。トワロの表情が、さらに険しくなる。まるで野盗のように、統一感のない武装を着けてはいるが、明らかに集団行動の訓練を積んだ者の動き。城兵であることを隠す偽装なのは明らかだ。
「くくっ。どうやらお前に褒美をやることもないようだ。残念だったな」
カムリが勝ち誇り、右腕の剣をトワロに向ける。手首から先がないことに気づいたのは、その一瞬後だった。
お付き合いありがとうです。
戦闘シーンはさらに加速します!
次回予告。
激しく動揺するマーゴを尻目に、人型をとったマンティスは周囲の影に切り込んでいった。
なすすべもなく見つめるトリウィたち。
しかし――
六幕第十一話「罪の色」
5/15更新!!