親と、子と
体の中で、何かが弾ける。
まだ幼い想い。体中を苛む痛み。不条理な死に対する怒り。それをもたらした者に対する恨み。そして……
涙を流してくれる者への、哀訴。
生命を削り取っていく想いを、トワロは抱き締めた。
月の力を制御する術を、もちろん彼女は持っている。だからこの幼い想いが月の力に乗っている以上、それをはねのけることはわけない。
だが彼女には、わかってしまった。この想いが本当に向けられているのは誰なのか。
なぜなら、幼子たちに痛みと、苦しみと、死を与えることは、まさにあの男のやろうとしていたことだから。そして――
わたしはそれを止めることができなかった。
いや、わたしはそれを止めることができる力を持っているのに――そのために力を得たのに――
あの子を助け、あの男を止める為の……力――その力を得る為の……犠牲――
犠牲とは、あの子を失うことではなかった。
怒りと、無念と、恨みと、憎しみと、絶望と……
これは犠牲であるだけじゃない。わたしの罪の証。
あの子は、こんな想いを、あんなにたくさんの想いを、宿しているのか。たったひとつでさえ、受けとめるのがこんなにも苦しいのに。
ふっ、と生命を削る痛みが、消える。
トワロは目を開いた。開いてから初めて、自分が目を閉じていたことに気づいた。その目に映るのは――
銀色の瞳を呆然と見開いたまま、大粒の涙を流している少女。
跪き、両の掌を、僅かに天に向けて、転がる骸に差し伸べようとしている少女。
間違いない。少女こそ、彼女の娘だった。
マーゴは、泣きながら己れを呼ぶ声に気づいた。ただ、涙を流す為だけに開かれた目に、光が戻る。
「ペグ……さん?」
膝をついたまま、声のするほうを振り返る。そのとき目に入ったはずの辺りの景色は、いまは考えることが出来ない。
いつものように顔をくしゃくしゃにして泣いているペグが、しゃくり上げながらしがみついてきた。
「お…姉ちゃん……けがした? なおしてあげる……」
「大丈夫ですから。豹は……?」
金色の獣は、煙の匂いが気に入らないのか、ペグの後ろで唸りつづけている。
よかった。ペグさんも、豹も無事だ――
腕から血を吹き出すランタナと、背中から剣を生やしたコルスの姿が、マーゴの脳裏に浮かぶ。
そうだ! ランタナさんはまだ生きているかも――
もう一度振り返り、小柄な赤毛の戦士を探す。賊の死体に埋もれるように倒れている彼女は、腕以外に傷を負っていないにもかかわらず、当たり前のように生命を失っていた。
――やっぱり、わたしは……
意識の外に押しやっていた景色が、心を襲う。敵も、味方も、そして関係のない町の人も、みんな死んだ。
――わたしのせいで……
「お姉ちゃん! またくる」
視界の端に、赤い見慣れぬ服を着た女が、両手に剣を持って立っているのが映る。さらに女の反対側、町の外側から、新たな賊の姿が次々と現れる。
――いやだ。もう殺したくない……
突然背後で、倉庫が焼け崩れる音がした。すぐ後ろの商店も、戸口から大量の煙を吹き出し、半ばまで炎に包まれている。背中に熱を感じる。炎からも、賊からも逃げなくてはいけないのに、マーゴは立ち上がることが出来ない。
縋りついてくるペグと、身をすり寄せてくる豹を強く抱き締め、そして押しやる。
「お父さんのところへ行って、助けてって」
「お姉ちゃんは?」
「わたしは豹に乗れないから。早く!」
「……うん。豹、いこ」
ペグは豹にまたがって城に向かった。マーゴは煙の向こうに消えるのを見送って、自分に向かってくる戦士たちに目を移す。
――わたしが、いるから……
三百日ぶりに、絶望がマーゴの心を覆った。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
なんと! この二人が親子だったとわぁ。
…………次回予告。
突然マンティスの影がゆらりと揺れて、人の姿に収束する。
「お、お前は」
激しく動揺するマーゴ。そのとき彼らの周りを、無数の邪悪な気配が取り囲んだ!
六幕第十話「護る理由」
5/12更新予定!!!
しらじらしい?
……反省。