侵掠(しんりゃく)
「なんだ?」
町のざわめきの調子が、突然変わった。人並みの向こうを歩いていた銀髪の娘たちも、足を止めている。
「なんか、聞こえない?」
ラミアルが辺りを見回しながら言った。確かに木板の音が、遠く聞こえてくる。
「戦だっ!」
トリウィが叫んだ。木板が打ち鳴らされるのは、戦の時と火事の時であり、町中の木板が鳴るのは、戦以外に考えられない。が――
「あれをみて」
ラミアルの指差す空に、少しずつ濃さを増す煙が見えた。
「火事みたいよ」
「そうみたい、だな……」
そうぼそっと呟いたトリウィとラミアルを、トワロが突き飛ばした。
「きゃっ!?」
「なっ!?」
二人の首のあった位置を、一閃の光が通り過ぎる。慌ててトリウィが振り返れば、すでに野盗じみた格好の男が、身体の数を増やしていた。飛び散った赤い飛沫を体に受けて、ラミアルが口を押さえ、悲鳴と吐き気を噛み殺す。
「なんだこいつら!? トワロさん!!」
トワロの両手の剣が、さらに二人の命を奪う。気がつけば、通りを歩いていた人たちが逃げ惑い、わずかの間に多くの死骸が地面に血をしみ込ませている。油断なくあたりに目を配りながら、トワロが言う。
「トリウィ。あなたはラミアルを!」
「お、おう」
見た目と違って、トワロが手強いのに気づいたのだろう。彼女のまわりを数人の戦士が取り囲む。一瞬瞳を動かして、トワロはまわりの状況をつかみ、小さく溜め息を吐く。トリウィがラミアルを背後にかばい、剣を構えていた。
馬鹿。あなたが剣を構えてどうするのよ。店の中にでも隠れてて。
まさかそう叫ぶわけにもいかず、自分とトリウィに斬り掛かってくる相手だけを斬り捨てる。飛び込んで掻き回したいところだが、それをすれば二人の子供を守れなくなる。思いもよらない足枷に、トワロはいらついた。
「そんなアマ放っときな。銀の髪の娘がいる。あいつの言ったとおりだ。捕まえたら大手柄だよ」
だがそのとき、女の賊が、そう言いながら走り去った。
――銀の髪? こいつらはあの娘を狙っている!?
女の言葉に気をとられたのは、トワロだけではなかった。賊の戦士たちの気も一瞬逸れる。それを感じてトワロは一歩踏み出し、さらに二人の命を奪う。
「トリウィ!」
「大丈夫。下がってろ!」
呼び掛けるラミアルにトリウィが叫ぶ。実戦でまともに剣を握るのは初めてなわりに、トリウィの剣先は震えていない。重ねてきた修練の賜物か、トワロという味方の存在が大きいのか、それともすぐ後ろにラミアルがいるからなのか。ラミアルは、逃げようという言葉を呑み込む。いまそれを口にすることは、トリウィのすべてを否定することになる、血の匂いに痺れた頭の片隅で、それを感じた。
「どけっ、邪魔だっ!」
敵の中に踏み込んだトワロの背中に回りこもうと、男が一人トリウィに向かってくる。まだ子供だと甘く見たのか、トワロに気をとられていたのか、無造作にトリウィに斬りつけてきた。
「きゃあっ!?」
ラミアルは思わず目を覆う。だがトリウィは自分の首を狙ってきた剣をかいくぐり、がら空きになった脇腹に渾身の力で剣を突き立てる。しかし、やった、という喜びは、剣を伝わってくる筋肉と内蔵の断末魔にかき消された。
「ガキがっ!!」
力を失おうとしている仲間の体を押し退けて、もう一人が斬り掛かってきた。
「くっ!?」
剣が抜けない! 深く刺さった剣を死にかけの男に奪われる。トリウィは鋼の色をした死を、目を見開いたまま迎えた。
彼の視界が真っ赤に染まる。痛みで目を開けていられない。顔を生暖かいものが滴っていく。腰の辺りに突き飛ばすような痛みを感じ、倒れこむ。
「トリウィ!!」
ラミアルの声。そして暖かいものが覆い被さってきた。
「大丈夫!?」
トワロが、剣を振り下ろそうとしていた男の首を切断し、トリウィを自分へ向けて突き飛ばしてきたのを見て、ラミアルが叫んだ。
「目が……」
涙を流しながら、トリウィが呻く。だがラミアルが手巾で拭ってやると、細く目を開いた。
「ラミアル。お前だけでも逃げろ!」
「なに言ってんのよ」
「俺はもう駄目だ……」
そう言いながら、震える手をラミアルに差し伸べる。
「掠り傷ひとつ負ってないのに……」
ぼそりと言うラミアルの言葉に、トリウィの掌が、自分の体のあちこちを触る。
「あれ……、だって俺……」
「トワロさんが……」
トリウィを膝に抱いたまま、ラミアルが目を上げる。そこには、血に染まった剣を両手に、通りに散らばった多くの骸を見下ろしているトワロがいた。
「トワロさん」
ラミアルが呼ぶ。湿った建物が燃える白い煙が、辺りにすでに立ち篭めはじめている。だが、彼女の声が聞こえていないのか、トワロは走りだした。
「トワロさんっ!?」
なぜかは知らないが、賊はあの少女を狙っている。あの子につながるただひとりの手掛りを失いたくない。すでにあの娘のいた辺りには、野盗の姿をした賊たちが、大勢押し掛けている。あいつらはわたしに背を向けている。いまならわたしひとりであいつらを……。トワロが両手を打ち広げる。
誰かの名を呼ぶ少女の叫び声。そして――
「なっ!?」
トワロが立ち止まった。
彼女の視界を占めるのは、赤い光の乱舞。
太陽の光の下で、ぼんやりと暗く光る無数の玉。
そしてその内のひとつが、彼女の胸に吸い込まれた。
お付き合いいただき、ありがとうございます〜。
どんどんイキマス。
次回予告!!!!
テキノニオイダ!
盾の顔を持つ巨人が、ギリギリと動き出した。
しかしその周囲を、突然無数の気配が取り囲む。
巨人の闘気が膨れ上がった。
六幕第七話「錯綜の剣戟」
5/1更新予定!!!!