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接近


 城の左手門からしばらく歩いた位置にある宿の、その隣に建つ食堂で、トリウィとラミアルが、口も利かずに朝食を取っていた。

 ランデレイルに入って三日、トリウィはこの町に来た目的であるロウゼンをひとめ見るため、城の周りをうろつきつつ、情報を集めていた。城主というものは、戦がなければ十日に一度か二度、視察と称して町を歩いたり、新しい戦力確保の為に、城下町に数多くある錬成館に寄ってみたりするものだ。

 しかし町の者がいうには、城主が城を出たのは、ランデリンクとの戦の日だけ。その時たまたま見かけた者を除けば、未だに城主の顔も知らない民がほとんどだという。

 どうやら町をうろついてもロウゼンを見ることが出来そうにないと、城に直接行ってみても、もちろんトリウィが門より内に入れる訳もない。

「はあ……」

 蒸しパンに蜂蜜をかけながら、トリウィが溜息を吐いた。

「何よトリウィ。暗い顔して」

 そう言うラミアルも、皿の上の目玉焼きを、手に持った箸で何度も突き刺しまくっている。

「だってさあ、ロウゼン様に会いたくてこんな町まで来たのに、会うどころかひとめ見ることも出来なくて。それに、なんかひどく評判悪いし」

 ヒシュの商人が悪く言うのはまだわかるとしても、非番で町に出てくる城兵に話を聞いても、ロウゼンの評判は別れているのだ。

 ランデレイルの頭冠を着けている正規の城兵は、アデミア王の盾と呼ばれていたグルオンこそが本当の城主だというし、契約を結んでいない戦士たち――そんな戦士が城にいること自体、他の城ではありえない――も、ランデリンクとの戦いを生き残った少数を除けば、あれで城主が勤まるのなら俺でも勤まるさ、などと言う始末だ。野盗上がりにしか見えない荒くれたちからは、蛮王という呼び名もよく聞いた。野蛮人どもの王ということだろう。

「想像してたより、たいした人じゃないのかもなあ……」

 蜂蜜がこぼれないように、用心しながら蒸しパンを口に運ぶ。

「そんなこと言うんだったら、あんたもこっちを手伝いなさいよ」

 ラミアルは、トリウィと一緒に行動しながら、トワロの娘を探していた。とはいえ、名前どころか、この町に住んでいるかどうかもわからない、わかっているのは年齢と、髪と目と肌の色。そんな条件で捜し出せるはずもなく――

「おはようございます」

 宿との境の戸口をくぐって挨拶をする女を見て、ラミアルの目が一層きつくなる。

 入ってきたのは、もちろんトワロだ。彼女は娘を捜す気があるのか、昼間はずっと店先に座り、町往く人を眺め、夜になれば盛り場へと出掛けていく。昨夜はラミアルとトリウィが起きている間には、宿に帰ってこなかった。

 寝不足なのか、二日酔いなのか、ばさばさの髪に櫛も通さず、酒の匂いをさせながら、ぼう、とした顔で歩いてくる。左手にはいつものように剣を巻いた筵を持ち、しなだれかかるように椅子に座る。

「トワロさん! 私たちといる間は、商売をしないでって言ったじゃない!」

 今、トワロはほとんどお金を持っていないはず。それなのに、こんなにお酒の匂いが残るほど呑めるなんて。彼女の為に町中を歩いていたラミアルの声が刺々しくなるのも、仕方ない。だが、これだけは赤く紅を点した唇が、笑う。

「商売はしてません。ただ、話を聞くために、お酒の相手をしていただけで」

 そう答えて、給仕に粥を頼む。

「なにかわかった?」

 不信をあらわにしているラミアルの代わりに、トリウィが訊いた。ちょっと赤く染まった彼の顔を、ラミアルが睨む。

「いえ。でも、あの屋敷が焼かれたのは、今の城主様が城に乗り込む直前だったそうなんです。やっぱり、城主様がなにかご存知なのかも……」

「一緒に城に入ったグルオン様ってのが、トワロさんの娘じゃないの?歳もそれぐらいって話だし」

 ラミアルの投げ遣りな言葉に、トリウィが首を振る。。

「いや、アデミア王の盾っていったら有名だぜ。あの人はこの町の出身じゃない。常識だろ?」

「知らないわよ、そんなこと。だれの常識よ?」

「……大体、髪の色だって違うしよ」

「髪の色は変わることもあるわよ」

「目の色もか?」

「……」

「トリウィは、城主様と会えそうですか?」

 トワロが、粥を啜りながら訊く。

「全然。でも、グルオン様ならたまに城下に出てくるって。共闘契約の期限もそろそろのはずだし、うまくすれば、町に出たところで会えるんじゃないかな」

「もし会えたとして、話が出来るわけじゃないでしょうに」

「……そうだよなあ」

 トリウィは頭を掻く。ロウゼンの、町でのあまりの評判の悪さに、彼に対するトリウィの憧れは、ずいぶん目減りしていた。だからといって、このままレイクロウヴへ帰ったのでは、こんなところまで来た意味がない。それどころか、ラミアルに対して頭が上がらなくなってしまうのは目に見えている。せめてトワロの子供についての手掛かりをつかんで、言い訳にしたいところなのだが。

「ロウゼン様というのは、ずいぶん風変わりな城主様だということですが」

 粥を食べ終え、トワロは湯呑みを手に取る。

「城に訪ねていっても、会ってはくれないでしょうか」

「……無理よね」

「……ああ、最後の手段だな」

 トリウィとラミアルが、顔を見合わせたそのとき、表の通りが、急に騒がしくなった。

「なんだろ」

「誰か通るのか? もしかして」

 二人は慌てて店を出る。その後ろを、トワロもついていく。

 この時間、決して人通りが多いわけではないが、それでも店々の戸口から騒ぎを聞いて沢山の顔がのぞく。その間に――

「おいあれ、金色豹じゃねえか?」

「たぶん……。なんであんな獣が町中にいるの」

「そういや、城兵が言ってた。ロウゼン様の娘で、豹を連れた女の子がいるって」

「じゃあ、あの子がそうなんだ」

 トリウィたちが、豹とその隣を歩く女の子を指差して話しているその後ろで、トワロは別の人間に、目を奪われていた。

 豹と女の子の後ろを、戦士と並んで歩く少女。

 その銀の髪をした少女から、トワロは目を離せなかった。

 なぜだろう。淡い金色の髪の毛と、白く煙った空色の瞳。記憶にあるあの子の姿と重なるはずがないのに。第一、歳が違う。でも……。

 トワロは、己れに連なる人間の匂いを感じていた。もちろん嗅覚で感じるものではない。その少女の持つ雰囲気、仕草、顔つき、表情。すべてが自分かあの男のどちらかに共通するものを持っている。それを感じる。でも、あの髪の色は。あの瞳の色は。

 隣を歩く戦士と何やら楽しそうに話しながら、少女が目の前を通り過ぎた。

「あの娘もそうじゃないか? ロウゼン様のもう一人の娘。銀の髪と瞳の女の子って言ってたから」

 トリウィがラミアルに話しているのが聞こえる。

 やっぱり違うのか。トワロはわずかに落胆する。城主の娘であるなら、あの男の娘であるはずがない。でも、城主があの屋敷に火を放ったことが気になる。なにか繋がりがあるはず。

「ちょっと。どこ行くんだよ」

 背後から、トリウィの声が聞こえた。無意識のうちに、少女の後をついていっている。

 あの少女は、あの子の娘かもしれない。彼女に話が聞けないだろうか。彼女についている二人の戦士は、護衛だろうか。どこへ行くんだろう。

「あの銀髪の子、トワロさんに似てるんじゃない?」

「そうか?」

 トワロの後ろをついてくる二人も、そう話している。

「トワロさんに聞いたのと、特徴が全然違うぜ」

「だから、トワロさんの孫じゃないの?」

「えー!? じゃあ、トワロさんはお婆ちゃん!?」

 悲鳴にも似たトリウィの声に、さすがにトワロは足を止め、振り返る。その視線に何を感じたか、トリウィは顔を強ばらせた。

「わあ、ごめんなさい」

「でも、そう考えたら、歳は合うのよね。娘さんが三十歳くらいの時の子供だとしたら、ちょうどあれくらいの歳になっているでしょ」

「わたしに本当に似ていますか?」

 トワロがラミアルに訊いた。

「実際の歳を考えなけりゃ、親子といってもおかしくないと思う」

 銀色の後ろ姿を見送りながら、ラミアルは答える。

「そう……ですか」

 もしかしたら、あの子は子供を産むまで生きることが出来たのかもしれない。銀の髪の少女が城主の娘ならば、あの子はあの男の下から抜け出して、ロウゼンという男と結ばれたのか。だからロウゼンはあの屋敷を焼き払ったのだろうか。あの子は……。幸せを少しは感じることが出来たのだろうか……



お付き合いいただき、ありがとうございます。

やっと、やっとです。

やっと二人が……


次回予告


転がされたままの盾が、カタカタとひとりでに動き出した、そう見えたとたん、盾を持ち上げるように、木の床から何かがせり上がってきた。

盾に刻まれた口から、言葉が漏れる。

「テキガキタ」

大きな盾を顔面に貼り付けた巨人が、そこにいた!!

敵を倒すことだけが、彼の存在する――


六幕第四話「理由」


4/21更新予定!!


じわじわ〜

じわじわ〜


夏だな〜(蹴

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