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螺旋の夢


「ありがとうございました。助かりました」

「なに、いいんだよ。ここから連れていってやるわけにはいかんが、気をつけてな」

 ジェンジーの隊商と同行してからは、何も起きる事なく、ロイズラインに到着した。だがジェンジーの目的地は、この町である。ロウゼンらのいる隣町、ランデレイルに行くには、別の方法を考えなくてはならない。

 昨夜駅で一緒になった商人に話を聞いたところ、ランデレイルは現在深刻な資金不足らしい。だからそれを知っている商人たちは、あの町へはほとんど向かわないということだ。それどころか、武器さえ持っていればすぐに契約を結んでくれるということで、野盗上がりや食い詰めたやくざな元城兵、さらには森の民と呼ばれる野蛮人まで集まって、とても無事に道を通れるものではない、そんな状況らしい。

「あんた、本気であんな町へ行くつもり?」

 ラミアルに冷たく言われて、トリウィはトワロに助けを求める。

「トワロさんはどうやっていくの?」

「そうですね。わたし一人なら、どうにでもなるんですが」

 トワロにも冷たく返されて、トリウィは天を仰ぐ。

「……ここまで来て、それはないだろ?」

「だったら、自分で考えてください」

「……………………。とりあえず、飯、かな」

 そう言って、篝火に照らされた通りの真ん中を、牛の鼻を引いて歩きだす。そんな彼の背中を、二人の女は呆れたように見つめた。

「……ラミアル。トリウィは本当にヒシュなのですか?」

「……たぶん」

 二人は力なく笑って、トリウィの後を追う。


「それで、どうするの?」

 そこそこ上等な店で食事を終え、香草入りのお茶を飲みながら、ラミアルがトリウィに訊いた。

「どうしよう」

「あんたねえ!」

 本当に何も考えていないようなトリウィの間抜け面に、ラミアルは思わず声を上げた。

「うそうそ、ちゃんと考えてるって」

「どうだか」

 あわてて手を振る幼馴染に、あくまで疑わしそうな視線。

「本当だって!いいか、状況を確認するぞ。大体二百日ほど前に、ランデレイルの城主を、ロウゼン様という戦士が討った。もちろん一人だけではなくて、アデミア王の下でベルカルクの盾と呼ばれたグルオン様も、一緒にいたそうだ」

「その時城は空っぽだったっていうじゃない」

「当たり前じゃないか、そんなときじゃないと、城に乗り込むなんて出来るわけない。その時の城兵は資金ごとこのロイズラインに来てたらしくて、ランデレイルの戦力は、ロウゼン様が城主になってからも大幅に不足したままだそうだ」

「そんなところに行っても無駄じゃない?」

 小さなため息を吐きながら、ラミアルはそう言ってみる。もちろん、そんなことを言っても無駄なことは承知の上。

「うるさいなあ。いいか。そんな状態なのに、ランデリンクが攻め込んだときは、軍長を討ち取って撃退したんだぜ。すげえじゃねえか」

「すごいわね。で、どうやって行くの?」

「うー。ラミアル。お前はランデレイルに行く気がないだろう」

「うん」

 あっさりうなすかれて、トリウィは煤けた天井を見上げる。だがそれも一瞬のことで、すぐに気を取り直して口を開く。

「まあ、今はまだ共闘契約の期間中だからな。その中で戦を仕掛けそうなのは、一度仕掛けて負けたランデリンクと、十分な戦力を持っているはずのランデリシア。ここは背後にミューザ王の勢力が控えているから、いちばん可能性としては高いだろう。ラルカレニはどうかわからないけど、ここロイズラインは、共闘契約が残っているから、戦を仕掛けることは、まずない。だからランデレイルへは、この町から行くのがいちばんなんだ」

「だ、か、ら、どうやって行くの。隊商に同行させてもらうわけにはいかない、でも護衛なしじゃごろつきに襲われるかもしれない」

「それは――」

「のるかそるかってのは嫌だからね」

「ねえ、トワロさん。密林の中を突っ切るっていうのはどうかな?」

 それまで酒の椀を片手に聞いていたトワロに、トリウィが話を振る。

「護衛なしで道を行くほうが、まだましでしょうね」

 これもあっさり否定される。

「うーん。まあ、牛車で行くのは論外として……。そうだ。そのごろつきを逆に護衛にすればいい。どうせそいつらも城兵になるためにランデレイルに行くんだから、そいつらと一緒に行けばいいんだ」

「変な奴と一緒に行くのは嫌よ」

「だから、町の出口で待ってて、まともそうなのに声をかければいいんだ。どうせ一日だけのことなんだし」

「……仕方ないか」

「牛車はどうしよう」

「宿に預けておこうよ。売っちゃってもいいんだけど、帰りも牛車があるほうがいいし」

「そうだな。よし決まりだ。明日も早いし、寝ようぜ」

 二人が結論を出したのを見て、トワロは椀の残りを一気に飲み干す。順調にいけば、明日にはあの子のいるはずの町に着く。



 夢を見ていた。これは夢だと、はっきりわかる。十日以上、ただ牛車に揺られていたせいだろうか。それとも明日は、あの町に着いてしまうからだろうか。夢を見ていた。



 あの子がいない。目を覚ましたらいつもすぐ横で寝息を立てているはずなのに。部屋の外で泣き声が聞こえる。見知らぬ戦士が目の前に立ちふさがる。

 あの男が、赤ん坊を奪い去る。

「この子には、私が力を与える。それがこの子の為だ」

「返して」

「お前にはここを出てもらわなければならん」

 剣の師が、一層年老いた顔で、告げる。

「お前はキシュの力が顕れん。お前ほどの技を持っておるのに信じられぬが、お前はヒシュだ。これまで気づかなかったことは、詫びようもないが、お前は戦士にはなれぬだろう」

「今日の稼ぎを出しな。なんだその目は。飯を食わしてもらってるだけで、有り難いと思いな」

 男が吹き飛び、首をありえない角度に曲げて、倒れた。だた振り払っただけの、己れの手を見る。

「きみはケンシュなんだ。私と同じ。選ばれし人間なんだ」

 救いを与えてくれる、青灰色の瞳。

「知らぬのか、三種の力は相容れぬ。ケンシュとは呪いだ。だからこそ、力を究めることはできん。それを為そうとすれば、大きな犠牲を伴おう」

「構いません。あの子を取り戻せるなら」

 犠牲とは、あの子を失うこと。

「どうした、突然帰ってきて? お前の噂は聞いている。錬成館でいちばんの使い手だそうだな。わしは鼻が高いよ。さあ、母さんにも挨拶をしなさい」

 言い出せる訳もない。

「よく会いにきてくれた。お前には済まぬことをしたと思っておった。どうした、剣などを持って。まさか力が……? ならぬ。それでは儂が二度間違ったことになる。死んでくれ」

 部屋のあちこちに散らばる、年老いた師の剣を握ったかばね

「やはり御主は呪われておる。その力は、この里を滅ぼしかねん」

 スルクローサの森に転がる、共に学んだ者達のむくろ

「おい、あいつ見てみろよ」

「錬成館からいなくなった」

「こんなところにいたんだ」

「いくらだい。くっくっく」

 嘲りの目。

「きみの力は本当にすばらしい。私の理想そのものだよ」

 称賛の目。そして柔らかな手の、そして唇の感触。

「――の城が落ちた。城主のカクテスも、残った軍長のフィガンも討たれた――」

 何の為に生きているのか、忘れていた。

 得たものはただ、赤い血の夢。

「ケンシュとは、アロウナに生きる者の理想だ。それをこの手で作り出すことが出来れば、私達はすべてを手に入れることが出来る。お前にはそれがわからないのか」

 ふわふわとした淡い金色の柔毛と、まだ開かぬ、まぶたの奥の空色の瞳。初めて抱いた、小さな生命。

「わが子の為にゴミの命を使っても、それは救いだ。ケンシュの一部になれるのだからな」

 望む者に与えられるのが救いであるならば、望んでも得られぬこの力は、確かに呪いだろう。この手に確かに感じていたはずの、あの子の重みは、いつしか消えてしまった。

「今日こそお前に勝ってやるからな」

 そして夢は繰り返す。



お付き合いいただき、ありがとうございます。

早くクライマックスに行きたいので、二回に分ける予定だった次回を、ひとまとめにしちゃいました。

ストックが〜(泣)


次回予告


「彼女たちは、あの町にいます」

 ついに助け出されたラミアルが、口を開いた。長年の幽閉生活にもかかわらず、その気品にいささかの曇りもない。

「でも、そこへいけば、きっとあなたは死ぬ」

 勇者トリウィの目が、一度閉じられ、そして、再び開かれた。

「かまわない」

「そう……では、行きましょう――」


五幕第三話「ランデレイルへ」


4/3更新予定!


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