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想いの焔(ほむら)

「グルオンさん……」

 ゆっくりと振り向けば、戸口の所にグルオンがいた。その向こうにジェイフィアの姿も見える。どうやら彼女がグルオンを呼んだらしい。

 グルオンは、部屋の中をひとめ見て驚いた。マーゴの前に、ヨウシュの男が口から血を流して倒れている。

 馬鹿な、マーゴがこのようなことをするはずが……

 しかし、マーゴの目を見て息を呑む。その目の光には覚えがある。あれはマーゴが己れの力を解き放ったときに見せた目だ。だが彼女は、力が使えないと言っていなかったか。

 グルオンが来たことでマーゴは我に返ったのか、スロウの胸から血に染まった指を抜く。そして、激しく咳き込みながら血を吐きだす男の傍から離れた。

「ジェイフィア、エクシアを!」

「はい」

 ジェイフィアが、ただ一人ロウゼンと契約を結んだ治療師を、呼びに走る。

「マーゴ。どうしてあなたがこんなことを?」

 グルオンはスロウの横に膝を着き、彼の様子を窺いながら、マーゴに問う。

「ごめんなさい……。でも、わたしもロウゼンさんの為に、力が使えたらと思って」

「それがこの男と、何の関係がある?」

 スロウは胸と口から血を吐きだしながら、弱々しく息をしている。すでに意識はないようだ。己れの傷を癒そうともしない。

「この人は、フィガンの部下でしたから、なにか知ってるんじゃないかと……」

 グルオンの顔が嫌悪に歪む。フィガンがマーゴに、そして彼女の友人たちに何をしたのか、彼女もマーゴに聞いて知っている。

「それで、なにかわかったのか?」

 マーゴは首を振った。その時そこに、まだ若い女の法術師が走りこんできた。グルオンは立ち上がる。

「ああ、エクシア、この男だ。助かるか」

 エクシアは硬い表情でうなずくと、スロウの横に跪き、彼の胸に手を当てて小さく呪を呟く。彼女の掌に淡い光が灯りスロウの傷に吸い込まれていく。彼の顔にわずかに朱がさし、呼吸が緩やかになった。

 助かるか。エクシアの顔にも、安堵が見える。だが、スロウは一瞬目を見開くと、上半身を起こし、大量の血を吐いて、再び倒れた。

「……亡くなりました。申し訳ありません」

 エクシアが立ち上がり、そしてうなだれる。

「そうか……。なに、別にかまわない……だろう?」

 そう言って、マーゴの顔を覗き込む。命は無駄に失われてよいものではない。だが、その命でもってしか償うことができない罪を背負う者、そういう人間がいることも確かだ。

「ええ、この男は、何も知らないようでしたし」

「わかった。エクシアは戻っていい。マーゴ、とりあえず私の部屋へ行こう。死体は、サルトに言って片づけさせるから」

 そう言うと、エクシアに続いて部屋を出る。

「法術師も契約したんですね」

 エクシアとは反対の方向へ足を向けながら、マーゴはグルオンに言った。ランデリンクとの戦いの後、彼女が忙しくて、なかなか話をする時間がなかった。

「ああ、この間の戦の後にな。まだ一人だけだが」

「あの人は、忙しいんですか?」

「従軍治療師が必要なのは、出戦の時だけだから、迎え撃つのが精一杯の現状では、まあ、暇だろう。あれから戦もないしな。……なぜだ?」

「ペグさんに法術を教えてあげられないかと思って。ロウゼンさんも、ペグさんも、離れるつもりはなさそうだし」

 普通なら、ペグは親元を離れて法術師の下に弟子入りしている年齢だが、それはどうも町中だけの慣習らしく、ロウゼンはそんなこと気にもしていない。

「そうだな。頼んでみよう。あれだけの力を眠らせておくのももったいないし」

 ヨウシュが法術を使うときは、エクシアのように、呪文を唱えたり、印を結んだりする。流派によっては、符や法陣も使う。それ自体に力はないのだが、ヨウシュの想いに宿る力を方向付けたり増幅したりできる。だからこそ、ヨウシュの使う力は『法術』と呼ばれるのだ。しかし、そんな術を使わなくても、ヨウシュは力を使える。ただし、想いの力だけでは、当然効果は低くなる。

 ところがペグは、印も呪文も使わずに、想いに乗せた力だけで瀕死のロウゼンの傷を癒したことがあるのだ。これで力の使い方を学べば、どれほどのことが出来るか。グルオンには想像もつかない。第一、ペグの歳ではまだ力が顕れていないのが普通なのだ。

「それで、ロウゼンのために力を使うって、どういうつもりなんだ?」

 そうグルオンに訊かれて、マーゴは少し苦笑いをした。話をそらせきれなかったのだ。

「わたしは、この間の戦いの時に思ったんです。ロウゼンさんも、グルオンさんも戦士だから、戦があれば出陣しますよね。もしかしたら、命を落とすかもしれない。そんなときに城で待っているのはいやなんです。わたしは確かに、戦場には行きたくないですけど、私が力を使えたら、もしかしたら、いざというときにロウゼンさんを助けられるかもしれないじゃないですか」

「私達が戦場に出るのは、マーゴの言う通り、私達が戦士だからだ。あなたは戦士じゃないし、戦士ではないものは戦場に出るべきじゃない。それに」

 そこまで言って、グルオンは小さく笑う。

「それに、私がロウゼンの背中を護っているかぎり、ロウゼンは死なない」

 そう言い切るグルオンの顔を、マーゴは少し嫉ましさを覚えながら見つめていた。


 カンカンカンカン

 すでに日の落ちた町の空に、叩き鳴らされる木板の音が、けたたましく響く。

「戦かっ!?」

 訓練を終えて夕食を取っていた城兵達が、兵舎から飛び出してくる。

「火事だーっ!」

 門の横のやぐらで見張りに立っている兵士が叫び、主殿の方を指差している。確かに主殿の向こうから、白い煙が立ち上っていた。

「奥殿が火事だ!」

「早く消せ!」

 皆が一斉に叫び、主殿の横を回って、走っていく。

 城下町の建物は、ほとんどが乾燥していない生木を使っているため、雨の多いことも手伝って、なかなか大きな火事にはならないのだが、城などの大きな建物は違う。しっかりと乾燥させた材木を使い、さらに屋根もしっかりしており雨がしみ込むこともないため、一度火事になってしまえば火の回りは早い。

 騒ぎを聞きつけてマーゴが現場へ行ってみると、すでにグルオンが消火の指揮を執っていた。消火といってもすでに火は屋根に達しており、延焼を防ぐためにまわりの建物を打ち壊すくらいしか手がない。

 ロウゼンさんはいないのかしら? そう思って辺りを見回すが、姿が見えない。その代わりに、顔をくしゃくしゃにして大泣きしているペグと、その横で蒼い顔をしておろおろしているエクシアの姿があった。

「ペグさん!? どうしたんですか?」

「ああ、マーゴさん。もうしわけありません――」

 ペグは泣き止まず、代わりにエクシアが、やはり今にも泣きそうな顔で答えた。

「ペグちゃんに法術をお教えしていたのですが――」

 グルオンがエクシアにペグの法術の個人教授を頼んだのは、今日の昼すぎの話だ。ロウゼンを通して、ペグにそれを承知させたのが、ほとんど夕刻。

「もう力が顕れていると言われましたので、どのくらいの力か見せて頂きたいと、簡単な呪と印をお教えして、灯明に火を点けて……」

 とうとうエクシアの頬に涙がこぼれた。

「そうしたら……灯明が爆発して、油樽に火が移って……」

「怪我は、ありませんか?」

「ペグちゃんが火傷を……。もう癒しましたけど」

 そう言うエクシアの金髪も、火に焼けたのか、ちりちりになっている。

「エクシアさんは?」

「あ、あたしは大丈夫です」

「そう、よかった」

 マーゴはしゃがんで、ペグの目を見上げた。

「さすがペグさん。すごいじゃないですか。わたしの思ったとおり。エクシア先生もびっくりしてるわよ」

 ペグはまだしゃくり上げているが、涙は止まった。

「ペグさんもびっくりした?」

 ペグはうなずくと、マーゴに抱きついてきた。

「油はよく燃えるから、気をつけないとね。さあ、豹がお腹すかせてるよ。ご飯をあげて」

 そう言って背中を叩くと、ペグはもう一度うなずいて、主殿の方へと走っていった。

「あの……マーゴさん?」

 エクシアは戸惑う。

「ペグさんが、法術を嫌いになったら困りますから。――あの娘は、呪文なしで、たきぎに火を着けることが出来ます」

 エクシアの目が円くなる。力が発現しているとは聞いたが、それほどとは。彼女は印も呪文もなしでは、煙も上がらない。彼女の力が弱いわけではない。それが普通なのだ。

「これはペグの仕業か?」

 いつのまにか、グルオンがやってきていた。どこから話を聞いていたのか、マーゴに問う。火はまだ消えていないが、とりあえず延焼の危険は去ったようだ。

「ええ、背が伸びはじめたから、力も消えちゃったかなと思ってましたけど、そんなことはなかったみたいですね」

「そんな他人事のように。誰か火に巻き込まれたらどうするんだ」

 グルオンはそう言うと、顔のすすを拭う。ペグに法術を教えようといったのは、マーゴなのだ。

「だからこそ、力は制御されないと。感情のままに力が暴れるようじゃあ、危ないと思いませんか?」

「それは、あなたのことか?」

「……わたしを含めて、です」

 マーゴは俯く。

「でも、ペグさんは必ずロウゼンさんの為に、力を使うことが出来ます。それはたぶん、あの娘の望みでもあるはずです。あの娘が体の成長を取り戻したのは、ロウゼンさんの命を、その手で救うことが出来たから。だからきっと自分を取り戻すことが出来たんだと思うんです。だったらわたしも……」

 そう言うと、エクシアを見上げた。

「エクシアさん、ペグさんをお願いします。あの娘がもっと自分に自信が持てるように。それがきっとあの娘の為にも、ロウゼンさんの為にもなると思うんです」

「はい」

 エクシアが、ゆっくりとうなずいた。

――小火ぼや騒ぎは、その後十日の間に、四回起きた。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

第二部も折り返し地点を迎え、心機一転更新スケジュールを変更したいと思います。

次回より、週二回、火曜、土曜の更新となりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。


次回予告


ダークマンティスの鎌で体中を切り刻まれながら、勇者トリウィは叫んだ。

「俺は、こんなところで死ぬわけにはいかないんだっ!!」

トリウィの持つ剣に、光が集まる!

運命の糸車が、今勢いを増して回り始める。


五幕第一話「車輪の音」

3/27(火)更新予定。



一話分の文量が減るのは内緒の方向で^^;

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