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突貫

 グルオンは、街の外縁を取り巻く農園の入り口あたりで、ようやくロウゼンに追いついた。戦が始まったことは、すでに城下町に伝わっているのだろう。通りに人影はまばらで、農民達も、三々五々引き上げてきている。彼らが武器を持って戦えば、城を守ることくらいは出来るだろう。だからその時間を稼がねばならない。

「ロウゼン。まさかこのまま敵陣に突っ込むつもりか!?」

 ロウゼンは答えない。

「敵がどれほどいるかは、まだわからないんだ。今はまず時間を稼がなくては」

「頭を潰せば、蛇は死ぬ」

 ロウゼンは、後ろを振り向かない。走り続けながら、グルオンに問う。

「頭がどこか、わかるか」

 仕方なく、グルオンは戦場に思いを飛ばした。戦で初めに出てくるのは、まず前衛軍。普通ならば駅のあたりか、姿を隠せる密林の中に陣を張るが、速攻を決めなければならない今回は、迅速に指揮を取ることのできるランデレイル寄りの道の上に指揮官はいるだろう。

「道の上。密林にはおそらく雑兵ばかりだ」

 その答えにうなずいたロウゼンは、さらに足を速める。

 農園が切れる頃には、二人は疾走する戦士達の先頭を走っていた。

 あたりが一瞬にして暗くなる。緑の天蓋が頭上を覆う密林に入った。宣戦布告から一巡時後に攻め込むつもりならば、そろそろ――

「いたっ!」

 三列に並び、歩いて進軍してくる、ランデリンクの城兵が見えてきた。ロウゼンが、グルオンが、そして後に続く戦士達が、抜剣する。

 敵の先頭に立つ兵士が、慌てて声をあげ、剣を抜く。だが遅い。

 ざざざざざぁ!

 密林が騒めき、一斉に密林の鳥達が、飛び立つ。ロウゼンが雄叫びをあげる。

 巨大な力が、放たれた。

 目の前に立ちふさがろうとした敵兵が、ロウゼンの剣の一振りで吹き飛ぶ。だがロウゼンはそちらに目も遣らず、ただ先を目指して走り抜ける。狙いはただ、敵の頭のみ。それを茫然と見送る敵兵に、後続の戦士達が襲いかかった。

 グルオンは、ロウゼンの背後に張りつくようについて行きながら、えもいわれぬ感動を味わっていた。敵が状況を判断できぬ間に、その横をロウゼンが駆け抜けている。彼が剣を振るうのは、目の前を遮る兵に対してのみ。グルオンなど、未だに一度も敵と剣を合わせていない。背後を見れば、後に従う味方はわずか百名ほどの戦士だけなのに、敵中に孤立する不安は、欠片もない。散発的に斬り掛かってくる敵兵を斬り飛ばしながらも、駆ける速さはいささかも衰えない。

「何を騒いでおるか!至急状況を報せい!」

 道の先に、立派な鎧で身を固めた兵士達が見えてきた。彼らに囲まれて、派手な鎧を着けた大柄な戦士が、声を荒げて怒鳴り散らしている。

「今回の戦は、時間が勝負だ。すでに宣戦布告は済ませたというのに、こんなところで、ぐずぐずしてはおれん」

――見つけた!

「ロウゼン!」

 ロウゼンの背中に力があふれる。

「敵襲!?」「守れっ!」

 敵軍の先頭からの叫びが、ようやく追いついてきた。敵将のまわりを、兵士が固める。

 だが、ランデリンクの精鋭がつくる強固な壁も、まるで薄絹のように、ロウゼンに引き裂かれた。

「ば、馬鹿な……」

 敵の将がその台詞を言い終えたのは、彼の首が泥に塗れた時だった。

「殲滅しろ!」

 ロウゼンの大音声が密林を揺るがす。敵の指揮官を討ったとはいえ、所詮一軍の長、城主ではない。城主が生きている以上、城兵は降るわけにはいかない。敵将のまわりにいた兵は逃げ腰になっているが、ランデレイル側にとり残された敵兵の退路は、ロウゼンらが塞いでいる。ここからが本格的な乱戦になる。

 戦場はすぐに密林まで広がっていった。狭い道の上では大勢の兵が剣を振ることも出来ない。だからランデリンク兵達は、自ら望んで密林へと駆け込んだ。うまく戦えば、敵を囲んで殲滅できる。それが無理なら密林を越えて逃げられる。もちろん全ての城兵が密林での戦いに慣れている。しかし、森の民の戦士は桁が違った。

 キシュである城兵は、腕ほどの太さの木くらいは、簡単に切り倒す。だからといってまったく邪魔にならないわけではない。お互い城兵同士の戦いならば、問題にならないのだが、今回は、相手が違った。森の民は木々を盾とし、幹を蹴って進路を変え、大木を回って背後から斬りつける。ガラムの戦士などは木々を伝い、枝を駆け、頭上から襲いかかる。野盗上がりの者でさえ、城兵と比べものにならぬくらい、密林での戦いに習熟していた。

 ロウゼンは敵兵の退路を断つため、道の中央で戦っていた。すでにランデリンク兵は、彼が城主だと気づいている。華美な鎧も、派手な造りの剣も持っていないが、この男を一目見れば、誰かの下に甘んじる人間ではないということが知れる。何よりその力!

 だからロウゼンは、十重二十重に囲まれているが、その剣筋にいささかの緩みもない。

「ロウゼン!」

 彼の背中を護って戦うグルオンが叫んだ。

「あなたと逢えてよかった」

 剣を振るいながら笑う。アデミア王に仕えていた時は、王を護ることは使命であり、義務であった。王を無事護り終えたときには、十分な満足も得られた。だが戦い自体に喜びを覚えたことなどなかった。

「あなたの背中で戦うことは、こんなにも愉しい」

 そしてまた笑う。ロウゼンは何も答えない。だがその力がますます満ちあふれ、密林に渦を巻く。それこそが答えだ。

 そして、戦いは突然終わった。ロウゼンとグルオンを取り囲んでいた敵兵が、一斉に崩れる。サルトに率いられたランデレイル兵が、ランデリンク兵を斬り散らしながら駆け込んできたのだ。

 いきなり指揮官を討たれ、自分達よりもはるかに少ない敵にかき回され、圧倒されていたランデリンク兵は、ランデレイルの新手の登場に、戦意を一気に失ってしまった。剣を捨て、密林の中へと走りこむランデリンクの城兵は、勝ち戦に意気揚がるランデレイル兵によって、稲を刈るよりもたやすく刈り倒されていく。

「グルオン様。ご無事ですか?」

 剣から血を滴らせながら、サルトが走り寄る。

「大丈夫だ」

 体中を深紅に染めたグルオンが、笑う。髪を編み込んだ飾り紐でさえも、血に重く濡れている。その様子を見て、サルトは息を呑んだ。戦っていれば返り血を浴びるのは当然だが、この量は尋常ではない。サルトも剣の腕には自信がある。以前はランデレイルの千人隊長を務め、戦場でも多くの敵を斬ってきたが、これほどの返り血を浴びたことはない。この二人で、どれほどの敵を斬ったのだろうか。辺りに転がっている、敵兵の骸を無意識に数えている。

「お怪我は?」

 戦いが終わった直後は、自分でも傷に気がつかないこともある。グルオンは首を振り、頭だけロウゼンに向けた。

「ロウゼン。あなたは?」

 ロウゼンは、剣の血糊を振り飛ばすことで答える。大丈夫、ということだろう。

「それより、お前には、境界を守れと命じたはずだな」

 グルオンに睨まれて、サルトは体を硬張らせる。だが僅かな兵で斬り込んでいったグルオンらが心配で、叱責を覚悟して進んだのだ。

「申し訳ありません」

 うなだれるサルトの肩を、グルオンが叩いた。

「ロウゼンは好きに戦えといったからな。いいさ。助かった」

 そう言ってまた笑う。自分は、明日の夜まででも戦う自信はあったが、他の戦士はそうはいくまい。サルトらが来てくれたことで、一気に勝負が着いた。おかげで兵の消耗が抑えられたことは間違いない。

「奴は、城主だったのか?」

 ロウゼンが訊いてきた。あの指揮官のことだろう。グルオンはその死体を目で探しながら答えた。

「いや、城主なら敵兵はすぐに剣を捨てる。たぶん前衛軍の軍長だろう」

 死体は多くの骸に紛れて見つからない。

「城主はどこだ」

「さあ、だが奴らは速攻を目指していたはずだ。それに失敗した以上、戦は終わりだ」

「追うか?」

 グルオンは目を丸くする。

「あなたとならそれも出来るかもしれないけど、それをすれば共闘契約が破れる。とりあえず今は城を守れたということでよしとしなければ。城へ帰ろう。マーゴやペグも心配してるだろう」

 そう言って、自分の身体を見下ろし、腕を己れの顔に近づけて、顔をしかめる。

「臭い。城に帰るまでに、一雨降ればいいんだがな。サルト、城兵をまとめたら、剣を拾わせろ。できたら鎧や盾もな。ランデリンクの警戒も怠るな」

 ずいぶん辺りは暗くなってきたが、日が暮れるまではまだ間がある。木々の隙間から覗く空は、まだ青い。

「帰ろう」

 道の先を見ていたロウゼンが、踵を返した。


「お帰りなさい。どうでした?」

 マーゴがペグを連れて城門で出迎えたが、二人の姿を見て、眉をしかめる。

「怪我をしたの?」

「いや、返り血だ」

 グルオンが苦笑いをする。

 ペグはかまわず、ロウゼンに飛びつき、体をよじ登る。ロウゼンは彼女の襟首を掴んで、肩に乗せてやった。

「メシだ」

 ロウゼンはそう言って、城に入っていく。すでに日は落ちて、空の際が、わずかに青く明るいだけ。町中に夕食の支度をする煙が、立ち上っている。戦に勝ったと先触れがあったので、城でも下働き達が、夕食を作っている。

「用意できてます。ペグさん、案内してあげて」

 ロウゼンの肩の上で、ペグが首肯く。

「治療師の人達が集まってくれてますけど」

「わかった。怪我人は兵舎に運ばせるから、そこで治療させよう。まもなく到着するはずだ」

 ロウゼンは戦が終わると、軍を放ってさっさと帰ってきてしまったのだ。

「被害は?」

 マーゴに訊かれて、グルオンの顔が少し沈む。森の民達、契約外の戦士達の被害が、思ったより多かったのだ。

 戦の中での雰囲気では、最初に敵の指揮官を討ったせいもあり、完全に味方が圧倒していると感じていたのだが、やはり数の差は大きかったようだ。出陣前は四百近くいた彼らが、半減している。サルトが来るのがもう少し遅ければ、勝負の行方は大きく揺らいでいたかもしれない。だがそれでも、今のこの城の状況からすれば、勝ったという事実は信じ難いことだ。

「大丈夫。大したことはない。これならミューザの軍が攻めてきても、守りきれるだろう」

「そうですか」

 マーゴがやっと笑みを浮かべる。グルオンは、この少女の悲しむ顔を見たくなかった。この娘は自分と同じ、無意味な人の死を厭う質だ。それなのに多くの命を奪ってきた。自分は戦士だけど、この娘は違う。だから。

 すぐに戦士達が帰ってくる。それまでに身体くらいは洗えるだろう。



お付き合いいただき、ありがとうございます。

次回より、再びトワロ一行に話が戻ります。


次回予告

ついに囚われの身となったラミアルは、塔の天辺に幽閉されてしまう。

彼女を助けんと野盗どものアジトに乗り込んだ勇者トリウィは、森の守り神、シャイニングマンティスを召喚し……


「籠の鳥」


3/3 更新予定。


更新日以外は大嘘です……たぶん^^

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