兆し
主殿の緩やかな階段を下りたところに、彼らはいた。
「あんたがロウジアの息子か」
先頭に立ち、ロウゼンを迎えた老婆が、ほう、と目を見張って言った。老婆とはいってもロウゼンより頭半分低いくらいで、グルオンよりも身体は大きい。その頭はすでにほとんど白髪で、顔には深い皺が刻まれているにもかかわらず、袖なしの革服から伸びる腕には、筋肉が太く巻きついている。
「だれだ」
そうぶっきらぼうに訊ねるロウゼンに、老婆はにやりと笑い、答えた。
「儂はシズロ、ロウジアは儂の娘じゃ。つまりお前は儂の孫、ということになるの」
そして、ロウゼンの頭から爪先まで舐めるように見る。
「ふん。ロウジアが村を出ると言うた時には、何をとち狂うたかと思うたが、まるきり狂うておったわけでもないようじゃの」
ロウゼンのこめかみに血管が浮く。シズロの後にいる者達が、息を呑み、あとずさる。
「怒るな、怒るな。どうも気の短いのは、父親似らしいの」
そう言ってシズロは笑う。
「ご用件はなんでしょうか」
ロウゼンに任せておけば埒が開かないと見て、グルオンが横から訊ねる。ロウゼンの祖母だと思えば、自然と口調も改まった。
「何じゃ、お前は?」
「グルオン。ロウゼンの下で、この城をまとめています」
「そうじゃない」
「……は?」
「あんたは、儂の孫のこれか、と聞いておる」
そう言ってシズロは、己れの手の小指を立てる。
「なっ……!?」
グルオンの顔に血が上り、何も言えなくなる。
「ふん。まあよいわ。儂がわざわざ出てきたのはな、シュタウズが城を取ったという話を聞いて、村々の若い者が町へ出たいと言いだしおってな。それは儂の孫じゃなどと口を滑らせたもんじゃから、つなぎを頼まれたのよ」
シズロはそれだけ言うと踵を返し、門へ向かって歩きだす。
「どちらへ?」
グルオンが慌てて追い掛ける。
「役目は果たした。儂は帰るよって、あとの者は好きにせい」
そしてシズロは出ていった。皆はただ、見送るしか出来ない。
「なんか、強烈な人でしたね。ロウゼンさんのお祖母さん」
マーゴがロウゼンを見上げて言った。
「知らん」
彼はシズロに会ったことがあるはずだが、それは物心ついて間もない頃のことだ。その頃のことは、母親が気狂い扱いされ、それに反発していたことしか、彼の記憶には残っていない。
「そんなことより、彼らをどうする」
グルオンが話を戻した。シズロが連れてきた者達は、みんなたくましい体付きをした若い戦士だ。決して清潔とは見えない革服を身にまとい、だれもが剣を手にしている。ロウゼンと同じく、盾も篭手も持っていない。
それぞれ思い思いの場所に立ち、場内を物珍しそうに見回す者、緊張した面持ちでロウゼンを見る者、数人固まって何やら話している者。男女を比べれば、男がわずかに多いだろうか。それがざっと見るだけでも百人以上。
そんな連中を見て、グルオンは頭を抱えたくなった。確かに戦力は欲しい。シュタウズという連中は、ロウゼン以外には会ったことがないが、強力な戦士が多いということも聞いている。だが、見るからに統制の取れてないこの連中を、軍としてまとめることが出来るのか。もちろんグルオンも、一糸乱れぬ統制というものを求めているわけではないのだが。
とりあえずランデレイルの城兵として、ロウゼンと主従契約を結んでもらわなくてはならないが、契約を遵守するというのは統一法に記されている事柄、森の民は統一法に関心を持たないだろう。ロウゼンも、農業組合との共闘契約や城兵の主従契約について、理解させるのが大変だった。いや、今も完全に契約というものを理解しているとは思えない。その証拠に――
「とりあえず、城兵としての契約を――」
「いらん」
グルオンの言葉を、一言で切り捨てた。主従契約は、城主と城兵、双方の立場を守るために結ばれる。だがどちらもが必要ないというのならば……。
「頭はだれだ」
ロウゼンの問い掛けに、二人の戦士が前に出る。
「飯は出る。後は任せる」
そう言って、ロウゼンは主殿に足を向けた。
「なっ!?」
グルオンは驚いて、サルトに、シュタウズの連中を兵舎へと案内するよう命じておいて、ロウゼンの後を追う。
「契約を結ばないって、どういうつもりだ。奴らが裏切ったらどうするんだ」
「殺す」
そして、階段を上っていった。その後をペグがちょこちょことついてゆく。グルオンはマーゴと目を見合わせて、溜息を吐いた。
「私には、あの人が何を考えているのか、わからない。マーゴ、あなたならわかるんじゃないのか?」
グルオンは、マーゴの育った屋敷に火を放ち、そしてこの城に乗り込んだ日のことを思い出していた。あの時のロウゼンとマーゴは、本当の親子でさえ望めないほどの繋がりがあったように見えたのだが。
「いえ、わたしにも……」
マーゴは首を振ってうつむいた。
だがこの一件をきっかけにしてなのかどうか、流れが変わっていく。
数日後、シズロの村とは別のシュタウズの集落から、やはり百人近い戦士がやってきた。それから少し間を開けて、今度はシェルミやクアといった部族の戦士。彼らも森の民だが、シュタウズのようには町に出てこないので、ほとんど知られていない。しかし彼らも密林での戦いに長けた戦士であることは変わりない。そんな小部族の戦士が四十人。
さらには猿人と呼ばれ、蔑まれているガラムの民が数人。密林で野盗を働いているような、法から外れて生きている者共が大勢。そんな戦士達が、かなり離れた場所からも続々と集まってきた。
もちろん数の上からいけば普通の城兵の方が多く、また双方合わせても一万にはまだ足りない。それでも、このランデレイルの城主が他の城の主とは全く違う力を持った人物であるということを、城内はもちろん、城下にも他の城にも広く知らしめることになった。それはまた、いわゆる普通の城兵を集める力にもなった。
もちろんいいことばかりではない。町での暮らしなど知らぬ森の民や、法を守るより力で己れの意志を通そうとする野盗上がりが町を歩き、治安が少しずつ悪化していく。城兵としての契約を結ばず、ただロウゼンのみに忠誠を誓う、または誓うふりをしている戦士達をまとめることは、サルトにはもちろん、グルオンにも容易なことではなかった。
町人達の苦情がジェイフィアを通してグルオンに届き、なんとか軍としての体裁を整えようと奮闘するサルトが根を上げかけたとき、また一人の男が城門を叩いた。
「我はランデリンクの主、アルワイヤに従う者。統一王ベルカルクの定めし法に従い、ここに宣戦を布告する」
そう告げた男は、すぐにまた去っていった。
「なんだと?ランデリンクが?」
兵を召集する木板の叩かれる音が、日蝕後のスコールをもたらした雲の残る空に響く中、グルオンとマーゴは、主殿に駆けつけた。
ランデリンクは、この城と同じく独立系の城主が治める。たしかに、順調とは言えないまでも戦力が集まりつつある今、共闘契約が切れるのを待つよりは、今のうちに攻めたほうが得策かもしれないが、それをするのはミューザ王配下のランデリシアかロイズラインだと思っていた。いや、ロイズラインは今ミューザの領土から孤立しているし、まだ共闘契約が切れていない。だからランデリシアに続く道しか、警戒をしていなかった。それ以上の余力もなかったが。
宣戦布告は、開戦の一巡時前にしなくてはならない。それは城主が敵を迎え撃つため、城を出る時間を確保するために定められている。通常は戦の前日に宣戦布告することが慣例だが、ランデレイルが共闘契約を結んでおり、農業組合が戦に参加する以上、敵側としては農民達の態勢が整う前に、速攻で勝利を収めなくてはならない。ならばすでに猶予はない。
「ロウゼン」
グルオンが呼び掛ける。いまこの主殿にいるのは、グルオンとマーゴ、サルトとその下で隊長を務める者数名、森の民の頭立った者数名。ペグと豹はどこで遊んでいるのか、姿が見えない。
「戦だ。ランデリンクが攻めてきた」
そう言いながら、グルオンは唇を噛む。兵の編成も、指揮系統も、何も整っていない。とりあえず一撃目を耐えれば農民達も戦いに加わってくれるから、それで何とか守れるか。そこで気づいた。
「誰か、組合長の所へ。契約に従い、民をまとめてくれるように。急げ!」
サルトの部下が一人立ち上がり、飛び出していく。
「ロウゼンさん、どこへ?」
マーゴが問うた。ロウゼンは主座から立ち上がり、そして表へ出ようとしていた。
主殿の境内からは、閲兵場が見渡せる。そこには、何とか列をつくる城兵と、いちばん手前に雑然と固まった、城兵とはいえない戦士達。そしてロウゼンは彼らに、大声で命じた。
「敵はランデリンクだ。好きに戦え」
「おお!!」
そして戦士達は、剣を片手に走りだす。
「なんてことを!!」
グルオンの顔が青くなり、マーゴはなぜか笑いがこみあげる。
――ロウゼンさんだもの。仕方ないよね。
「お父さん!気をつけてね!」
走りだしたロウゼンは、右手をあげてそれに応えた。
一方グルオンは、それどころではない。
「サルト!お前は残りの城兵をまとめて密林との境界を守れ。私はロウゼンを護る」
残った城兵は、呆気に取られて、城を出ていく森の民やロウゼンを見送っている。乱戦中であるならばともかく、出陣前に好きに戦えといわれて動ける兵はいない。
「ロウゼン様は、まさかあれだけの兵で斬り込むおつもりなのでしょうか」
「知ったことか!だが、私がいるかぎり、ロウゼンは死なせん!」
私はあの人の盾だ。かならず護る。
「マーゴ。この城は任せた。町中の治療師を集めておいてくれ!」
「わかりました。グルオンさんも気をつけて」
そしてグルオンはロウゼンを追った。
ロウゼンさんもグルオンさんも、やっぱり戦う人なんだ。このお城にきてから、本当に二人とも元気無かったもの。そう呟いて、マーゴは自分の両手を見た。
わたしは、今まで何人の生命を奪ったんだろう。自分の為に、これ以上人を殺すなんてことは出来ないけど、ロウゼンさんの為なら殺してもいいのかな。
目を閉じると、己れの躰に宿るものが、蠢いているのが感じられた。
「お父さんたちはどこにいったの?」
いつのまにかマーゴの横にきていたペグが、サルトに率いられて出陣していく城兵達を見ながら、訊いた。
「大丈夫、すぐに戻ってくるから」
「ふーん」
ペグは頷くものの、まだ門から目を離さない。マーゴは、ペグの肩を抱いてやる。
マーゴのもう一人の父親、彼女がその手で生命を奪ったフィガンが最後に彼女に託した想い、それはなんだったのか。何を思って、己れの娘に力を与えようとしていたのか。彼女は知りたいと思う。だが、それを知る手段は、ない。
――わたしが力を使いこなすことが、あの人の最後の想いだったのかもしれない。でも、今はまだ……戦えない。
お付き合いいただきありがとうございます。
もりあがってきましたでしょうか。
次回
「突貫」(仮)
2/24更新予定!!お楽しみに。
って、予告タイトル、当てになりませんね〜。
(仮)のかわりに(嘘)ってつけようかな^^;