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奪う者


「カーラル……。カーラル!」

 目の前に立つ年若い戦士に呼ばれて、カーラルは目を開けた。

 ちっ、眠っちまったか……。

 ぼんやりする意識を覚まそうと、頭を振る。スコールが身を寄せていた大木の幹を伝って、身体を濡らしている。

「カーラル。獲物が来た」

「わかった」

 そう言って顔を両手で擦る。長い間剣を握ってきた、節榑立った己れの指を見て、カーラルは小さく溜息を吐く。

 年を取ったもんだ。その想いが、昔の思い出を呼ぶ。

 錬成館を出て、それでも城兵になるつもりはなかった。剣を学んだ錬成館で、自分が一番強かったし、だったらどこかの城に仕えなくても、己れの力だけで、城がとれると思っていた。

 もちろん、三万の兵がいる城に乗り込んでいけると思うほど愚かではなかったから、戦の隙を突いて、戦場に出てきた城主の首を獲ってやろうと、仲間を連れて密林に入った。

 だが、いくら密林の中だとはいえ、何千何万もの敵を相手に戦う軍に守られた城主を、討てるわけもない。

 だけど驚いたよな。まさか俺達と同じことを考えている奴が、あれだけいたなんてな。

 結局、同じことを考えて密林に入っていた奴らと連んで、隊商を襲いながら生きていくしかなかった。獣や森の民、ガラムの猿人に怯えながら。

 よくこれまで生きてこれたもんだ。

「カーラル。どうした?」

「今行く」

 あの頃の夢を見るなんてな。

 さっき、ついうとうととしてしまったのは、ほんのわずかの時間のはずだが、ずいぶん長く感じた。錬成館にいた頃の夢。あれは何年前のことだろうか。

 すでに記憶の網を擦り抜けてしまった夢を、思い出を使って再構築する。

(おはよう)

 カーラルは、女用の宿舎から出てきた少女に、声をかける。

(おはよう。カーラル)

 少女は、片手に二本の剣をまとめて持っていた。それはカーラルも同じこと。この錬成館で教えるのは、二刀流には珍しく、左右の手に同じ長さの剣を操る流儀だ。二本の剣を、守りに攻めに、自在に操る。それだけに高度な技を要するから、修業する子供達の上達も遅い。

 他流の口さがない者達は、剣技ではなく剣舞だ、などと貶めるが、そんな奴らには常に剣で思い知らせてきた。そんなカーラルから見ても、少女が剣を振るう様は、本当に舞いを舞っているかのようだった。彼が少女に試合で勝てないのは、その動きに見惚れてしまっているからなのかもしれない。

(今日、おまえと試合をする日だよな。ずいぶん力が顕れてきた。今日こそおまえに勝ってやるぜ)

 自分に力が顕れるのなら、同い年のあの少女にも、同じように力が顕れているはずだが、自分の力が、一日毎に増していくのに有頂天になり、少女が寂しそうに笑ったのに気づかなかった。事実、以前は勝てるはずがない、と諦めていた少女の動きを、何とか捉えられるようになっていたのだ。

(そうだね……)

 そう言って踵を返した彼女の背中を見たのが、最後だった。

 なぜ彼女が錬成館から姿を消したのか、師は教えてくれなかったが、二年後、町に遊びに出た仲間が、噂を聞き込んできた。

(なあ、何年か前にいなくなった女、覚えているか)

(あいつ、ヒシュだったらしいぜ)

(キシュの力が顕れなくて、ここを追い出されたんだってよ)

(今は色街で……)

 信じられなかった。カーラルは彼女に一度も勝っていない。彼だけじゃない、同じ年頃のキシュの子供連中は、誰一人、あの少女に勝つことが出来なかったのだから。

 誰よりも強く、そして誰よりも戦士たろうとしていたあの少女。そして誰よりも美しかった。名前は、確か――

「来たぞ」

「わかっている」

 道の向こうに、隊商が見えてきた。若い戦士が剣を握る。道を挟んだ向こう側の密林にも、幾人もの仲間が隠れている。

 あれから何年経ったのか。密林に入ってからも、すでに百年、いや、それ以上は経っているはずだ。この辺りの野盗をまとめるようになってからもずいぶん経つ。そろそろ誰かに跡目を譲らなくてはな。思うように体が動かなくなるのも、それほど先のことではないだろう。城主になるという夢は叶えられなかったが……。

 そういえば、本当に城を乗っ取ってしまう奴がいるなんてな。手下全員で夜討ちをかければ、もしかしたら城を取れるかもしれん。そのために、野盗には必要ないと思いながらも、手下共を鍛え上げてきたのだから。いちかばちか、やってみるのもいいか。

「カーラル!」

 獲物が網に入った。

「かかれっ!」

 野盗共が、奇声をあげて獲物に襲いかかる。


「何だ!?」

 商人――ラミアルの父親でもあるハンガが、声をあげた。

 道の両側、密林の中から、抜き身の剣や盾を手にした戦士達が飛び出してくる。

「野盗だ!荷を守れ!あなたは子供達の、ぐあっ」

 咄嗟に剣を抜いて、指示を出した護衛頭の女戦士が、血煙を撒き散らしながら倒れる。

 護衛達は、それでも盾を構え、何とか防ごうと剣を向けるが、不意を突かれたうえに、数も違う。瞬く間に斬り伏せられていく。

 そして、戦い、いや虐殺は一方的に終わった。

「ひいっ」

 トリウィとラミアルは、牛車の車輪の影で、抱き合って震えている。

「こんな所に、やわらかそうな雛鳥がいるぜ」

 数人の賊が、二人の子供を囲む。

「待ってくれ、子供達は」

 ハンガが叫ぶ。

「黙れ」

 カーラルが剣を打ち下ろした。

「お父さまっ!お父さまーッ!」

 ラミアルが泣き叫ぶ。

 カーラルが、剣に付いた血を振り落とす。

「俺はこっちの雛がいいな」

「やめてっ!離してよっ!トリウィ、助けて!」

「やめろよっ!ラミアルから手を離せっ!」

 ラミアルに抱きついた男に向けて、トリウィが剣を振りかぶる。しかし、

「小僧は黙ってな」

 顔面を殴り飛ばされ、そのままうずくまってしまう。

「ほお、きれいな雌鶏もいるぞ」

 その声が指し示す女に、カーラルの目が奪われた。鼓動が大きくなる。まるで怯える様子も見せず、荷台の上に座っている、あの女は――

「さあ、降りておいで。キレイな声で鳴かしてやるからよう」

「何言ってるんだい。さっさと絞めちまいな」

「へっ。猪が妬いてるぜ」

「うるさい」

 カーラルの手下共が、野卑な声を掛けながら、女に手をのばす。

――あの黒い髪、黒い瞳は……まさか、あいつは俺と同い歳だったはずだ。あんなに若いわけがねえ。

 そして、血に塗れた野盗の手が、その女の腕に触れようとした、その瞬間――

 大輪の紅い花が咲いた。

 いつの間に抜いたのか、女はその両手に剣を持ち、野盗共の間を走り抜ける。野盗共の首が、腕が落ち、切り口から鮮血が吹き出す。

 一見して、緩やかな動きに見えるのは、その動きに一片の無駄もないからであり、それなのに踊っているように見えるのは、その動きに一瞬の淀みもないからだ。

 野盗達のあげる絶命の叫びは、カーラルには届かない。ただ、その女の姿しか目に入らなかった。

 地に伏せるように体を屈め、空を駆けるように身を伸ばす。身にまとう異国の着物が、鮮やかに翻り、人の体から吹き出す血潮が、暗い空間に、深紅の花びらを形作る。

 なす術もなく斬られていく野盗達。しかし彼らもそれぞれが、腕に覚えのある者達のはずだ。だからこそ、我が身の限界を試そうと、密林の中で生きることを選んだのであり、だからこそ、隊商の護衛ごときと斬り結んでも、傷ひとつ負わない。奴らほど鍛え上げられた野盗というのは、この大陸に、他にはいないだろう。それなのに……。

 やはり、あの女は――

 記憶の中の姿とは、その速さも、力も、技も、全てが比べものにならない。だが、舞いを舞うかのようなその動きは、確かにあの日々の、あの少女のものだった。

 カーラルは、その両手にそれぞれ剣を握り、女に向けて一歩踏み出す。女と同じ、長さの等しい、二本の剣。

 カーラルの魂は、あの頃へと戻っていた。今日こそ、俺が勝ってみせる。雄叫びをあげて、血煙で霞む、渦の中心へと飛び込む。

「!!」

 身体を、股下から脇腹にかけて、冷たく熱い、衝撃が通り抜けた。目の前を、赤いものが走り抜ける。膝が崩れ落ちそうになるのを堪え、目で追い、身体を向ける。

 すでに女は振り向き、両手の剣を振り上げていた。カーラルは笑った。やっぱり、俺は勝てないか。

「サ……キ、エ……」

 少女の名前を口にした瞬間、女の両手が、鳥の翼のように打ち合わされ、カーラルの身体が三つに分かれた。



第二部〜闇の瞳〜

とりあえず二話ほどupしましたが、いかがでしたでしょうか。これから順次更新していきますので、よろしくお願いいたします。


ここで、少し悲しいお知らせが。

第一部では、おおむね二日に一度の割合で更新しておりましたが、今後は、週一度の更新になります。

これは遅筆の私が、何とか定期更新を保っていくためでして、週一回、土曜日の更新だけは何とか死守していくつもりですので、どうかお見捨てにならないよう、お願いいたします。

それではまた来週「サブタイトル未定」でお会いいたしましょう……orz


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