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六幕・ロイズライン

「よう。どうしたい?」

 城の門から、グルオンに呼び出されたアルビルが、にやけた顔を覗かせた。

「少し話が聞きたい。出られるか?」

「ああ。――そういや、フィガンがぼろぼろになって逃げ帰ってきたが、何か知ってるんだろ?」

「そのことだ」

 アルビルは、うなずきながら、辺りを見回す。

「ふーん。だろうと思った。ありゃ、ひょろひょろの旦那はいねえのか」

「死んだ」

 何の感情も表さずに答えるグルオンを、少し目を見開いてアルビルが見つめる。

「……そうか」

 それ以上は、何も言わない。かけるべき言葉はなにもないことを、アルビルも知っているのだ。

「ばばあの店でいいか」

 そう言って歩きだす。

 そして無言のまま、あの老婆のやっている食堂に着いた。アルビルはその戸口をくぐりかけて凍り付く。

「入れ。紹介する」

 その横をすり抜けながら、グルオンが促す。

「あ、ああ……」

 アルビルは、店の奥にいる大きな人影から目を離さず、おそるおそる席に近づく。そして、足元に寝転ぶ金色豹につまずきそうになり、悲鳴をあげる。

「うわあ?」

「何やってる。席に着け」

 銀色の髪の少女が、くすくす笑っている。

 店の奥から、老婆がよたよたと駆け寄ってきた。馴染みの客が来たので、らしくなく心底ほっとした顔をしている。

「とりあえず、何か飲む物をくれ」

「でもこの人たち、お酒を飲まないんだよ」

 小声で頼むアルビルに、老婆が小声で返す。

「そ、そうか。じゃあいい」

「しっかりやるんだよ」

 そんなことを言う老婆を追い払ってから、ようやくグルオンの隣の席に着く。

「こいつがアルビル。このロイズラインの状況に詳しい」

 自分を紹介する声を聞きながら、アルビルは素早く向かい合って座る連中を値踏みする。

 まず目に入るのは、やはり大柄な戦士だ。グルオンがロウゼンだと教えてくれる。よじりあわされた剛い髪の毛が、大きな頭から突き出している。その下にあるのは、灯明の明かりしかない薄暗い店内でも、はっきりと見える爛とした目。

 目を合わせることさえはばかられるその威圧感は、アルビルが知っている上に立つ者、城主や王の持つ威圧感とはまったく違う。その大きさも、その質も。

 思わず伏せたアルビルの目に、小さな女の子がうつる。

 ロウゼンの膝の上にうつぶせになって眠っているその女の子を見て、アルビルの体から力が抜ける。まさかこの状態で斬り掛かってくることもないだろう。額に浮かぶ汗を拭い、愕然とした。この戦士の前にいるだけでどれだけ自分が緊張していたか、改めて気づいたのだ。

「そして、この銀髪の子がマーゴだ。今朝、フィガンが城を出たのは、この娘を捕らえるためだったらしい」

 そこで改めて、マーゴを見つめる。磨き上げた刃よりも輝く銀色の髪に透き通る白い肌。スコールあけの空気よりも透明な銀色の瞳に見つめ返され、思わず動揺してアルビルは目をそらし、グルオンにもどす。

「じゃあ、この人たちが奴らを返り討ちにしたのか。他の兵士はどこにいる。いや、それより、この人たちは何なんだ?」

「サニトバを倒し、フィガンの腕を切り落としたのは、ロウゼンだ。黒い奴は、私が斬った。他の兵はいない。彼らのことは、まだ詳しく聞いていない」

 、いちいち答えるグルオンのその言葉に、アルビルは目を丸くする。

「つまりこの人たち以外は、みんなやられちまったってことか?」

「最初からこの人たちだけだったということだ。……いや、商人の護衛が二人いたが――」

「冗談だろ!ランデレイルから来た精鋭が、百人だぞ」

 そう言いながら、一瞬ロウゼンに目をやり、自信をなくす。

 でも、まさかな。あのサニトバを倒したって?

 自分を一撃で吹き飛ばしたサニトバと一緒に出陣しながら、腕を失って帰ってきたフィガンを脳裏に浮かべて混乱する。

「実際に戦って、私たちが生き残った。――それよりも、お前に聞きたいことがあるんだ」

 そう言って、グルオンがマーゴをちらりと見る。

 その視線を受けて、マーゴがアルビルに訊ねた。

「あの、あなたは、このロイズラインに詳しいと聞きました。あの男、フィガンはいまここの城にいるんでしょうか」

 何の感情も表さないマーゴの横顔を、ロウゼンが見る。その視線にも、なんらかの感情が込められているようには見えないのだが。

「お嬢ちゃん、知らなきゃ教えてやるが、俺はこのロイズラインの城兵なんだ。お嬢ちゃんがどうしてフィガンに追われているのか、どうしてフィガンの居場所を知りたいかは知らないが、ここの城主に不利になることは言えないんだ。グルオン、あんたもあんただ。それくらいのこと、わからないわけじゃないだろう」

「だったら、どうしてあいつらの行動を、私に教えてくれたんだ?」

「それは言ったじゃねえか……」

 苛立たしげなアルビルに、グルオンは冷たく返す。

「それだけじゃないだろう。フィガンはロイズラインではなく、ランデレイルの城兵だ。お前に奴を護る義務はない」

「おなじミューザ王の軍だぜ」

「奴を護れと、城主に命じられたのか?」

「……いや、そうじゃないけどよ」

 同じ王の軍に属していても、自分の契約した城主以外の命令を聞くいわれはない。王でさえ、直属ではない城兵に対して、城主の頭越しに命令することは出来ないのだ。

 しかたねえな。そう小さくつぶやいて、アルビルはマーゴに向かって答える。

「フィガンは、いまここにはいねえ。夕方、まだ明るいうちに戻ってきて、すぐにランデレイルに帰っていった。月が赤くなる頃には、向こうに着くだろうよ」

「そうですか……。わかりました。ありがとうございます」

 そう言って頭を下げるマーゴを見て、アルビルは、ふと疑問に思う。

「もしかして、お嬢ちゃんはフィガンを追い掛けるのか?」

「……はい」

「もしかしてあんたも?」

「ああ。あいつは、レイスの仇だ」

グルオンもうなずく。

「いちいち討たれた人間の仇を取るわけには行かないぐらい、あんたは――」

「もちろん知ってる。だが、あいつは別だ。」

 グルオンの眼の中に血の色を見て、はあ、とアルビルはひとつ首を振る。

「こいつは、極秘の情報だ。夕方、ランデレイルから来た兵のなかに、俺と同門の奴がいてな、そいつから聞いた。この城に明日の明け方、二万の兵がランデレイルから送り込まれる。ミューザ王は共闘契約を結ぶことでまわりの城を油断させ、ここから一気に勢力を拡大するつもりなんだろう。もちろんまわりの城から補充はするんだろうが、ランデレイルは、ここ数日はがら空きになる」

 そこまで言って、アルビルはグルオンをにらみつける。

「こいつが他の城に知られると、ランデレイルはもちろん、孤立するロイズラインもかなりやばい。まさかあんたは、他にばらしたりはしないだろうな」

「もちろんだ。なんだったら契約書を書こうか?」

「契約なんざくだらねえ。第一、書面に残せるようなもんじゃねえよ。礼もいらねえ。がら空きっつったって、千や二千は残してあるはずだ。どうせ生きて会うことは二度とねえだろうよ」

 アルビルは、席を立つ。

「ありがとう」

 グルオンの言葉を背中で聞いて、アルビルは出ていった。



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