………剣と盾の二
ということで、赤天再開です。
第一部完も間もなくではありますが、
もう一山ありますので^^
今年も赤天をよろしくお願いします。
「大丈夫ですか?」
牛車の横に放心してうずくまったままのランドウが、マーゴの問い掛けにやっと顔をあげた。護衛のひとりはすでに事切れているが、もうひとりは腕を押さえているものの命に別状はないようだ。ランドウと御者の二人は、幸運にもかすり傷ひとつ負ってない。
「な、な、何なんだあいつらは」
雨滴が目や口に入るのもかまわず、ランドウがわめく。御者の男も恐怖に顔を硬張らせたままだ。
マーゴの薄い肩が、小さく震える。
「ごめんなさい」
この人たちを巻き込むつもりなんて、もちろんなかったけど。
「あの……。この人は、手当てをしないと」
護衛の女戦士に目を向ける。
ロウゼンとグルオンは、スコールで傷を洗った後、フィガンの乗ってきた牛車の幌の中で手当てをしているところだ。
「エノアさんからいただいた、いい薬草があるんですよ」
その言葉を聞いて、女戦士が足をふらつかせながら立ち上がる。
「待てっ!メイフィは私を護るんだ!牛車を離れることはゆるさん!」
メイフィと呼ばれた女戦士が足を止める。契約が彼女を縛る。
「どうした」
「グルオンさん!もう大丈夫なんですか?」
左腕に布を巻いたグルオンが、マーゴの後ろに立っていた。治療のために脱いだのか鎧を右手に抱え、さらに剣を二本持っている。
「私は腕だけだったからな。それよりあの人の手当てを手伝ってあげたほうがいい。深傷はないが、数が多い」
「でも……」
ランドウに目をやる。
「いいから。行きなさい」
「……はい」
「君もだ」
護衛のメイフィにも声をかける。
「駄目だ!」
「その怪我では、契約をはたすのは無理だ。大丈夫、君が手当てをするあいだくらい、私が護衛を務めるから。さあ」
そう促されて、ようやくメイフィも手当てに向かう。ランドウはグルオンににらまれて、声が出せない。
「ところで――」
ランドウに、鎧と一本の剣を差し出す。
「お前は武器商だろう。この剣と鎧で、私に合う鎧と交換してくれないか」
怪訝な顔で剣を受け取ったランドウが、鞘を外して声を上げる。剣の放つ虹色の光は――
「こ、この剣は……」
ランドウの目の色が変わる。
スリークの持っていた王の剣だ。死んだ兵士の武器は、基本的には拾った人のものになるが、その兵士を殺した者がいれば当然所有権は主張できる。だからこの剣は、今はグルオンのものだ。そして虹色の輝きは、この剣が元打ち、つまり鋼自体に力が封じられている剣である証である。
「鎧も剣も、アデミア王の使っていたものだ。高く売れるだろう」
「そ、そんな。それだけのものを購える金を、今は持ってねえんだ」
ランドウの声が震えた。その元打ちの剣一本で、彼が牛車に積んできたすべての剣と鎧以上の価値がある。
「だから鎧が一領あればいい。不満か?」
「と、とんでもないです。どうぞ、お好きなのを」
二台目の牛車に駆け寄り、商品が雨に濡れるのもかまわず、覆いをはねのける。
幌をはねのけてマーゴが荷台に上がると、そこでは上半身裸のロウゼンが傷に薬草を貼り付けていた。
「どうですか?」
マーゴが訊ねる。
ロウゼンの隣で、ペグが白い布の入った袋をかき回している。城兵の使う牛車だけあって、応急処置の用具は揃っているようだ。
「包帯を巻いてくれ」
ロウゼンが答えたところに、メイフィが入ってきた。ロウゼンを見て一瞬身体を硬張らせるが、その目には怯えと憧れが同居している。
「し、失礼します!」
その声にロウゼンは、ちらりと目をやり、すぐに戻す。
マーゴはペグの手から包帯をもぎ取って、代わりに薬草を渡した。
「あの人に渡してあげて」
「あー」
頬を膨らませながらも、素直に薬草をメイフィに手渡した。
マーゴは、ロウゼンの手の届かない背中に薬草を貼り、たどたどしい手つきで包帯を巻く。すぐにゆるんでしまうのを何度か巻きなおしているうちに、幌を叩く雨音がとぎれとぎれになってきた。
「どうだ?」
グルオンが、様子をうかがって開けた幌の隙間から、さあーっと明るい光が差し込む。それと同時に、金色の獣も飛び込んできた。
「わあ!」「きゃあ!」
グルオンとメイフィが悲鳴をあげる。
どこで雨宿りをしていたのか、赤く染まっていた毛皮もきれいに毛繕いした豹が、牛車に乗り込んできたのだ。
「豹は大丈夫だった?怪我してない?」
すぐさま豹に抱きついて毛皮をかき回しているペグが、マーゴに聞かれて、うー、とか答える。大丈夫みたいだ。
その様子を見て、グルオンが呆れたようにつぶやいた。
「金色豹だ……。人に馴れるなんて」
戦いの最中に、たしかに見た記憶はあるが、その時は気にするどころではなかったのだ。恐る恐る手を差し伸べるが、フー、と唸られて、あわてて引っ込める。
「出来た」
マーゴがそう言って、自分の巻いた包帯を満足そうに見つめる。少々不恰好だが、なんとかしっかり巻けた。その頃には、メイフィも手当てを終えている。腕の深傷のほかは、それほど傷を負ってはいないようだ。
「ランドウさんは……?」
「ああ、ずいぶん落ち着いた。ラルカロオに戻るか、ロイズラインに進むか、悩んでいるみたいだ」
「そうですか……。私たちは、このままロイズラインに進みますけど――」
そう言って、ロウゼンの顔を見る。フィガンらが逃げ出したときに、この人に追ってもらったほうがよかっただろうか。
「私も、あなたたちと一緒に行ってもいいか?」
グルオンがそうマーゴに訊ねる。ロウゼンに訊かないのは、最初の名乗り以外、話しかけても返事をしないかららしい。どうやら一行の中で話ができるのは、まだ子供に見えるマーゴだけだと見定めたようだ。
それに気づいて、マーゴは改めてロウゼンの顔を見る。相変わらずむすっとしているが、決して怒っている顔じゃない。長い間一緒にいるわけではないが、それ位はわかる。
照れてるのかしら?
「どうして……」
「あなたたちは、あのフィガンを追っているんだろう。私は、王と友の仇を追ってきた。王の仇は討ったし、友の仇はあなたたちが討ってくれた。後は、夫の仇だけなんだ」
そして、次の言葉をためらう。
「……それに、フィガンもあなたたちを追っているのだろう?」
それは、マーゴを餌にするということだ。
「でも……私があなたを殺すかも……」
「えっ?」
グルオンは、耳を疑った。どういうことだと聞き返そうとしたとき、いくぞ、とロウゼンが割り込んだ。
「お前も来い」
そうグルオンに声をかけて、牛車を降りる。
「あ。旦那。戦利品はどうします?」
見れば、ランドウと御者の男が、死んだ城兵の手から、剣を拾い集めている。
「好きにしろ」
「あ、ありがとうございます」
「これからどうするんですか?」
これはマーゴ。
「ああ、あんたらはどうせロイズラインに行くんだろう。ここから引き返すのに、メイフィだけじゃ心許ないし、せっかくこれだけ商品があるんだ、あたしらもついていくよ」
そう言って、フィガンらの乗ってきた牛車の牛を縄でつなげる。この牛車もロイズラインで売り払うつもりなのだ。
そうやって仕度をすませ、一行は再びロイズラインへと向けて出発した。
「あの……」
マーゴが、牛車の先頭に立つグルオンの横に並ぶ。
「レイスさんは……あれでいいんですか?」
レイスの死体は、密林に少し入ったところに立っている、大木の根元に横たえてきたのだ。戦場で死んだものが捨て置かれるのは仕方がないが、町では死体は墓地に埋葬するのが普通だ。それが大切な人なら、なおさらである。
「いいんだ。密林で死んだ人間は密林に帰る。獣の肉になり、草木の養分になる。密林に入ればまた会えるから」
そう言って、振り返ることもなく歩き続ける。ただ頬に赤い筋を残して。
牛車の列がロイズラインに入ったのは、太陽が沈んで、ずいぶんたった頃だった。