第一部・剣と盾〜記憶と追憶
記憶
「やだ、ねぇ、やめてよぉ」
薄暗い灯明の下で、幼い少女の声が響く。
その明かりの届かない闇の向こうで、何かの気配が動き――
「うああああああっ」
まだ幼い子供の魂消るような声。
そして薄ぼんやりとした、赤く濁った光が少女に吸い込まれていく。
寝台の上に少女が横たわっている。あれから少し成長したのだろうか、それでもまだ薄い胸が、肋ごと大きく切り開かれている。
その横に並ぶ寝台には、やはり少年が横たわっており、その胸の中に誰かの手が差し込まれ――
「ああ……」
ひくひくと動く心臓が抜き取られる。
そして、その心臓は少女のものと取り替えられて……
少年は息絶える。
腕、背中、腿、ふくらはぎ、体中の傷口がふさがれたとき、少女はその瞳を開く。
銀色の瞳に心の傷をのぞかせて。
追憶
女の傍には、常に王の姿があった。
女が王に仕えたとき、すでに王は王であり、常に戦の中にいた。
数多いる城主のうち、王を名乗ることのできるのは、ほんの少し。
王は女の憧れだった。
ある日、戦場で王は孤立した。御身を護るのは、わずかな側近と女のみ。
陽が暮れて、朝が来て、また陽が暮れる。そして、ようやく味方が助けにくるまで、自分の身体を盾にして、女は王を護り切った。
王は女に剣を授け、王は女のすべてになった。
遥か昔、統一王がいまだ統一王ではなく、ただの王だったとき、王は自ら先頭に立って、敵陣に切り込んでいった。王の背後には常に、一人の戦士が付き従っていた。千の戦いを切り抜け、ついに最強の敵と向かい合ったとき、王は左手の盾を投げ捨てた。側近の、なぜ盾を捨てるのかという問いに、王は背後の戦士を指し示し、最高の盾を私は持っていると答え、敵陣に切り込んでいった。そして王は統一王となり、戦士は王の名を戴き、ベルカルクの盾と呼ばれるようになった。




