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………盾の八

 アルビルが連れてきたのは、農業組合の倉庫が見える辺りから横道に入り、さらに一巡時半ほど歩いたところにある店だった。

 すでに、月が太陽を隠しつつあるためもあるだろうが、店の中は薄暗く、とても客を待っているようには見えない。

「ここだ。おーい、いるかい」

 アルビルが、店の奥に声を掛ける。

「こんな店に、よく来るのか?」

 そう訊ねるグルオンに、アルビルが答える。

「戦で密林に入ったときに、いろいろ拾うじゃねえか。まあ、剣なんかは城に差し出す決まりになってるが、折れた剣とか珍しい薬草なんかは、ここに持ってくればいい小遣い稼ぎになるからな」

 グルオンは、それを聞いて眉をひそめる。なんといっても、王の側近から、親衛隊の隊長へと出世した、いわゆるエリートである。戦に出て、自分のためになにかを拾って帰るなど、考えたこともないのだ。

 そんなグルオンをほっといて、アルビルは店に入る。脇腹を夫に突かれて、グルオンもその後に続いた。

「はいはい、いらっしゃいませ」

 店の片隅で、何やらごそごそしていた男が立ち上がった。その手に、灯明を持っている。日蝕に備えて、明かりを点けようとしていたのだろう。

「またなにか、持ってきていただいたので?」

 実直そうな、百二十歳くらいの男が、アルビルに声を掛けた。

「いや、今日は買物だ。剣を見せてくれ」

 そう言って、入って右側に積んである、剣の山を勝手にあさりだす。剣はふたつの山に別れていて、手前は、鞘も柄も腐りかけた、ぼろぼろのものや折れたもの、奥の小さい山は、比較的きれいなものである。

「私には、鎧を。あるだろうか」

 そう言ったグルオンを、店の主人は、鋭く値踏みする。やはり剣や篭手を見て、上客だと踏んだのだろう。いっそうの笑顔を浮かべて、うなずいた。

「そうですねえ。ご覧の通り、うちはまともな商品はございませんが。まあ、まともなお店では、この状況で、品薄になっておりましょうし。お客さまは運がいい。ちょうど昨日、商品が入っておりまして。多少汚れておりますが、一日かけて染み抜きも終わっておりますし、ほとんど傷もございません。いやあ、うまく首だけ落としたんですねえ。細工も見事なものですし。見ればあなたも驚くかも知れませんよ。なんといっても、この鎧のもとの持ち主は――」

 そんなことをしゃべりながら、店の主人が取り出した鎧に、グルオンの目は釘付けになった。レイスの目も大きく見開かれる。

 銀の縁取りを施した、美しい姿の中に、力を感じさせるその形。

「王……」

 そのつぶやきを、店の主人が耳聡く聞き付ける。

「おお、やはりご存知でしたか。そう、この鎧は、あのアデミア王がその最後の時に身につけていた――」

 その言葉は、グルオンの耳にはもう入ってこなかった。彼女の目には、王が討たれた戦いの跡が見えていた。

――おそらく王が敵を防ぐのに使ったのであろう牛車の残骸がなければ、それまで歩いてきた道と見分けのつかない場所だった。すでに倒れた戦士たちは、ほんの一晩で獣に食い散らされ、虫にたかられ、草に覆われていた。

 剣や盾はおそらく、生き残った輜重隊の者が持ち帰ったのだろう。鋼で出来たものは、割れた盾がひとつ転がっているだけだった。丈夫な革で出来た鎧はわずかに残っていたが、あの銀で縁取られていた、華美な鎧は見当らなかった。当然、それに包まれていた、今は首のない体も。

 その鎧が、いま目の前にある。

「剣は……元打ちの剣はなかったか」

 王の剣だ。城主でさえ持つ者の少ない元打ちの剣が、もしこの鎧と一緒に入ってきていれば、それは王の剣に間違いない。だが――

「いえいえ、そんな大層なものは、もし持ち込まれたとしても、うちじゃあ扱いきれません」

 確かに、アルビルのあさっている剣を見ても、後付けの中でも刻みの甘い、粗造品がほとんどだ。

 そのまま、物思いに耽っているグルオンに、店の主人はそれ以上声を掛けることが出来ず戸惑っている。助けを求めるような彼の視線に答えて、レイスが妻の背中をつつく。

「どうするの?」

「あ……ああ」

「買うの?――ぼくは、やめたほうがいいと思うけど」

 意外な言葉に、グルオンは夫を見る。

「だって、王の鎧だよ。それをきみは着けられるの?」

 その鎧を身につけているかぎり、グルオンの意識から、王が離れることはないだろう。そして、王を護れなかったという、慚愧の念もともに。

「……もちろんだ。いや、王を知らないものに、渡したくはない。渡したくはないんだ」

 そんな言葉を吐き出す妻を、レイスは、少し悲しみをおびた目で見つめる。そして小さなため息をひとつ吐くと、わざと明るい声でアルビルに声を掛けた。

「どう、いい剣は見つかった?」

「クズばっかりだぜ。もっといいのはないのかよ」

 そんなことを言いながら、それでも、何本かを手元において、軽く振ってみたり、紋様を確かめたりしている。

「しゃあねえな。研ぎにださねえといけねえが、こいつで我慢しとくか」

 そしてその中で、刃毀れはあるものの、紋様の刻み方に熟練の技を感じさせる一本を選び出した。

「あれ、きれいな剣もあるじゃない。どうしてそんなのを……」

 レイスが、刃毀れのない剣を手にとって、アルビルに訊いた。

「いいか。これだけ刃毀れするまで打ち合わされていても、折れてない。ということは、これから先も、折れる可能性が少ない、ということだ。鍛冶師と紋様師の技が、うまく噛み合ってるんだな」

「じゃあ、この剣は?」

 レイスが、手に持った剣を見た。アルビルの選んだ剣と、紋様を含めてあまり変わらないように見える。

「同じような造りでも、わずかな差で強さがかなり変わるからな。新しい剣なら、信用できる職人の作品を選べば、まあそれほど悪いのにあたることはないが、こんな店じゃあ実証済みの剣を選ぶほうが賢いってもんだ」

「ふーん」

 そうこうしているうちに、奥を借りて、鎧を身につけていたグルオンが出てきた。

 鎧下が欲しいところだが、あれは専門の職人に体に合わせて編み上げてもらわなくてはならない。そこでこの店では、材料の吸血ツタを乾燥させたものだけを購入することにして、それまで着ていた麻の服の上に鎧を着けていた。

 レイスが、アルビルの折れた剣と金の延板を取り出して、支払いを済ませて店を出る。日蝕はほぼ終わり、生暖かい風が、細い通りを吹き過ぎる。

「そろそろ雨が降る頃だし、昼飯でもどうだい。おごるぜ」

 グルオンに痛め付けられたのは、ほんの今朝の話なのに、アルビルがそんなことを言いだした。彼に限らず、いったん仲直りをしてしまえば、それ以前の恨みは完全に忘れてしまうというのが、キシュの基本的な性格だ。またそうでなくては、己れの主を討ち取られたときに、すぐ敵側と契約を結びなおすなんてことは出来ないだろう。

 王にこだわるグルオンは、この大陸では珍しい性格をしているのかもしれない。彼女にとって、それは呪縛であることをレイスは感じていた。しかし、それが彼女自身の選んだ呪縛であることも、知っている。



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