四幕・盾の四
_ 盾
グルオンとレイスの夫婦がロイズラインの城下町に到着したのは、月がその瞳を、半ば以上開いた頃だった。町の周りを囲む農場に入ったところに、緑と茶に染め分けられた幟が立っている。
「ねえこれって」
「ああ、農業組合の幟だ。共闘契約を結んだみたいだな」
二人の視線の先に、ロイズラインの城下町が見える。虫除けの煙が町を覆い、それが町のあちこちで焚かれた篝火の明かりを映している。
町に入ってまず目につくのは、農業組合の建物である。収穫した作物を納める倉庫や、農機具を納める納屋、若い農民が暮らす宿舎などが並んでいる。日が暮れるまで働く彼らにとって、ちょうど夕食時なのだろう、宿舎の前に置かれた、大きな食卓を囲んで、皆が食事をしている。酒も入っているのか、笑い騒めく声、打鳴らされる楽器に合わせて歌う声が聞こえてくる。
組合が共闘契約を結んだといっても、城からの要請がなければ戦いに出ることもないし、ロイズラインに攻め込んで来そうな勢力も、今のところない。城の主人が変わることは、日常茶飯事とはいわないまでも、決して珍しいことではないし、誰が城主になっても統一法があるかぎり、農民たちの暮らしが変わるわけでもない。皆のんきなものである。
それでもいつもなら、新しく城兵に採用してもらおうと、木剣を振り回して剣の腕を磨く姿が見られるのだが、そういう人間は今、城に行っているのだろう。いずれ、ランデレイルに向かった城兵たちが戻ってくるにしても、城兵として新しく契約するいい機会なのである。
その区画を抜ければ、商店が並ぶ目抜き通りだ。一日の疲れをいやし、まだ残る暑気を払おうと、酒場の前の、酒の樽を置かれた卓のまわりには、多くの男女が群がっている。
食堂からは、肉を焼くいい匂いが漂ってくる。そう言えば、昼に果物を口にして以来、何も食べていない。あまりの空腹感に、目が回りそうになり、とりあえず、屋台で串焼き肉を買う。それをかじりながら、グルオンがレイスに訊ねた。
「おまえは、この城にしばらく仕えていたことがあるんだろう。城兵が集まる酒場とか、知らないか?」
レイスは、見た目こそ四十歳そこそこの若い男に見えるが、強い力をもつヨウシュに多く見られるように、実際の年齢と外見には、大きな開きがある。軍属の法術師は、意識して肉体を若く保つので、特にそうだ。
レイスは、自分の年齢を、妻であるグルオンにさえ明かしていないが、――暦の発達していないアロウナでは、自分の年齢を正確に知っている人間はかなり少なく、それを気にする人間は、さらに少ない――アデミア王と契約をするまでは、サリーンの三代前の城主から前城主まで、ずっとこのロイズラインに仕えていたことは、話したことがある。
「そうだね、ちょっと行ってみようか」
レイスが先に立って、人の間を縫って歩きだす。城に向かって、目抜き通りをしばらく進み、篝火の焚かれていない、薄暗い裏通りに入っていく。
篝火がないといっても、飲食店その他の店の店先には、明かりが灯されており、何より、常に真上から、月が照らしている。煙に霞むこの通りは、表通りよりもさらに、むっとした猥雑な空気に満ちていた。
その通りの両側に並ぶ店の一軒に、二人は入った。酒の相手をするきれいな男女を置く店とは違って、いつも腹をすかせているキシュのために、酒と食事を同時に供する店のようだ。農民の多い城下町の外縁と違って、城に近いこの辺りに住むキシュといえば、城兵がほとんどである。だからこの辺りにこの種の店はあまりない。実際に、席について飯を喰いながら酒を飲んでいるものは、ほんの三人しかいない。男女の二人連れが一組と、男戦士が一人である。そして、店の奥に、でっぷり太った、白髪の老婆が座っている。
「おやまあ、ずいぶん久しぶりじゃないかね。またこのロイズラインに戻ってきたのかい」
その老婆が、満面の笑みを浮かべ、両手を広げてよたよたと寄ってきた。
「おばさん。元気そうじゃない。本当に久しぶり」
レイスも老婆に駆け寄る。
「ずいぶん太ったんじゃないの」
「そういうあんたは、相変わらず可愛い顔をしてるねえ」
「嫌だなあ。そうだ、紹介するよ。ぼくの妻のグルオン」
グルオンは、軽く頭を下げる。
「そうかい、そうかい。まあ、ずいぶんご立派な方と。さあさ、とりあえずお座り。何か食べるかい」
「そうだね。昨日からろくなものを食べてないし、ちょっと疲れてるから、力のつくものをお願い」
「お酒は?」
「とりあえず、いいや」
「そうかい。ちょっと待ってなよ」
老婆が、またよたよたと奥に消えた。
「ここは?」
グルオンが訊ねる。
「うん。ここはね、みたらわかるように、あまりきれいじゃないし、料理が特においしいわけじゃない。城兵相手の店のなかじゃあ、料金の安いのが取り柄ってだけの店なんだけどね。だから、ここに集まるのは、城兵のなかじゃあ、うだつの上がらない奴らばかりだったんだよ」
小さな声で、レイスが説明する。
「そんな店の常連だったのか?」
「え、い……いや、まあ……。それでここなら、城主が変わったばかりのこんな時でも、話を聞かせてくれる人がいるんじゃないかなと思ったんだよ」
そう言いながら、ちらりと、三人の客を見る。たしかに、三人とも卓に剣を立て掛け、厚い革の服を身につけている。しかし、ロイズラインの城兵の印である、腕輪を付けてはいない。いったん契約が城主の死によって解消された場合、新しい城主と契約を結びなおすか、他の城に、すぐに向かうのが普通なのに、こんなところでゆっくりしているということは、新しい契約を結べないほど剣の腕が悪いのか、それとも何か思惑があって状況を見極めているのか。どちらにしろ、話を聞くには都合がいい。
「どうする?」
「とりあえず、ご飯を食べちゃおうよ。それくらいは大丈夫そうだ」
たしかに、一人の客は、今食べ始めたばかりのようだし、二人組の方は、何やら深刻に話し込んでいて、すぐには席を立ちそうにはない。
「はいよ。お待ち遠さま」
ちょうどその時、老婆と、彼女の夫だろう、痩せた老人が料理を運んできた。雉の腿肉を焼いたものに、芋を混ぜ込んだ米の飯。そして大きな深皿に盛られているのは、牛の内蔵の煮込み。アメ色の肉からは、香辛料の刺激的な匂いが漂ってくる。
「これこれ、この店で、これだけはおいしいんだ。なつかしいなあ」
「これだけはって、どういうことだい」
「わあ、ごめんなさい。でも、いつもすぐ売り切れちゃうのに、今日は運がいいなあ」
「なに、昨日今日とお客が少なくてね。まあ、当たり前なんだが。お代わりも出来るから、よかったら言っとくれ」
「本当に!わかったよ。さあ食べよう」
ちょっと前に、歩きながら食べた串焼き肉など、腹の足しにもならなかったらしい。二人ともがっつくように食べ、やっぱり軽い酒をもらい、グルオンはご飯とモツ煮込みをお代わりして、ようやく一息ついた。
「ふう、食べた、食べた」
「味はいまいちなんて言ってたけど、うまかったじゃないか」
「そうだね」
「どうだい。もういいかね」
「あっ。おばさん。おいしかったよ。おじさん、腕あげたんじゃない?」
「なあに、あんたたちのお腹がすいてただけじゃないのかい。味は昔っから変わりゃしないよ。それより、飲み物はどうするね」
「いただくよ。おばさんも一緒にどうだい」
「そうかい。じゃあ持ってこよう」
レイスは、一人で食事を取っていた男にも、声をかける。
「よかったら、一緒に飲まないかい。今日この町に着いたばかりだから、良かったら話を聞かせて欲しいんだけど」
男は、レイスとグルオンを、値踏みするように見つめると、すぐに立ち上がった。
「いいぜ。まあ俺も、それほど話せることはないけどよ」
そう言いながら、右手に酒の椀、左手に剣と盾を持ち、二人の卓に近づいた。百歳をこえたぐらいだろうか、歴戦の戦士らしく、褐色の顔とむき出しの腕には、古い傷跡がいくつも走っている。
「アルビルだ。よろしくな」
「ぼくはレイス。彼女は……」
「グルオンだ」
そこに老婆が、酒の樽を持ってきた。みんなの椀に酒を注ぐ。
「さあ、久しぶりにあったんだ。とっときの酒だよ」
全員が、一口含む。
「へえ、これはおいしいや」
「ああ」
「なんだよ、こんないい酒、この店で出たことないぜ」
「だからとっときなんだよ。あんたごときにゃ、とてもとても」
アルビルの不満げな声に、老婆は首を振る。
「アルビルは、この店は……」
「ああ、常連さまのはずなんだがな。まあいいや。それより、グルオンっていうと、アデミア王の……」
グルオンの表情が暗くなる。
「ああ、親衛隊長だった」
「ふーん。アデミア王の近衛兵は、昨日の戦いで、全滅したって聞いたけどな。特にあんたは、盾って呼ばれるほど、王には信頼されてたんだろう。そのあんたが、一人だけ生き残ったのか」
グルオンの顔が、さらに強ばった。まだ癒えていない心の傷を、今の言葉は思いっきり抉ったのだ。
「ぼくが助けなきゃ、間違いなく噂どおりになってただろうけどね。そんなことよりさあ、アルビルは、この城の城兵だったの?」
妻の受けた衝撃を、あえて無視して、話を進める。
「ああ、そうだ」
「じゃあさ、サリーンが討たれたときは」
「もちろん、城にいた」
アルビルは、酒を一口飲んだ。
「城にいたといっても、待機命令が出ていたからな。宿舎でゆっくりしていた」
「じゃあ、王の援護は……」
「出来るわけがない。ラルカロオのローエルがいくら臆病だといっても、ここの城を完全に空ける訳にはいかないぜ」
ロイズラインから出る道は、ミューザ支配のランデレイル、アデミア支配だったロイズリンガ、そして、ローエルが治めるラルカロオにつながっている。確かに、ラルカロオに対して、警戒を怠る訳にはいかなかっただろう。
「王がランデレイルに向かう前の状況はどうなっていたんだ?」
グルオンが訊ねる。
「それについては、お前たちも聞いてるんじゃないのか。三日前のことだ。ランデレイルが攻め込んできたんだが、いつもと違って、ミューザ直々に軍を率いていると聞いてな。サリーンが張り切って、前衛、直衛の二軍を率いて迎え撃ったわけだ。そうしたらミューザの軍が、あっという間に崩れてな。おそらく、他の勢力が、別の城に攻め込んだのだろう、ランデレイルを取る絶好の機会だ、ということで、たまたま隣にいたアデミア王に伝令を出した、ということだ」
「前線に展開していた二軍については?」
「当然やられたんじゃないのか。今、城じゃあ、新しい城兵の募集を手当たり次第にかけている。共闘契約を結んでいる今、ここにいた後衛一万がいれば、この城を守るのには、少なくとも前線の二軍が戻ってくるまでは十分なはずだ。大規模な募集をかけるのは、それからでもいいはずなのに、そうじゃない。ということは、あの二万は全滅した、そういうことだろう」
「じゃあ、本当に、あのサリーンの軍が破られたんだ……」
レイスの呟きを断ち切るように、グルオンの持つ杯が、卓に叩きつけられる。
「そんな戦い方をする必要がどこにあるんだ!」
戦の目的は、敵の頭を取ることだ。王や城主の首を取ってしまえば、残った兵はそのまま味方に吸収してしまえる。もし消耗戦になってしまえば、たとえ勝ったとしても、別の勢力に攻め滅ぼされてしまう。だから普通は一日か二日戦い、勝負が着かなければ、お互いに引く、という戦を続ける。
「アデミア王を、どうしても倒してしまいたかったんだろうね」
老婆が口を挟む。
「どういうことだ」
「だってそうじゃないかね。アデミア王がランデレイルへ向かったのはなぜだい」
「それは、ミューザを討ち取るいい機会だからだよ」
レイスが答える。
「じゃあ、その王を、ミューザが待ち構えていると、王が知ればどうなるね」
「もちろん、引き返すだろうね」
「そういうことさね」
「……?」
「相変わらず、あんたの頭には芋がつまっているみたいだね」
「ひどいなあ」
レイスが頭を掻いた。この老婆は、商人の例に漏れず、頭脳に月の力を受けるヒシュである。彼女に比べればキシュやヨウシュの脳みそなど、芋をふかしたのと変わらないといっても言いすぎじゃない。
「つまり。こういうことだろう」
「アルビル。あんたにゃ、ちょっとはましな芋がつまってるんだろうね」
「……。つ、つまりよ、王が隣のロイズリンガにいるときを狙って、ミューザが自ら攻め込んでくる。当然サリーンはこれを迎撃する。ミューザは後方で何かが起きた振りをして、退却する。ランデレイルどころか、ミューザ自身を討つ絶好の機会となれば、王自らが戦に加わることは目に見えている。そうやって王を誘き出したうえで、ロイズラインの二万の兵を、一気に打ち破る。王に罠の存在を気づかせないために、おそらく数万の兵をランデレイルに集めておいたんだろう」
「でも、そんなことをしたんじゃ」
「そうだ。他のミューザの城が、がら空きになっちまう。だから、確実に王を討てるように、周到に用意をしたうえで、ことを起こしたわけだ」
「そういうことだね。ミューザ王にとっても賭けだったはずだ。もしアデミア王を討てなければ、それだけの危険を犯した見返りが、このロイズラインだけってことになる。その賭けに勝つだけの力をミューザは持っているわけだわ」
そう言って、老婆は酒を口に運ぶ。
「……そういえば、奴らはなぜ、サリーンが撃って出ないことを知っていたんだろうか」
「どういうこと?」
グルオンの口から漏れた疑問を、レイスが聞きとがめた。
「ここにくるまで、ずっと、どうしてサリーンが城から出なかったのか、考えていた。攻め手が二百に対して守り手が一万だ。どう考えても攻め手が不利だ。いや、絶対に勝ち目がない。どんなに臆病な城主だって、この状況で逃げ出す奴はいないだろう。王の首を取るという目的を達した奴らがなぜ城に攻め込んだんだ」
「さあ……?」
レイスが首を傾げる。
「重要なのは、サリーンがなぜ撃って出なかったのかじゃない。なぜサリーンが撃って出ないのを、ランデレイルの奴らが知っていたのか、ということだ」
「つまり、ランデレイル兵が、サリーンを撃って出られなくした、っていうこと?」
「そうだ」
「どうやって?」
「……」
グルオンは、答えることが出来ない。
「迎え撃てば必ず勝てる。城に篭もっていれば、味方に必ず殺される。それがわかっていて、それでもあのサリーンを城に篭もったままにする。無理だよ」
レイスがあっさり否定する。
「じゃあ、あのサリーンがただの臆病者だったというのか。そっちの方が、よっぽどありえない。少なくとも、私の知るあの男は、臆病者でもなかったし、さらに言うなら愚か者でもなかった」
「……まあ、ぼくが知ってるサリーンもそうだけど――何か知らない?」
レイスがアルビルに話を振る。
「うーん。それなんだよな。さすがにいつ召集が掛かるかわからんから、昨日はずっと宿舎にいたわけよ。ちょうど月蝕の時に騒ぎが起きて、飛び出したらもうサリーンは討たれていた」
「誰が首を取ったんだ」
「後衛軍の軍長だ。サニトバ。知ってるか」
「いや、私は王の直属だったから、城主の兵のことは、あまり知らないんだ。直衛軍なら少しはわかるんだが。レイスは?」
レイスの契約主もアデミア王だったが、法術師は軍の主力より遅れて進むことが多い。つまり、城主の軍に守られていることがほとんどなのだが。
「ごめん。知らないや。どんな奴なの?」
「一口で言えば、すごい奴、だな。戦士としての力量はずば抜けていた。背丈は、あんたらよりも頭半分高いくらい。ただし筋肉のつき方はとんでもない。どう鍛えればあんな体になれるのか、想像もつかん。奴がサリーンと契約したのは、そうさな、二年くらい前か」
アルビルに目を向けられて、老婆が答える。
「いや、そんなにはならんよ。せいぜい一年と半年だ。結局一年程で軍長まで上ったと話しておったろう」
「一年で?」
レイスが目を丸くした。そんな速さで一軍の長に上り詰めた話なんか、聞いたことがない。
「ああ。サリーンは実力主義だったからな。実際、サニトバの戦場での働きは数えきれん。ただ自分で突っ込んでいくよりは、兵糧などを守る任務の方がより向いていたようだ。それで、サリーンもサニトバに後衛軍を任せたんだろう」
「試合をしたことは?」
グルオンも訊ねた。サリーンの剣の腕はよく知っていた。彼が簡単に撃ち取られたというのは、信じがたい。
「一度な。剣を合わせただけで、吹き飛ばされたよ。もう一度やれるんなら、もうちょっとうまく戦ってみせるが、まあ、俺じゃあ勝てそうもない。そうだ、今度手合わせしてくれないか。一度ベルカルクの盾がどれほどのもんかやってみたかったんだ」
「今度な。ここにくる前は、どこにいたんだ?」
「サニトバか?さあな、そういや聞いたことねえ。婆さん、知ってるか?」
「いいや。聞いたことないねえ」
「そうか」
いつのまにか空になっているみんなの椀に、老婆が酒を注いでまわる。グルオンは、それをあおってため息を吐いた。
「よくわからん。要は月蝕の闇に紛れて、二百ほどの少数の敵が城に攻め込んできた。そういうときは、統一法はどうなってるんだ?」
「さあ。攻められていることを知っていて、城から出ないのは違法だけど、それに気づかないときは……」
レイスも頭を傾げる。
「それだよ。俺も、それは気になって調べたんだがよ」
アルビルが、首を振りながら答える。
「まず戦を始めるには、宣戦布告をしなければならん。だから不意打ちで城まで攻め込めば、攻め込んだほうが、法を犯したことになる。だが今度の場合は、すでにランデレイルとロイズラインの間で、戦が開かれていた。戦の最中に城を攻められ、その時に城主が城の中にいれば……それは違法だ」
「でも、王が戦に出れば、城主が後を守るのが当たり前じゃないか」
レイスが反論する。
「まあな。それに、闇に紛れて、城兵に気づかれないように少数の兵で城に侵入したとするよな。でも城兵にしてみれば、自分の主を統一法違反だと言って討ち取るよりは、少数の敵兵と戦って皆殺しにするほうを選ぶだろうよ」
「じゃあ、サニトバがやっぱり怪しいんだ」
「そうだ。だから俺も、すぐには契約をせずに様子を見ているんだが……」
「たとえサニトバが、ミューザと通じていたとしても、法的に正しいのは、サニトバ……か」
グルオンの言葉に、全員の口が重くなる。特にグルオンにとっては、自分の王が、ミューザの掌の上で踊らされていただけだということは、衝撃的なことだった。強い酒が胃を灼く熱さだけが、現実感を伴って感じられる。
サリーン。お前は、お前が信じた奴に裏切られたのか。信じるってのは、契約でも、法でもないよな。私は、王を裏切ったのだろうか。王よ。あなたは、私を赦してくれるだろうか。あなたを護ることのできなかった私を……。
「――グルオン?あれ、寝ちゃったのか」
「なんだ、酒にゃあけっこう弱いんだな」
「ずいぶん、血を失ってたからね。まだ完全に回復してないんだ。おばさん。このへんに宿屋あったっけ?」
「ああ。アルビルが知ってるよ。アルビル。連れてっておやり」
「構わないけどよ。いいのかい。自分の女房を他の男に預けてよ」
「大丈夫。変なことしたら、明日グルオンに言い付けて、叩き斬ってもらうから」
「……気をつけよう」
「よかったら、明日の朝も食べにおいで。客が少なくて、材料が余ってるんだよ」
「わかったよ。じゃあこれ今日の分。足りるかな。じゃあまた明日ね。ごちそうさま」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」