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………剣の七


 三人と一匹が、ラルカロオの城下町に入ったのは、日が暮れてから、さらに三巡時ほどたった後のことだった。

 道はまっすぐ、ラルカロオの城に向かい、その両側に家が立ち並ぶ。この通りが、城下町の目抜き通りだ。

とはいえ、建物はカイディア大陸の者からすれば、掘っ立て小屋ぐらいにしか見えないだろう。地面に直接木の柱を立て、高い位置に床を張り、木の葉や皮で屋根を葺き、やはり木の葉で壁を造る。入り口には筵を垂らし、扉代わりにする。

高温多湿のアロウナ大陸では、風を通さなければ、とてもではないけれども生活できないし、腐食が激しく、建物の寿命が短いので、頻繁に建て直しをしなければならない。だから、城や裕福なヒシュの人間の家、農民を束ねる農業組合の長の家などを除けば、簡単な小屋掛けですませてしまうのだ。

 その家々の、壁と屋根のすき間から、虫除けの煙が漂いだして、城下町全体をぼんやりと霞ませている。通りのあちこちの、食堂兼酒場と、その隣にある宿屋の前では、篝火が誘蛾灯のように、そのまわりに人を集めている。

 ロウゼンがその人々に近づくと、みんな怖れに顔を強ばらせる。そして、その横を歩く金色の豹に気付くと、今度は驚き後退りする。ロウゼンの持つ威圧感は、ほとんどの人が感じるらしい。豹については――言うまでもないだろう。

 しかし、一行に気付く前の人々の表情には、明らかな不安がみえる。

「何かあったのでしょうか」

 一軒の食堂に入り、恐る恐る注文を聞きにきた主人に、食事と飲み物を頼むと、マーゴはロウゼンに訊いた。が、当然のように、わからん、と考える素振りも見せない。それで、まわりの話を聴こうと耳をそばだてるが、彼らが店に入ると同時に、まったくの貸し切り状態。仕方なく、料理ができるまで店の隅で体をちぢめて控えている、店の主人を捕まえて話を聞くことにした。

 このラルカロオは、独立系の城主が治める城下町で、この地から出る道は、ラルカレニ、ラルカレイズ、ロイズラインの、各城下町につながっている。この城の主人はローエルといい、その治世はすでに百年になる。このローエルの若い頃はそれでも、他の城へ勢力をのばそうと戦を繰り返したが、それははたせず、近年はもっぱら防衛に力を注ぎ、常に安定した力を保っていると、主人は言う。

 実際、守りの戦にはかなりの力量を発揮し、さらに周りの城が別々の勢力であることも幸いして、例外的に、長くその地位を守ることができている。特にここ数年は、アデミア王の勢力と、ミューザ王の勢力が台頭してきており、それをにらんで各勢力が、無駄な戦いを控えているという状況もある。

つまり、守りが固いと定評のある、ラルカロオと戦をすることは、二大勢力に攻め込まれる隙をつくることになる。それは、二大勢力のひとつであり、ロイズラインを治めるアデミア王にとっても同じことだ。

 ところが今日の夕刻、アデミア王が討たれ、隣接するロイズラインが、ミューザ王の支配下に入ったという情報が、ロイズライン方面を偵察していた城兵からもたらされたのだという。

 それ以上詳しい情報は、未だ入っていないらしいが、アデミア王以上に貪欲に勢力を拡大しているミューザ王が、すぐとなりの城に進出してきたことで、久しぶりの戦の予感に城下中沸き立っているということだ。

 この遅い時間に集まっている人たちは、戦闘力を持たないヒシュがほとんどなので、不安そうにしているのも無理はない。

「そのロイズラインの城主には、どなたが就かれるんですか?」

 かすかな予感を感じながら、マーゴは店の主人に訊く。

「さあ、詳しくは知りませんが、今回アデミア王とロイズラインの城主のサリーンを討ち取ったのは、ミューザ王直属の兵ではなくて、ランデレイルの城兵らしいんですよ。ですから、ランデレイル配下の誰かが就くんじゃないですかね」

 おっと食事の用意ができたようで、そう言いながら下がる主人も目に入らない様子で、マーゴは考え込んだ。ランデレイルは、彼女が逃げ出してきた場所である。そこにあの家があるし、あの男もいる。べつに、あの男から逃げるためにこのラルカロオにやってきたわけではない。ただロウゼンについてきただけなのだが、もし彼がランデレイルに隣接するラルカレニ――そこはマーゴが隊商に拾われた町でもある――にマーゴを連れていこうとしていれば、すんなり町に入っていたかわからない。……この町にもすんなり来たわけではないが。

 もちろん彼女を追い詰めるために、あの男はロイズラインを攻め落としたというわけではないだろうが、それでも、逃げ切れないのではないかという不安を掻き立てるには十分だった。

 マーゴが様々な思いに沈んでいると、ロウゼンが声をかけてきた。

「どうした。食わんのか」

 言われて初めて、机のうえに料理が並んでいるのに気付く。

「え……、あ、食べます」

 ペグとマーゴの前には、鳥の団子と炒めた野菜を乗せた米の麺、香辛料で和えた根菜の小皿といった比較的あっさりした料理が並び、ロウゼンの前には、雉鳥の丸焼き、老牛の煮込みをはじめ、三人前以上の品が並ぶ。

 ペグはお腹が空いていたのだろう、熱い麺をふうふう冷ましながらすすりこんでいる。 マーゴも朝からまともに物を食べていないのだが、あまり食欲がなく、麺がのびるにまかせ、小皿をつつきまわしている。 ロウゼンは一皿あたり二口で口に放りこみ、一口あたり二噛みで胃袋に流し込む。決して急いで食べているようではないが、ペグが麺の半分も食べないうちに、机のほとんどを占めていた皿を食べ尽くした。そして飲み物の椀を取り上げて、眉をひそめる。椀につがれているのは、果汁を発酵させたものを蒸留した強い酒。その匂いを嗅ぐだけで、ロウゼンの顔から首筋までが赤く染まる。

 椀を睨みながら小さく唸っているロウゼンを見て、マーゴは思わず、くすりと笑った。

「よかったら、私のと替えましょうか」

 そのマーゴの椀に入っているのは、甘くて軽い果実酒である。いつもロウゼンが寝る前に飲んでいたものだ。ちなみに、ペグの椀にも同じ酒が入っている。

 ロウゼンは、うむ、とうなずいて椀を取り替えると、ほとんど手が付けられていないマーゴの料理を見た。

「食わんのか?」

「あまり食べたくはないので……食べられます?」

 ロウゼンは、また、うむ、とうなずいて皿を引き寄せ、今度はゆっくりと、酒をすすりながら残り物をつまむ。

 あっという間にロウゼンの体中が真っ赤になり、いつもへの字に結んでいる口がゆるむのを、マーゴはぼんやりと見つめる。

 椀の中身を半分ほどあけた後、その視線に気づいて、どうした、とマーゴに訊いた。

 マーゴは、はっと我に返り、あ、とか、いえ、とか口の中でもごもご言ったあと、意を決してロウゼンに訊ねる。

「あの……、どうしてロウゼンさんは、私を護ってくれるんですか」

 マーゴは、ロウゼンが、隊商から受け取った報酬のために、彼女の護衛を引き受けているのだとは、思っていない。まだ付き合いは短いが、お金をもらったから、それに命を賭けるというのは、この男には似つかわしくないように感じるのだ。第一、二人が出会ってからすぐ、「娘になれ」とロウゼンは言っているのである。

 ロウゼンは珍しく、少し考え込んだ。

「おまえは、俺が恐くはないのか」

「え……と、最初は少し恐かったですけど、すぐに慣れちゃいました」

 初めてロウゼンに会ったとき怖いと感じたことは確かだが、それは恐怖というよりも、これからどうなるのか、自分を連れて行くこの男はどんな人なのかという不安がほとんどであったように思える。後は見た目の怖さくらいだろうか。

「皆、俺を見て怯える」

 こいつは別だ。食事を終えて豹と戯れているペグを顎で指す。

 確かに、ラルカレニでマーゴを拾ってくれた隊商の人たちも、けさ襲ってきた兵士たちも、この城下町の人でさえ、彼の姿を見るだけで怯え、目をそらす。もちろん密林の中で人とほとんど交わることなく暮らしてきたのだから、見にまとう雰囲気自体、町の人間とは違うことは確かだが、それだけではない。

 目には見えないが圧倒的な暴力を持つ男であることを、人は――大木に穿たれた住居で、彼らが無事暮らしていることを考えれば、密林の獣でさえ――感じ取っているのだ。

 ならば、マーゴはなぜロウゼンに恐怖を感じないのか。

 その答えは、マーゴには解っていた。もしくは、解っているつもりになっていた。マーゴが恐れるのは、自分に係わっている人の命を、無差別に、無意味に奪ってしまうこと。そして、あの男に再び囚われてしまうこと。それ以外は、たとえ自分の命を失うことでさえも、恐れの対象にはならないのだ、ということを。

 だからマーゴは言った。

「私はロウゼンさんの娘なんですよね。娘が父親を恐がらないのは当然じゃないですか」

「――父親が娘を護るのも、当然だ」

 そう返して、ロウゼンは椀の残りをあおった。



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