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月は惑う



「フォルビィ……フェロ」

 ロフォラは、ミューザの横に跪いて、腕をとる。弱々しい脈が、辛うじて指先に伝わってくる。出血は止まっているようだが、傷が塞がっているわけではない。血を噴き出す力自体が、既に無いのだ。きつく縛った右腕は、すでに腐敗臭を発していた。

 いまさら傷を塞いだとしても、持ちこたえることはできないだろう。しかし、ロフォラは、腰に残った木札を握り、呪を唱える。

 そして、最後の札が木切れに変わり、赫光が薄れ、王は、目を開いた。

 ゆっくりと体を起こし、右手をつきかねて体を泳がせ、それをこらえて、立ち上がる。

 そんな力は残っているはずがないのに――。ロフォラは跪いたままミューザを見上げ、見ておれずに目を逸らす。

 なにも感じない。何の畏れも、恐怖も、威圧も、何もかも。ミューザをミューザたらしめていたものが。

「よっしゃ、さすが兄貴だぜ。王。昨日はしくじったが、なに、まだ負けたわけじゃねえ。まだこれからだ……」

 もちろんフェロも、わかっているはずだ。それでも、すべてから目を逸らして虚勢を張る。しかし王に、いまはない右手で制されて、言葉を失う。

「どうした。なぜそんな顔をしている。まさか、この俺を心配していたのか?」

「いいえ。あなたは、約束をしてくださいましたから」

「では、なぜ泣いている」

 フォルビィは、顔を伏せ、白い頭を振った。そのまま、何かに引き上げられるように立ち上がって、顔を上げる。紫色の唇が、ほころんでいた。

「嬉しいんです。あなたが、約束を守ってくれたことが」

 ミューザは、口元を歪めて、残った左手で妻の涙を拭った。もう、毒の痛みを感じることもないのだろう。毒が体中に回るだけの鼓動を、心臓も打ってはいない。

「何をしてやがんだ! てめえは世界を滅ぼすんだろう。負けっぱなしでいいのかよぉ!」

「関係ない。すべてを壊すも、俺が死ぬのも、代わりはない。せっかく滅びが目の前にあるのだ。邪魔をするな」

 黄色い瞳から目を逸らさずに、喚くフェロを黙らせる。

「いい気分だ。お前はどうだ」

 妻を抱き寄せて、訊く。フォルビィは逆らうことなく体を預け、しかし、答えないまま、夫の体を、顔を、まさぐる。

「お願いを……してもいいですか」

「なんだ。愛する妻の願いだ。何でも言うがいい。……俺に出来ることならばな」

「もういちど口づけを――それと、誓いを……果たして」

「わかった」

 ミューザは妻の背に回した左腕で細い頚を掴み、引き寄せ、フォルビィも両腕を、夫の広い背中に回し、瞳を閉じて――

 冷たい唇が、触れ合った。

 すでに城下に蔓延しているはずの、殺戮の騒擾を圧倒する静寂が大広間に満ち、そして――

 頚骨の砕ける音とともに、それは終わった。

「くそうっ! 納得いかねえ! 俺は、こんなことのために、こいつを担いできたわけじゃねえっ!戦場に放っときゃ、こいつは死んでたんだ!」

「じゃあ、なんで連れて帰ってきた」

 跪いたまますべてを見届けたロフォラが、俯いたまま立ち上がった。

「兄貴なら、治せると思ったからだよ! 満足だろっ! 使命が果たせたんだからよ!」

 フェロは、兄の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「なのに、なんでてめえは泣いてやがるんだっ!!」

「じゃあ、お前は、なんで泣いている」

「納得いかねえからだよっ! 何もかもっ!! 俺は負けちゃいねえのに、なんでだよっ!!」

 法術師は、叫ぶ弟の手を払い除け、床に手をつき、呪文を唱える。木の焦げる音と匂い。そしてすぐに炎が、熱を持たないふたつの体を焼きはじめる。それを見届けて、ロフォラは踵を返した。

「リーズへ帰るぞ」

 二人の毒が、風に散らされることなく、炎で浄められ、月に帰ればいい。フェロの蹴破った入り口をくぐり、騒ぎとは裏腹に人気のない閲兵場に降り立ち、主殿を振り返る。

 屋根の隙間から立ち上る煙は、しかし月蝕の赤い闇に惑い、薄れてゆくだけだった。




いつもありがとうございます。


次回第三部最終回でございます。

ま、エピローグおよび、次回への布石みたいなものですけど……


第三部は早かった。せっかく更新ペースが固定されたのだから、何とかこれをキープしたいものです。

次回予告。


風が耳元で囁いた。

若々しい、しかし、木の洞を風が吹き抜けるような、

虚ろでもある声で。


第三部最終話「リーズ」

12/25更新予定。


それは、クリスマスの夜に幕を下ろす物語……

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