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見えない糸




 少女の前で揺れながら進んでいた明かりが、動かなくなった。明かりが照らすたおやかな白い手。その手の持ち主が、足を止めて、空を仰いだのだ。

「どうしたんですか?」

 マーゴが訊いた。その、不安を刺で隠したような声に、トワロは苦笑する。

「たぶん、戦が始まったみたいです」

 えっ、とトワロと同じ方を見上げるが、マーゴにはわからないだろう。半日の距離をおいて、戦の気配を読み取ることは、並はずれたキシュの戦士でも難しい。

「じゃあ、いそいでペグさんを見つけないと」

 足を急かして、マーゴはトワロの前に出た。その後ろをついていきながら、トワロは己れの記憶とは違う、銀色の髪を見つめた。

 この子は、わたしと似ている。

 もし本当に、ペグという娘を見つけようと思うのならば、僅か二人で跡を追うよりは、城兵から数を出してもらって捜したほうが、はるかにいい。

 留守を預かる軍長のひとりに断られたというが、聞けば留守居役はもう一人いるという。その者ならば、兵を出してくれたかもしれない。最悪でも、城主の娘という立場を利用すれば、彼女の命令を聞く者もいるだろう。指揮系統に組み込まれていない戦士も、ロイズラインの城には残っているはずだ。

 それくらいのこと、わからない子ではないはずだ。それなのに――

 たぶん、この子にとって、ペグを見つけることよりも、ペグを見つけるためになにかをすることの方が重要なのだ。

 わたしがこの子に会うことではなく、この子に会うためになにかをすることの方が重要だったように。

 くすくす、と笑う声に、マーゴは振り向いた。

「なにがおかしいんですか?」

「ごめんなさい」

 トワロは、思わずこみあげた笑いを抑えて、謝った。

 恋に恋する乙女じゃあるまいし。わたしは、本当にこの子に会いたかった。ならば、この子は、本当にペグのことを心配しているのだ。

「ペグって、どんな娘なの?」

「どんなって……、わたしの妹です」

「血が繋がっていなくても?」

「それでも、わたしもペグさんも、お父さんの娘なんだから」

「フィガンを恨んでる?」

 マーゴは、一瞬立ち止まる素振りを見せたが、そのまま歩き続けた。

「別に、恨んでなんかいません。でも、赦してもいません」

「……そう」

 死んで罪が消えるものではないと、わかってはいるけど……

 頭上に、星空が広がった。密林が、一時途切れる。駅だ。ロイズリンガへの中間地点にやっと着いた。

 もし、ペグが本当に戦に加わるつもりで軍を追っていったのであれば、これ以上進んでも無駄足だろう。城主の娘を知らない城兵もいないだろうから、余裕があれば、きっと保護される。余裕が無ければ、行ったところで、何もできない……のだが――

 いた。

「マーゴ。いましたよ。本当にこんなところまで来ていたんですね」

「えっ!? どこに?」

 トワロは、明かりを掲げた。光の輪の端に、緑に汚れた、細い足が見える。

「ペグさんっ!!」

「……?お姉ちゃん? どうしたの?」

 駆け寄るマーゴを、驚いたように、ペグが見た。

「どうしたのじゃないでしょう。心配したんだから。豹はどうしたの?」

「なにかおっかけて、いっちゃった」

 密林の奥を指差す。

「もぉっ!なにかに襲われたらどうするの!」

「だいじょうぶ。あたしつよいもん」

 ずっと持ってきてたのだろう。右手の木剣を見せる。

「だめっ。お母さんも言ってたでしょ。ペグさんはまだ小さいんだから、剣で戦うのは早いって。さあ、帰りましょ」

「えーっ!?」

「えーじゃないの。さ、豹を喚んで。あ、トワロさん、ありがとうごさいました」

「いえ、いいんです……」

 豹を呼ぶ少女の声を聞きながら、トワロは首を振った。お母さん? だれだろう。

 まあいいわ。この子がいま側にいる。それだけで十分だ。

「さあ、戻りましょう」

 口のまわりを血塗れにした豹が、闇の奥から姿を現した。そしてペグにはたかれて、ミャウと甘えた声を出す。

「おばちゃん、だれ?」

「前にも会ったことあるでしょ。トワロさん。一緒にペグさんを捜してくれたの」

「ふーん」

 そんな会話を背に、トワロはロイズラインへ向けて歩きだす。新しい患者さん、運びこまれていなければいいのだけれど。そう願いながら。

「お姉ちゃん?」

「ううん。さ、行きましょ」

 ペグの声に、マーゴは見ていた方に背を向けた。いま、戦ってるんだ。大丈夫。きっと無事に帰ってくる。だって、お父さんには、お母さんがついているんだから。



いつもありがとうございます。


次回の後書きへの伏線をこっそりと……


このような話を書いていて言うのもなんですけど、私は、戦争というものが大嫌いです。

それは人が犯す最も愚かしい罪であると思います。

そのようなもの、たとえ小説の中であろうと、描くということに対して私は……くっ。


次回予告。


フェロの背を、焦燥が焼き焦がしていた。

「なんでだよっ!?」

すべては彼を置き去りにして動いていた。


四幕第十二話「いいわけ」

12/15更新予定


べ、別に戦闘場面を書くのが苦手とか、そういうわけじゃないですからね。


次回「いいわけ」


うっさい(泣)

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