苛立ち
ガァァァァァ
ロイズリンガの城下町の外れ、町を覆い尽くして立ち上る炎と煙に見惚れていたフェロの頭上で、烏が鳴いた。
星が霞む昏い空と、転がる骸を赤く照らす炎に目測を誤ったのか、鳴き声を振り仰いだ金髪に、黒い嘴が突きささる。
「いてぇ! なにしやがるこのくそがらす!」
なんとか肩に止まり、右の羽根でいかにも痛そうに嘴をさすっている烏に、フェロは怒鳴った。だが、烏はそれを無視する。
「ミューザ王は、どこにいらっしゃる」
「なんだ?」
久しぶりに聞く兄の声に、なぜか苛立つ。それに気づいたか、烏はすぐに声を変えた。
「鳥目をおして飛んで帰ってきたんだから、少しは褒めてちょうだいな」
「ちっ。こっちだ」
昨日から戦い詰めだから、疲れているのは確かだが、ミューザと一緒に行動するようになってからは、この程度は当たり前だ。そうではなく、戦いを重ねるごとに、心の底になにかが溜まってゆく。
法の子たる彼に、毛筋ほどの傷もつけることの出来ない敵の腑甲斐なさになのか。それとも、ただ逃げ惑うだけの力ない人々を、背後から斬り殺していくミューザの嗤い声が、耳から離れないからなのか。
己れの心を覗き込むことなどしないフェロは、そのもやもやを剣に込めるしかない。それが何の解決にもならないことくらいは、気づいてはいたものの。
「烏が帰ってきたぜ」
無数の足に踏み荒らされた農地の中央で、ミューザは陣を張っていた。とはいえ、とくに幕が張ってあったりするわけではなく、選りすぐりの戦士がまわりを取り囲んでいるだけなのだが、そこが軍の中心であることは、間違いない。
「どうだった」
ミューザが烏に訊いた。彼は烏にすら、役に立つことを求めた。今日も烏はロイズライン方面の偵察に遣られていたのだ。
「彼らはこちらに向かってきています。お願いです。きっと、私のところへ帰ってきてください」
自分が妻と呼ぶ女の声に、ミューザは眉ひとつ動かさない。
「余計なことは言うな。戦力は? いまどこにいる?」
アァと烏は小さく鳴いて、ロフォラの声で王の問いに答える。
「兵は一万を少し超えるくらいでしょう。ですが、密林にもいくらか隠れて進んでいるようです。それと私が見たときには、まだ駅の向こうにいました。あと、王がすでにこの地を落とされたことは知られております」
「そうか。ならば、ここにくるまで四巡時はかかるな。伝令、始末が終わった隊から休ませろ」
「このまま攻め込まないのか?」
「無用だ。あの城には手に入れたいものもある。それを壊すわけにはいかないからな」
「それと、今更だけどよ、ほかの城を守る戦力まで、ほとんどこの戦に注ぎ込んじまって、拙くないのか?下手すりゃ、帰るところが無くなっちまうぜ」
「ふん、本当に今更だな。奪われたら奪い返せばいい。大体、本拠などいらぬと思わんか? 城を攻め落とし、略奪し、次の戦に備えればいいだけのことだ」
「それじゃあ、野盗と変わらねえじゃねえか」
「何を言う。野盗とは、逃げ回る者共のことだ。俺は、逃げぬ」
王の陣から走り出た幾人もの人影が、王の命令を伝えてゆく。たったあれだけの指示で、ロイズリンガ中に散らばって、人々を他の町に向けて追いやり、負傷者に止めを刺してまわっていた戦士達の動きが、秩序だったものに変わる。
ここにいるミューザの軍の中で、自分のすべきことをわきまえない者は、誰もいなかった。フェロただ一人を除いては。
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「Merry merry Christmas.」
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ファンタジー書き弥招のもうひとつの顔、恋愛物書きとしての姿が今明らかに!!!
次回予告。
ペグがいない。サルトに頼んでも埒が明かない。
だから、彼女は門に向かった。
そうだ、あの人がいる――
四幕第八話「すがるべき人」
12/1更新予定。
嘘だよ。恋愛物は苦手だよ。照れくさいや。でも読んで、ね^^
つか、もう十二月……