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戦争って?


「よし、休め。……昼間の稽古を、ちゃんとやってるか?」

 数日後の朝、喘ぎながらその場に膝をついたマーゴは、恨めしげな顔で傍らのグルオンを見上げた。

「や、やってますけ……ど」

 昼食前と夕食前に二巡時ずつ素振りをすること。稽古を始めた日からグルオンにそう言いつけられていた。

 マーゴはヒシュだが、彼女の躰の筋肉は、フィガンの手によってキシュの子供のものと取り替えられている。そして、マーゴと同じくらいのキシュの子は、力が発現していなくても、そのくらいの稽古は軽くこなす。

 おかしいなあ。血マメの浮いた手のひらを見つめて、マーゴは溜め息を吐いた。思い通りにならないとはいっても、キシュの力が宿っていることは間違いないのに。あの時だって……。血マメの疼きの奥に、素手で貫いた人の肉の感触を思い出して、いそいでそれを振り払った。

「まあ、今までろくに体を動かしていなかったんだ。無理せずにゆっくりと鍛えるんだな」

「……はーい」

 ひりつく喉を、唾を飲んで湿らせながら、地面に放り投げた木剣を拾う。マーゴに稽古をつけることになってから、グルオンがマーゴとペグにそれぞれ同じ子供用の木剣を一本ずつ用意した。それをマーゴよりも小さなペグは、軽々と振り回している。

「鍛えたヨウシュと鍛えてないキシュと、どっちが強いんですか?」

 わたしはちゃんとしたキシュじゃないですけど、などと呟きながら、マーゴはグルオンに訊ねる。自分にキシュの筋肉が移植されていることが信じられなくなっている以上に、ペグがヨウシュだということが信じられない。

「さあな。鍛えたヨウシュも、鍛えてないキシュも、見たことがないからな」

 肩を竦めながら、グルオンはロウゼンの後ろで木剣を振っているペグを見て微笑む。まだまともに口を利いてはくれないが、以前のようにあからさまに避けることをしなくなった。一緒にいる時間が増えたからだろうか。父親をとられると思って、ロウゼンにまとわりついていることが、かえってグルオンとペグの距離を縮めているようだ。

「だが、鍛えたキシュは、絶対ヨウシュより強いんだ。さあ、立って、剣を構えて」

「…………」

 どうしてグルオンさんはこんなに嬉しそうなんだろう。マーゴは木剣にすがって立ち上がりながら、心の中でぼやいた。マメが痛い。またペグさんに、治してもらわないと――

 素振りを再開しようと構えた木剣が力なく揺れる。キシュの子が一人前の戦士になるまで、短くても二十年以上。マーゴには、一人前になれる保証もない。考えが甘かった。剣を持てたら、それだけで強くなれると思ってたのに。

 横目で、とたんに厳しい師の顔になったグルオンを見上げ、密かに嘆息する。やっぱり止めます、なんて言える雰囲気じゃないのよね。



「どうした?」

 えい、やあ、と気合いの抜けた掛け声で木剣を振っていたマーゴが、首を竦める。だが、グルオンの声が自分に向かっていないことに気がついて、横目で彼女を捜す。中庭の入り口で誰かと話していた。

「わかった。とりあえず軍長達とシージを集めておいてくれ。……サムジィもな」

 はっ、と頭を下げて出ていったのは、サルトだ。いまは直衛軍の軍長だから、伝令などを務めることはないのだが。何があったんだろうと様子を伺っていたマーゴに首肯いて、ロウゼンにも声をかける。

「ロウゼン。ロイズリンガから使者が来た」

 真剣なその声に、さすがにロウゼンも剣を振る手を止める。

「戦か」

「いや」

 ロイズリンガは、このロイズラインに隣接する城のひとつ。もとはアデミア王配下であり、王の死後、独立した城だ。だから、そこの城主はグルオンとは知り合いで、ミューザの問題に関しては共同であたろうと、覚え書きを交わしている。

「援軍の要請だ。とりあえず使者と会ってくれないか」

「わかった」

 よかった。今日は終わりだ。マーゴは木剣を下ろして頭を振る。やっぱりよくない。

「出陣するの?」

「まだわからん。が、ミューザを討ち果たさないことには、まともな戦が出来ないからな」

「……まともな戦って?」

「………………」

「何をしている」

「ああ、すまない。すぐにいく」

 ロウゼンに促されて、マーゴの問いには答えないまま、グルオンは踵をかえした。

「あーっ! だめっ!」

 ロウゼンについていこうとしたペグに豹が戯れかかり、押し倒す。その間に、二人は城内に消えた。

「お父さん達、いまからお仕事だから、わたし達はご飯にしましょ」

「えー、あたしもいく」

「豹もお腹すいてるよ」

「うー」

「それにたぶん、戦争の話だから」

「せんそう?」

「うん」

「なに?」

 なんだろう、戦争って。

「わたしにも、わからないの」

 ただの殺し合いと、なにかが違うのだろうけど、マーゴにはわからない。グルオンは人を殺めることを何よりも嫌うが、戦では別だ。

 結局、キシュにしか、戦士にしかわからないことなのかもしれない。戦場に立つということは、人を殺すこと。その覚悟を決めること。マーゴには、それ以外の意味を見つけることは出来ない。

「あのそれより、わたしの手を治してくれません?」

「うん。いいよ」

 なおも戯れかかる豹の頭を、ぽかりと一度はたいてから、マーゴの差し出した手のひらに、ペグはもっと小さな手を重ねる。合わされた手の間に、短い呪文によって微かな光が満ち、そして痛みとともに、消えた。

「ありがとう」

「うん」

 マーゴは血マメの癒えた手を、ペグの肩に回した。お父さんとお母さんが、また戦場に出る。




できているはずなのに……(号泣)

前回のあとがきの夢から覚めた、弥招です。

いつもありがとうございます。


覚めてみれば、赤天恒例、視点切り替えまくり。

そんな、次回予告。


「だって、約束してくれたから」

不審げな表情を浮かべたロフォラを、フォルビィは見上げて笑った。

「そう、私と死んでくれるって」


四幕第三話「風に包まれて」

11/13更新予定。


夢は布団の中で見よう;;

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