謁見
「高い位置から失礼する。我は、ベルカルク統一王陛下より法王の位を賜った、リーズと申すもの。この烏の言葉は、我の言葉と承知していただこう」
エレイルが、ほう、と声を上げた。ミューザも、興味を引かれたようだ。一聴すれば若々しい、しかし、木の洞を風が吹き抜けるような、虚ろでもある声。
「これが、リーズ法王の声?」
エレイルの問いに、フェロがにやけた顔で首肯く。
「五千年生きたじじいの声には聞こえんな」
本当に法王の声か、という王の視線に、フェロはもう一度、首肯いた。
「ふん、まあいい。聞いてやろう」
酒の椀を片手に、王が寛大にも許した。エレイルは、少し意外そうな表情をする。リーズ法王がミューザの命を奪おうとフォルビィを送り込んだというのは、エレイルも知っている。ミューザの気性と性格を考えれば、たとえ烏とはいえ、法王の意を酌んで行動するものに容赦する理由がない。
「このアロウナを統べる唯一の存在、ベルカルク統一王の名において、汝に命じる。大逆者ミューザよ。ロイズライン城主、ロウゼンを討て。さすれば、汝の罪は一等減じられよう」
くつくつと笑う声が、闇に響いた。王の笑い声。フェロとエレイルの持つ酒が、大きく波打つ。
「それは何の冗談だ?」
「言い方を変えようか?我の力では、ロイズラインを討つことは難しい。だからお前達に頼んでいるのだ」
烏の声にも、笑いが雑じる。
「残ったお前達など、あとでどうにでもできるゆえな。我と法に従って、細い命を繋いだらどうだ?」
ガキッ、と鋼が激しく打ち合わされ、火花が大広間の壁を一瞬眩しく照らしだした。
「なにしやがるっ!?」
抜き打ちざまのミューザの斬撃が、烏に襲いかかるのを、フェロが防いだのだ。剣の軌跡の途中にあった灯台が一本、こつりと音をたてて倒れ、消える。
「邪魔をするな」
「冗談じゃねえ!」
防がねば、すぐ横にあったフェロの頚ごと、王は斬り落としていただろう。
「てめえもてめえだ! 何を言ってやがる。そんな使命は聞いてねえ!」
「そうだ、お前はお前の使命を果たすことだけを考えろ。王がその前に命を落としそうになれば、護ってさしあげよ」
再び、火花が散る。
「だからやめろって! こいつは陛下の言葉を繰り返してるだけだ。斬っても意味ねえ」
「護ってくれるの?」
女の声で囁く烏に、フェロは額に青筋を立てる。しかし、剣を収めない王に隙を見せられないから、肩の烏を叩き落とすこともできない。
「くそっ。絶対に焼き鳥にしてやる」
そう呟くフェロを見て、ミューザは鼻で一度笑い、剣を鞘に落とした。何もできずに酒の椀を抱えていたエレイルが、大きく息を吐く。
「どうせ、ロイズラインは滅ぼすつもりだったからな」
ミューザを窮地に陥れたもの、それは、もちろんランデレイルの民を皆殺しにしようとしたミューザ自身であったわけだが、しかし、その時の城主がロウゼンでなければ、彼の狂気が妨げられることはなかっただろう。
「だが、そのあとはリーズだ。もう守るのは飽きた」
「でも、リーズは遠いわ」
「関係ない。邪魔をするものがあれば、砕いていくだけだ」
こい。そうエレイルに目配せをして、ミューザは城の奥へと消えていった。二人を見送って、フェロはようやく剣を収める。その場にもう一度座り込んで、床に転がった酒樽を拾い、そのまま呷った。
「何をやりたいんだてめえは。てめえのせいで、リーズもやべえぞ」
フェロが危害を加える気を失ったことがわかったのだろう、烏は彼の肩から飛び降りて、膳の上に残された肴をついばむ。
「大丈夫よ。ロイズラインに集う力は確かに想定外だったけど、陛下はそれも織り込まれたわ。それより気をつけてね」
「なにが」
烏の声に、真実気遣う様子を聞き取って、フェロは怪訝な顔をした。
「ロイズラインは本当に危険だわ。陛下がよりによって、ミューザ王の力に頼らざるをえないほどにね。あなたは、使命を果たすことだけを考えて」
「使命なんざ、ほっときゃ勝手に果たされるんだろ?」
「いまは違うわ。陛下は使命を果たすために、あなたが全力を尽くすことを求めておられる」
「どういうことだ? あの女が王を殺すのを見届けるのに、全力もくそもないだろう」
「さっきも言ったように、ミューザ王がフォルビィのもとに無事帰りつけるように、彼を護って」
「わけわかんねえ」
「刻の糸は、連綿と紡がれているのよ。糸車を止めるわけにはいかないの」
「わけわかんねえって言ってるだろう」
フェロは酒樽を膳に叩きつけた。樽と膳が、大きな音を立てて割れる。
「俺はだれにも負けねえ」
そうあってほしいわ。あなたのためにも、あの子のためにも。
烏の呟きは、黒い嘴から外へ漏れることはなかった。
いつもありがとうございます。
しばらくあとがきはそっけなく……
次回予告。
「わたしに剣を教えてくれませんか」
マーゴの願いに、しかしグルオンはゆっくりと首を振った。
「止したほうがいい」
四幕第一話「師弟の契約」
11/6 更新予定。
だって、三部ももうすぐ終わるのに、続きが出来てないんだもんよぉ。