9stage
Haematophilia Vampire Story
第8話 〜終焉〜
深夜3時、公道を走る車の中で、悠達が美夜と狼男に問い詰めている。
「ねぇ、戻ろうよ!疾風置いていけない!」
「なんで平丘君は乗らなかったんだ・・・?」
「止めてよぉ〜!なんで乗せていかないのぉ〜?納得できないよぉ〜!!」
「今は逃げることが先なんだ。運転に集中できないじゃないか!」
「そんなことどうだっていいよ!説明して!」
ずっと暗い表情をして涙目になっていた美夜が口を開く。
「・・・私が・・・説明します・・・。」
「美夜ちゃん、大丈夫?なんか顔色悪い・・・平気?」
「えぇ・・・、皆さんよく聞いてください・・・。先輩は・・・。」
「先輩は・・・なに?」
「・・・死にます。」
「は?」
「自殺する気です・・・。」
「はぁ?」
「あそこに残ったら、いずれは体力の限界で死ぬんじゃない?でも、なんで残ったの?」
「・・・・・・体力の限界とかじゃなく・・・どうやって死ぬつもりかは分かりませんが・・・・・・・・・・・・。
校長先生が言っていた回収班が来てしまったら、データの詰まったコンピューターや何体のサンプルを持ち帰って、再び研究を再開します。」
「じゃあ、回収班と戦えばいいじゃない?」
「ダメです・・・。時間がなさ過ぎます・・・。皆さんは気づいていなかったと思いますが、先輩の肋骨が心臓に刺さっています。痛みを訴えなかったのは、ヴァンパイアとして痛みに耐性がついたことと、戦闘の連続でアドレナリンが異常に分泌されていたんでしょう。」
「じゃあ尚更一緒に逃げないとダメだよ!」
「先輩は・・・もう助かりません。殆ど心臓が動いてないんです。」
「さっきはあんなに元気だったじゃん!」
「筋肉と意思だけが無理やり先輩の体を動かしていたのです。」
狼男が運転席から口をはさんだ。
「覚醒しきるには時間が足りなすぎたんだ。普通は2時間で覚醒が開始し、7日かけて変化を続ける。ついさっきまで人間だったんだ。いきなり無理をしすぎた。」
「でも!だからってあそこで死ぬことないじゃないか!」
「だからこそ・・・僅かな命、最後に使い切るのでしょう。あの施設の全壊は無理でしょうが、残りの命と引き換えにコンピュータやサンプルだけは何としても破壊しようと・・・・・・。」
「そんな!気づいてたんだったらなんで止めなかったんだよ!」
進介が美夜の両肩に掴み掛かる。
「やめてください!止められるものなら止めていましたよ!」
「じゃあなんで・・・!!!」
「あの人・・・一度決めたら聞かないから・・・誰が何を言っても・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・確かにね。」
悠が諦めたようにつぶやいた。幼馴染の悠や元恋人の美夜はに分かっていた。
静まり返る車内・・・エンジン音だけが乾ききった喉で叫んでいるように響いている。
「・・・もう今更どうしようもないってことか・・・。」
工場ので出入り口で疾風が一人立っている。辺りからは気持ち悪いほどに温まった風が吹き込んでいた。
「さぁて・・・そろそろ苦しくなってきたことだし・・・・・・さっさと終わらせないと。」
両手に握り締めたダガーを見つめ、考える。
「いくらなんでもこれ(ダガー)じゃ・・・無理だよな。」
コンピューターやサンプルは工場のあちらこちらに点在している。時間も手段も残されていない。自分の心臓に突き刺さっている肋骨を、軽く抑えながら呟く。
「これさえなければね・・・生きてここから出られるんだけどなぁ〜・・・。一度はここで死んだ身、所詮死に場所は変わらないってか。」
そう言いながらも通る通路の先々で、コンピューターやサンプルの入った巨大試験管を破壊していく。
地図を見る限りでは、建物の中枢に行くにしたがってコンピューターも実験室の数も増していく。
「これじゃ間に合わないよなぁ〜。逃げればよかった。」
「お兄ちゃん?」
「ん!?」
不意に背後から声をかけられた。そこには疾風のダガーを握り締めた人魚の少女が立っていた。
「あれ?逃げ遅れたの?」
「ううん、お兄ちゃんを待ってたの。絶対ここに来るって思って」
「なんで?」
「わかんないけど・・・なんとなく。」
あどけない笑顔で人魚の少女が笑う。
「逃げないの・・・?」
「うん。私は生き過ぎたの。これでも480年は生きているのよ?」
「うわ!めっちゃ先輩じゃん!今まで失礼しました。」
「いいのよ。人魚は生まれる前に成長する限界が決まっているんだって。私は生まれて12年で止まっちゃったの。体だけじゃなくて、心も成長しないんだって。」
ここまではっきり言われると、「「生きること」」を押し付けるわけにはいかない。
「そうなのか・・・なんか哀しい。」
「で、私を殺せるのは今はお兄ちゃんしかいない。殺して?」
「ごめん、今はちょっと忙しいんだ。」
ツンと鼻につく匂いに疾風が気づく。
「ガス・・・?ガスだ!」
「どうかしたの?」
「走るよ!」
「ちょっと・・・キャッ!」
少女を抱きかかえ、疾風はガスの匂いのする方角へひたすら走った。
いくつもの階段を跳び、いくつもの廊下を駆け、いくつもの角を曲がった。
ガスの匂いが強まってきたころ、先ほど見た景色を目にする。このあたりはガスが充満しきっているらしく、研究室に有ったガスマスクを疾風も少女も着用している。
その空間には、35体の人間の死体が転がっていた。
「・・・ここは、さっきの・・・。」
疾風と特殊部隊が戦闘をした施設中枢の巨大通路。銃弾で3つ穴が開いた巨大ガス管が、激しく可燃性ガスを噴出している。
地図によると、地下にはかなり大型のガスタンクが埋蔵されているらしい。地上にはかなりガスが充満してきていた。
「ここに残ったのも、無駄じゃなかったな。」
「お兄ちゃん、どおするの?」
「こいつを爆発させる。」
「・・・本当にいいの?私は死ぬ気だけど、お兄ちゃんまだ若いのにね。」
見た目も精神年齢も自分より低い480歳の少女に言われるとなんだか変な気がする。
「そりゃあ・・・これっぽっちも死にたくないよ。正直なところ、誰かが代わってくれるならこんなとこ早く逃げ出したいね。」
「私が代わろうか?」
「いや、どうせ俺は直ぐ死ぬんだし、どうにもならないさ。」
「なんか、哀しいね。永遠に生きられる私が死にたくて、生きたいお兄ちゃんが生きられないなんて。」
「生き物である以上、死の拘束からは逃れられないのかも。永遠に生きられるキミでも、こうして終わりを迎えるんだ。」
「もっと生きたい?未来が欲しい?」
「無い物ほど欲しがるのは人間の悪い癖だね。未来が欲しいよ。たいした夢もお金もないけど・・・・・・・・・。」
「けど・・・?」
あいつらみたいなやつが・・・仲間がいるから・・・
と言いそうになり、赤面して口を開いた。
「いや、なんでもないさ。こんなこと言うのは俺のガラじゃない」
「そぅ・・・。」
相変わらずガスが激しく噴出し続けている。施設全館に充満してきたところだろう。
「そろそろ・・・かな。」
「いつでもいいよ。」
そう言って、疾風の左手を握る人魚の少女。微笑みかける疾風。
「最後までこいつに頼ることになるとはね・・・。」
そう言って、腰元の装飾された最後の一本のダガーを右手で抜き取る。他のダガーは戦闘で折れたり、紛失したりていた。
最後に残ったのは、祖父が西欧の古い友人から譲り受けた妖刃。妙に長く、刺激的なまでに全てが鋭利に模られていた。
その殺人的な刃はうっすらと青黒いオーラをまとい、氷点下を思わせる手触りを纏う。
「綺麗な刃・・・・・・。これで・・・どうするの?」
「金属同士を早く擦り付ければ火花が散る。ちょっとだけなんだけどね。でも、これだけガスが充満していたら、一発だよ。」
「そうなの・・・。」
しばらく沈黙。
「もっとお兄ちゃんとお話していたかったなぁ。」
「俺も・・・、でも、早くしないと。」
「私はいつでもいいよ。」
握った手に力がこもる。
「なんの躊躇もない、いくよ?」
「うん。」
「・・・天国で会おう!」
激しくダガーをガス管に叩き付ける。小さな火花と共にガスに引火し、周囲が白い光に包まれる。
・・・一瞬で弾け跳ぶ施設・・・施設内は白一色・・・それ以外の存在は・・・全て拒絶される・・・。
静まり返った車内が悠の声に切り裂かれる。
「ねぇ!工場!」
「あ・・・!」
「爆発してる・・・。」
「やっぱり、なんとなく分かってましたけどね。派手なのが好きな人でしたから・・・。」
「もう会えないんだよね・・・本当に会えないんだよね?」
「会えたら・・・どうする?」
「とりあえず泣く・・・かな。」
「そういいながら、諒子ちゃん泣いてるじゃん・・・。」
「狩崎先輩だって・・・。」
「もういいよ・・・。」
「バイバイ疾風・・・。」
「「「また会おう」」・・・・・・。」
「きっと会えるよね?」
「会えるよ、だけど会うのはまだまだ先さ」
光に包まれる工場を見ながら、進介が呟いた。
「この事件、新聞とかに出るかな?」
「爆発自体は出るだろうねぇ・・・でも、中で何やってたかは・・・。」
「私たちが新聞社に訴える?」
「誰が信じるの?」
「他のヴァンパイアや狼さんたちだって訴えてくれるよ!」
「そんなことしたら、彼らが暮らせなくなる・・・。」
「じゃあどうするの!?」
「俺たちにはどうしようもないさ」
「・・・私たちみたいに、今までこうゆうことあったのかな?」
「あっただろうねぇ〜・・・、表には絶対出ないようにして。」
「どうしようもできないなんて、哀しい・・・・・・。」
・・・日の出前の山に向かって車は進む・・・日光から逃げるように・・・。