4stage
Haematophilia Vampire Story
第4話 〜覚醒〜
疾風は金属製のベッドに横たわり、四肢を拘束具で捕らえられている。周りは手術室のようだが、実験室だろう。
あの仲間たちに会えなくなるのは辛いが、もう死ぬ覚悟はできている。
ヴァンパイアなんて、なれるわけ無い。第一、どうやってご先祖様の血を呼び出そうというのか。
ガチャ・・・
アルミの扉が開いて研究員4人と、学校に現れた男が入ってきた。フリクだ。
「気分は・・・どうかな・・・?」
くさい息を疾風の顔に吹きかけながら、男が言う。
「あぁ〜もう最高!お酒でもタバコで研究員でも、なんでもこいや!の勢いだね!」
なかば自暴自棄な疾風。
「昨日一晩で、いろんな神様に祈ったけどね、俺の行い悪いから助けてくれないだろうね!ヒャハハァ〜!」
「脳波が激しく乱れてますね・・・眠らせますか?」
モニターを見た研究員が冷静に言う。
「眠らせるの?麻酔?いいよぉ〜、どんどん注射してして!もうぶっすぶすに、二度と起きないようにして!」
「ダメです、脈も血圧も・・・でたらめです。脳波を表示し切れません!」
「あっはっは〜!僕狂っちゃったかなぁ〜?いやいやぁ〜、元々かぁ〜?ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「構うな、始めろ。」
研究員が冷たく言い放つ。
途端にベッドが下がり、床と一緒に沈む。ベッドを囲み、床が楕円形に沈む。
ちょうど床が凹んでできた水の入ってないプールのようになった。
「なになに?どうするの?」
「こう・・・するんだ・・・。」
いきなり何かの液体が大量に注ぎ込まれる。・・・それは血液。
「あらこんなにたくさん、お兄さん嬉しいわぁ〜。」
本格的に手の施しようがなくなってきた疾風。親が見たら悲しむだろう。
「覚醒には大量の血が必要なのだ・・・人間の血がな・・・。」
「人間の・・・。」
ようやく正気にかえる疾風。
「こんなに人間の血・・・どうや・・・うわっぷ!」
疾風の体が全て血で浸る。今は血に喜んでいる場合ではないがどうすることもできない。
激しく泡を吹き出す疾風。徐々に苦しくなり、鼻から血液が流れこんでくる。
徐々に肺に溜まりはじめ、ますます苦しくなる。もがき苦しむ。
しかし、だんだんと動きが鈍くなり、ついには動かなくなった。
しばらく見つめる男たち。そうやって、20分が経過した。
「おい、何の変化も無いぞ?おかしいな。」
「まさかそんな・・・本当にヴァンパイアじゃなかったのか?」
「脳波や脈なんて、とっくの昔に止まっていますよ。・・・死亡確認。実験失敗。」
「この血のために、何人の血を集めたと思っているの?責任はクリフ、あなたがとりなさいよ。」
女性研究員がフリクを冷たい目で捉える。
「そんなはずは・・・なにかの・・・間違いだ・・・。」
「フリク、お前の間違いなんだ。」
「4月2X日午前11時16分、被験体304番平丘疾風死亡確認。」
確実に疾風は死亡した。
「ただの高校生じゃないか・・・フリク!」
目を閉じて紅の海に沈む彼の遺体は、暗い深みへ堕ちていく、罪の行き先のようにも見えた。
疾風絶命と同時刻、いつものように学校で授業(睡眠学習)を受けていたゆきは突然目を覚ます。
心臓が酷く痛む。
「・・・は・・・や・・・て?」
無意識に呟き、無意識に涙が頬を伝う。手のひらが冷たかった。
「どうしたの?ゆきさん。」
珍しく授業中に起きているゆきに国語の先生が声をかける。
「体調がわるいのです・・・保健室へ行ってもかまいませんか?」
「ええ、保健委員、誰だったかしら。」
「いいえ、ひとりで行きます。」
そう言い残し、教室を出る。一人屋上に向かう。
「はやて・・・。」
もう一度呟く。
「感じない・・・。」
動物的な感が強いゆきは、疾風がもはや、この世のものでないことを、無意識のうちに悟る。
彼に何があったかわからないが、彼の死を確実に掴み取った。
「どうして・・・?早すぎるよ・・・。」
声は無く、頬を伝って透明な液体が流れる。止め処なく・・・。
「どうしたの?何か変だよ?」
後ろからゆきの友達が声をかけた。
様子がおかしくて、やはり心配だからと先生に無理を言って出てきたのだ。
「真紀・・・うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!疾風が、疾風がぁ〜!」
このとき、初めて声に出して泣いた。
「どうしたの?泣いてちゃ分かんないよ?彼氏呼んで来ようか?」
ゆきの彼氏は違う学校にいる。しかし隣に隣接する男子校なので、かなり近い。
真紀の言葉に首を振り、涙枯れるまで叫び続けた。
さらに同時刻、悠達にも研究員から死亡確認が伝えられた。
実験で殺されることが分かっていた彼らは、さほど動揺もしなかった。もう流す涙も無い。
「やっぱり・・・。」
「うん、分かってたけど、かなしいよぉ〜・・・。」
「お葬式に参列できるでしょうか?」
「遺体がこの研究所からは出ないから、無理?」
「私たちも出られないんじゃない?」
「辛いねぇ・・・。」
しばらく沈黙。
「出られるかもよ。」
進介が力なく言う。
「どうやって?」
一同を代表するように諒子が訊ねる。
「今、俺の靴の中に、疾風からもらった折りたたみナイフがあるんだ。」
「ナイフなんかでどうするのよ?しかも両手に手錠で満足に動かせないじゃない?」
悠がジャラジャラと手錠を鳴らしてみせる。
「まあ聞いてよ。このナイフの中身はC−4プラスチック爆弾なんだ。量は少ないけど、この穴の開いた防弾ガラスぐらいなら破壊できる。そうしたら向こう側のロックされていない扉から出られる。そこから先はどうなるか分からないけど、ここで飢え死にするより、射殺覚悟で逃げてみない?」
「構わないけど、何でもっと早く使わなかったの?ってゆうかなんで爆弾なんか?」
「タイミングだよ。昨日ずっと聞いてたんだけど、午前3時から午前6時まで工場は一時的に休止する。メンテナンスかなにかの関係かな。工場が稼動しているときはずっと地響きのようなものがしてたでしょ?爆弾は、あいつの趣味。」
向かい側の壁掛け時計を見て言う。
「そぉいいえば、しばらく静かになったときあったねぇ〜。」
「こんなこと話していて、盗聴や監視の心配はないのでしょうか。」
菜緒に継いで美夜が辺りを見回しながら言った。
「平気だよ、昨日から機械の出す波長を探っていたんだけど、それらしいのはないよ。有るのはパソと電話機の波長だけ。」
「あんたはアンテナかなんか?ちょっとすごいじゃない。」
「で、どうする?助かる保証はないけど・・・。」
「・・・・・・飢え死によりはマシよ。」
みんな無言で頷く。
「よし、明日の午前3時30に起爆させよう。それまで、おやすみ。」
そういって、各自体力の温存に努めた。
「ほらよ、飯だ。食え。」
疾風の死体を鉄格子の中の男たちに放り投げる。看守が遠ざかるのを機にいっせいに話し始める。
ここは捕らえた被験体の「保管庫」。世界中から捕えられてきた実験対象が一時的に入れられ、実験体になる日をただ過ごす場所。
「おい、血まみれだぜ?しかもこの兄ちゃんの血じゃねえ。何人もの血のにおいがする。」
「外傷はありませんね・・・。まさか、血で溺死?」
男たちの後ろで、ルーマニア語で話している長身の大男がいる。狼男だ。
「この方は、『その死体から、ヴァンパイアの臭いがする』とおっしゃられています。」
大男のそばにいた品のいいメガネの男性が通訳した。恐らく、黒魔術師だろう。
「??鼻のいい狼さんには分かるのかな?」
「確かに・・・我々と同じ匂いがするぞ。」
「でも死んでる・・・。」
「畜生、あいつらひでぇことしやがる!」
「同朋の肉なんて食えるわけねぇじゃねぇか!」
様々な国の言葉が飛び交う。
「いや・・・生きてるよ。」
小さな男女の兄妹が、そばでささやく。人魚の兄妹だ。今は足が人間のそれと同じだが、うろこで分かる。
「このお兄ちゃんの“中”で、いっぱい変わっているよ。」
「覚醒・・・ですかね。」
メガネが呟く。
「・・・今、危ないかも。私たちの血、飲ませなきゃ。」
人魚の血には人を生き返らせる力がある。生きている人の傷口に塗ると治癒する能力もある。
「なにか、切るものは無いですか?」
「その兄ちゃんが腰に下げてるもの、あれじゃ切れねえか?」
そこには紅く汚れたダガーが鈍く光っていた。
何の戸惑いも無く腕を切る人魚の少女。人間にしてみれば10歳ほどの顔つきだろうか。
白く細い腕に長く引かれた紅の線を、倒れている疾風の口元に押し付ける。途端、急に目を覚ます。
当然の結果に一同は驚きもしない。
痛みを堪えて顔を歪める幼い少女。無意識のうちに傷跡を舐める血まみれの少年。
それは、眩いほどに官能的で、全てを拒絶する厭らしさを兼ねていた。
やがて、深いため息のような吐息とともに疾風が体を起こす。
「う・・・気持ち悪・・・オエェ・・・。」
ビシャビシャと大量に吐血する。もちろん彼のものではなく、肺や胃にたまっっていたものだ。
「覚醒第一段階完了ですね。」
メガネの黒魔術師が着ていたYシャツを脱いで、少女の傷口に強く巻いて止血する。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うぅ・・・胃もたれする・・・。」
「やつらは焦りすぎて、ちゃんのと覚醒開始まで見ていられなかったのですね。」
「覚醒には2時間はかかる。」
「おい少年、話は聞こえておったろう?」
「はい、体は全然動きませんでしたが、意識はハッキリしてました。いったいどうして?」
「劇的に変化を・・・といっても肉体的な変化はあまり目には見えないのですが、その変化を受け入れるために一時的に身体機能が停止するのです。なぜ意識が飛ばないのかは、ヴァンパイアの間でも未だに分かっていません。」
「ちょっと待ってください。・・・そうすると、僕はやっぱり大覚醒を起こすヴァンパイアだったのですか?だから、血で溺死しないですんだということ?」
目をまん丸にして疾風がメガネに問いかける。
「そうゆうことですね。詳しくは知りませんが・・・。」
それを引き継ぐように、黒人の体格のいい男が喋りだす。日本語で。
「何の変化も実感できないだろ?」
「ええ、何か変わりました?」
「犬歯が少しだけ伸びている。」
確かに、口の中に若干の違和感があった。
「それだけ?」
「肉体的にはそれだけだ。」
「は?」
「後は・・・自分で確かめるしかない。」
この鉄格子の中には何人かヴァンパイアがいる。
それぞれには立派な犬歯を持つもの、魅惑的に黒く薄い膜でできたような翼を持つもの、様々だ。
象徴的な身体的特徴を兼ね備えている。腑に落ちない疾風。
「あの、大覚醒したってことは、僕のご先祖様はさぞかし立派なヴァンパイアだったのでしょう?なのになんで・・・犬歯が少し伸びただけなのでしょうか?」
「我々からすれば、だいぶ「「変化」」したと思いますよ。変化は見えるものではなく、感じるものなのです。」
「???」
頭の中カーニバル状態の疾風。ウサギさんやカエルさんがぴょんぴょんと跳ね回っている。
「今に分かる、もう何も聞くな。」
有無を言わさぬ表情。ビビる疾風。
「・・・はい。」
疾風は妙に落ち着いていた。自分はヴァンパイアでよかったと思い、行動に移すべき選択肢を探す。
人間ではない自分にさほどショックを受けず、逆に、感謝。ありがとうご先祖様。
そのご先祖様がいなければ、今回の事件に巻き込まれることはなかったことなど、単純な疾風は気づかない。
進介たちはまだ生きているだろう。校長が餓死させると言っていた以上、数日は確実に生きているはずだ。
勝機は・・・ある!しかし、ある疑問に直面する。重厚な牢獄に囚われているならまだしも、鉄格子など狼男の力で簡単にこじ開けられる。
「どうして・・・逃げないのです?」
「今日がその日だ。」
「はい?」
「今日は満月・・・。」
狼男は感覚的に分かるのだろう。
「じゃあ、今日逃げるのですね?」
「兄ちゃん、あんたは運がよかったな。満月の夜は、俺たちの力が最大限に活かせる。たとえ、視覚的に認識しなくても、体が分かるんだ。
だけどな、いくら俺たちが人間より強くったって、あっちには俺たちに改良を加えた生物兵器がうようよとのさばってるんだぜ?まともにやりあったら、物量の差で負けるのは当然だ。だから、なるべく戦闘を避けていかにゃならん。」
「友達が・・・社長室に囚われているんです。一緒に助けてください!」
「それは難しいですね・・・我々が逃げるので手一杯です。それ以前に、逃げ切れる保証も無い。社長室は場所も分かりませんし。」
「まだ高校生なんです、、、それに、俺のせいで巻き込んでしまったようなもの・・・。」
「何人だ?」
「6人です・・・。」
「多いな・・・。」
「お願いします!」
「仲間・・・か?」
「大切な人達です・・・。親友に幼馴染、元恋人によき理解者・・・みなさんにも、いますでしょ?」
しばし沈黙。
「俺は・・・手を貸そう。」
「私も協力させていただきます。」
「そんなら俺も。どうせ生きるか死ぬかわかんないし、うまくいけばもうけもんじゃん?」
そういって、何名かのヴァンパイアが立ち上がって疾風に向かった。
「ありがとう・・・ございます。」
「仕方ない、作戦変更しますか。」
「作戦?」
「脱出経路の変更ですよ。この施設のどこを通っても、必ず生物兵器に接触します。一番抜けやすい経路を考えてたのですが・・・。」
「あ・・・ごめんなさい。」
「いやいや、どのみち一か八かの大勝負ですから。」
「そういえば、うまく施設を抜けられたとしても、それからどうなさるのですか?」
「車が待っている。」
「だれの?」
「我々のだ。」
「連絡取れるのなら、増援を要請すればいいじゃないですか?」
「それは、仲間を危険にさらせといっているのか?」
「あ・・・いや・・・そうゆうわけじゃ。」
メガネが優しく言う。
「我々は、どんな種族であっても、少数だということに変わりはないんです。もし失敗したら、余計に被害が出てしまう・・・分かりますね?それに我々が行動を起こすのは、決まって満月なのです。人間たちはそれに気づかない。連絡は取れてないのですが、暗黙の了解で分かります。」
「はい・・・。」
「最終的には、大きな鉄の扉を通らないといけません。出入り口があそこしかないのです。外側からはカードキーが必要なのですが、内側からはボタン一つで開きます。」
「どうしてそんなこと知っているのですか?」
メガネがニヤリと笑いながら言う。
「ここの職員でした・・・正確には諜報活動をしていたのですがね・・・。」
疾風が息を吹き返したとき、ちょうどゆきの涙も枯れる。
「・・・?生きてるの?」
「ん?」
突然に泣き止むゆきを不思議がる真紀。
「生きてる・・・生きてる!」
「ん?????」
ますます訳の分からない真紀。ひやすらに泣いていたゆきを抱きとめていたので、事情など一切知らない。
徐々に手のひらに温かさが戻ってきた。
「良かったぁ〜・・・でも・・・違う・・・。」
「何が違うの?」
「流れ。」
「流れ?」
そう言ったまま、何かを考えるようにゆきは黙り込んだ。