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第五話 レオンの言い分

前話:第四話「証拠から祈りへ」


 レオンは約束の時間ちょうどに来た。


 遅れるだろうと思っていた。あるいは来ないかもしれないと。だが扉が開いたのは、リーゼが時計を確認した直後だった。


 蒼雷は、アキラが抜けた二週間後に解散していた。


 セレナが個人のDランク依頼を受け始め、ガルドが別のBランクパーティに移籍し、レオンだけが冒険者街の宿屋に残った。ギルドへの解散届にはレオンの署名だけがあり、理由の欄は空白だった。リーゼは記録保管室でそれを確認してきたばかりだった。


 理由の欄は空白だが、数字が語っている。アキラが抜けた直後のクエストで、蒼雷は初めてボス戦に失敗していた。霧の渓谷のときと同じような、弱点属性の特定が必要な相手だった。誰も特定できなかった。撤退。負傷者二名。そこから一週間、蒼雷はクエストを受けていない。二週間後に解散届が出された。


 

 目の前に立ったレオンは、大きな男だった。


 Aランクの剣士というのは、こういう体格をしているものなのだと思った。肩幅が広く、腕が太い。だが動きに無駄がない。小会議室の椅子に座る所作ひとつにも、戦い慣れた人間の身体制御が出ていた。


 金色の髪。青い目。整った顔立ちだが、目つきが鋭い。リーゼを見る視線に、値踏みするような色がある。


「ギルド労務官のリーゼです。本日はお越しいただきありがとうございます」


「礼はいい。さっさと終わらせてくれ」


 椅子の背にもたれ、腕を組んだ。足を投げ出している。態度で壁を作る人間の典型的な姿勢だった。


 リーゼは気にしなかった。


「では伺います。アキラさんを即日解雇した理由を教えてください」


「戦えない奴をいつまでも食わせておく余裕がなくなった。それだけだ」


「余裕がなくなった、というのは経済的な意味ですか」


 レオンの目が一瞬だけ細くなった。


「……パーティの運営費の話をしているのか」


「はい。蒼雷のクエスト報酬から、ギルドへの上納金、装備維持費、宿泊費などをレオンさんが個人負担していたと聞いています」


「誰から聞いた?」


「お答えいただけますか」


 レオンは舌打ちをした。


「そうだよ。Aランクの維持費は馬鹿にならない。ギルドへの上納が年間で金貨百六十枚。装備の整備と更新が百枚前後。宿と食事が百二十枚。俺の取り分は四割で年間九百六十枚だが、経費を引いたら手取りは五百八十枚だ。セレナやガルドより少ない」


 リーゼはペンを走らせた。


 数字は嘘をつかない。レオンの手取りが実質的にセレナやガルドより少ないという主張は、経費の内訳次第では成り立つ。パーティの共通経費をリーダーが負担する構造は、ギルドの推奨ではなく慣習だ。規約に明文化されていない。


「その経費を、パーティ全体で分担する選択肢はなかったのですか」


「分担したら全員の手取りが減る。ガルドは家族に仕送りしている。セレナは装備に金がかかる。俺が被るのが一番丸く収まったんだ」


「アキラさんの取り分を推奨基準まで上げることは検討しましたか」


 レオンが黙った。


 沈黙が三秒。五秒。


「……検討はした」


 リーゼのペンが止まった。


「一年目の終わりに。アキラの鑑定がパーティに必要なのは分かっていた。罠を見抜く、敵の弱点を出す、戦利品の真贋を判定する。戦闘には参加しないが、いなければ回らない」


「分かっていた?」


「ああ」


「ではなぜ、分配を変えなかったのですか」


 レオンが腕を組み直した。


「計算したんだよ。アキラの取り分を一割五分に上げると、差分の五分はどこかから持ってくるしかない。俺の取り分を削れば、経費が払えなくなる。セレナかガルドから削れば、パーティが割れる。どこをいじっても崩れる」


「それで一割のまま据え置いた」


「そうだ。三年間ずっと」


 レオンの声に、初めて何かが混じった。怒りではない。苛立ちでもない。もっと低い、重い感情だった。


「分かってて据え置いたんだよ。分かってたから余計に、あいつの顔を見るのがきつかった。だから——」


 レオンが言いかけて、口を閉じた。


 リーゼは待った。


 だがレオンは続けなかった。代わりに、テーブルの木目を睨むように見つめていた。


 だから——なんだ。


 だから、価値を認めないふりをした。認めたら分配を変えなければならない。変えたらパーティが回らない。回らないことを認めたくないから、アキラの仕事を見ないことにした。見ないことにするために、役立たずと呼び続けた。


 リーゼにはその先が見えた。見えたが、自分からは言わなかった。審判官は証人の言葉を引き出すのであって、代弁するのではない。


「レオンさん。もうひとつ伺います」


「何だ?」


「クエスト報告書を、すべてあなたが書いていましたか」


「リーダーの仕事だ」


「記録を突きあわすと、アキラさんの鑑定が決定的だった場面がいくつもありました。霧の渓谷でのボスの弱点特定、石化トラップの発見、装備の劣化診断。ですが報告書にはアキラさんの名前がほとんど出てきません」


 レオンの顎が動いた。歯を噛み締めている。


「鑑定結果を使って指示を出すのは俺の判断だ。最終的な指揮は俺がやっている。だからリーダーが責任を負う」


「その判断の根拠がアキラさんの鑑定だったことは?」


「分かっている」


「報告書に記載しなかった理由は?」


 沈黙。


 レオンの右手が拳になった。テーブルの上で、握って、開いて、また握った。


「書けなかった。書いたら認めることになるだろう。鑑定士がいなければ、このパーティは回らないって。Aランクの剣士が、戦えない奴に依存しているって。それを公式の報告書に残すのは——」


 声が途切れた。


「無理だった。プライドの問題だと言えば、そうだ。くだらない理由だと思うだろう?」


 リーゼはペンを置いた。


「くだらないとは思いません」


 レオンが顔を上げた。


「ですが、プライドを守るために他者の貢献を消す行為は、その人の存在を否定することと同じです」


 レオンの目が、一瞬だけ揺れた。


 それはあの日誌を読んだときのセレナの目と、どこか似ていた。自分が何をしていたのか、今この瞬間に本当の意味で気づいた人間の目だ。


「聞き取りは以上です」


 リーゼは記録を閉じた。


 レオンはすぐには立ち上がらなかった。椅子に座ったまま、テーブルの上の何もない場所を見ていた。


 それからゆっくりと立ち上がり、扉に向かった。


 扉の前で足が止まった。


「あいつの日誌、お前も読んだのか」


「はい」


「……全部か」


「全部です」


 レオンの背中が、わずかに強張った。


「最後に何が書いてあった」


 リーゼは一瞬だけ迷った。証拠の内容を関係者に開示するのは、手続き上は審判の場ですべきことだ。だがレオンの声には、問い詰める響きはなかった。


「明日も全員が無事でありますように、と書いてありました」


 レオンは振り返らなかった。


 扉を開けて、出ていった。


 足音が廊下に消えてから、リーゼは気づいた。


 レオンの右手が、最後まで拳を握ったままだったことに。


 そしてもうひとつ。


 来たとき鋭かった目つきが、帰るときには別の色をしていた。


 怒りでも侮蔑でもない。


 名前をつけるなら、後悔というのが一番近かった。

次話、21:00。第六話「ガルドの沈黙」。

審判への出席を拒否した盾役ガルド。その沈黙の理由を、リーゼが訪ねます。

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