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第三話 セレナの証言

第三話。初日の最終話です。本日21時更新。



 聞き取りの場所は、ギルド本部の小会議室を使った。


 窓口の部屋では狭すぎる。それに、証人が落ち着いて話せる空間が必要だった。相談窓口は開けた場所にあるから、廊下を通る冒険者の目が気になる。証言をためらう理由は、できるだけ減らしておくべきだ。


 リーゼは机の上に水差しと杯をふたつ用意した。聞き取りは対話であって尋問ではない。だが証人にとって、その違いは見た目では分からない。小さな配慮が、最初の一言を引き出す。


 約束の時間より五分早く、扉が叩かれた。


「セレナさんですね。どうぞ」


 入ってきた女性は、赤い髪を束ねていた。冒険者にしてはやわらかい顔立ちで、目がよく動く。部屋の中を一瞥し、リーゼの顔を見て、机の上の水差しを見て、それから窓の外を見た。


 落ち着かないのだろう。


「お掛けください。お水をどうぞ」


 セレナは椅子に座り、杯を両手で包むように持った。飲まなかった。


「まず確認させてください。この聞き取りは、アキラさんが申し立てた労働審判に関するものです。セレナさんは関係者として証言をお願いしていますが、強制ではありません。答えたくない質問には答えなくて結構です」


「……はい」


「では伺います。蒼雷でのアキラさんの役割を、あなたの言葉で教えてください」


 セレナは杯を見つめた。水面が揺れている。両手が震えているのだ。


「鑑定士です。ダンジョンの罠を見つけたり、敵の弱点を調べたり、戦利品の値段を鑑定したり。戦闘には参加しません」


「パーティにとって、必要な役割でしたか」


「……はい」


「その役割に対して、報酬分配の一割は妥当だったと思いますか」


 セレナの目が泳いだ。杯を置いた。また持ち上げた。


「それは……レオンが決めたことで、私は……」


「セレナさん自身の認識を聞いています。レオンさんの判断ではなく」


 沈黙が落ちた。


 リーゼは待った。証人が言葉を探している時間は、最も大切な時間だ。急かせば本音が引っ込む。


「……少ない、と思っていました」


 小さな声だった。


「ずっと」


 リーゼは頷いた。表情は変えない。


「具体的な場面を伺います。蒼雷のクエストの中で、アキラさんの鑑定が決定的な役割を果たしたと感じた場面はありますか」


 セレナは顔を上げた。


「たくさんあります。でも一番はっきり覚えているのは、霧の渓谷です」


「詳しく教えてください」


「二年目の秋でした。渓谷のボスは硬くて、レオンの剣もガルドの盾打ちも通らなかった。長期戦になりかけたとき、アキラが言ったんです。弱点は雷属性だと」


「アキラさんの鑑定を受けて、何が起きましたか」


「レオンが私に『雷で撃て』と指示しました。私の雷撃魔法が、一撃で通りました」


「その指示の根拠は、アキラさんの鑑定だった?」


「はい」


 セレナの声が少し大きくなった。自分の言葉に確信が乗り始めている。


「でもクエスト報告書には、アキラの名前は出ていません。…… レオンの判断で指示した、とだけ書いて提出したと思います」


「報告書は誰が書いていましたか」


「レオンです。いつも」


 リーゼは手元の紙に記録を取った。


「もうひとつ伺います。ガルドさんの盾が破損した件について、覚えていますか」


 セレナの表情が曇った。


「二年目の冬です。黒翼の迷宮で。ガルドの盾が、ボスの一撃で割れました」


「その前に、アキラさんが盾の状態について進言していたことは知っていますか」


「……知りませんでした。後で聞きました。アキラがレオンに、盾に亀裂があるから交換した方がいいと言っていたって」


「レオンさんは」


「却下しました。予算がないって」


 セレナは杯の水を一口飲んだ。飲んでから、続けた。


「ガルドは大怪我をしました。治療に二週間かかった。その間のクエスト報酬はゼロです。ガルドは家族に仕送りをしているから、その二週間は……つらかったと思います」


 リーゼのペンが止まった。


 予算がない。


 その言葉が引っかかった。Aランクパーティの年間報酬は二千四百枚前後。盾の交換費用がいくらかは確認が必要だが、払えない額ではないはずだ。なぜ予算がないのか。


「蒼雷の経済状況について、何かご存じですか」


 セレナは少し黙ってから、声を落とした。


「レオンは、自分の取り分の四割から、いろいろ払っていました。ギルドへの上納金、装備の維持費、宿の部屋代。Aランクを維持するために必要な費用が、全部レオンの取り分から出ていたんです」


「パーティの共通経費を、リーダーが個人負担していた?」


「はい。だからレオンの手取りは、見た目ほど多くなかったと思います。でも、だからって——」


 セレナが言いかけて、口を閉じた。


 リーゼは待った。


「だからって、アキラの取り分を削っていい理由にはならないと、思っています。今は」


「今は、とおっしゃいましたね。当時は違いましたか」


 セレナの目に涙が滲んだ。


「当時は、何も考えていませんでした。レオンが決めたことに従っていればパーティは回るし、クエストもこなせるし。アキラがどう思っているかなんて、考えなかった。考えないようにしていたのかもしれません」


 涙が一筋、頬を伝った。セレナは拭わなかった。


「分かってたんです。アキラがいなかったら、私たちは何度も死んでいた。霧の渓谷のときも、あのトラップの連続のときも、全部。分かっていて、何も言えなかった。レオンに逆らったらパーティを追い出されるかもしれないって。自分が追放される側になるのが怖かった」


 声が震えた。


「最低ですよね」


 リーゼは何も言わなかった。


 審判官として、証人の自己評価に同意も否定もすべきではない。それは分かっている。


 だが胸の奥で、別の声が聞こえていた。


 ーーー怖かったんだよね。声を上げたら自分が潰されると思ったら、黙るしかなかったんだよね。


 リーゼはその声を飲み込んだ。


「セレナさん。ありがとうございます。最後にひとつだけ」


「はい」


「アキラさんは、あなたに何か言い残しましたか。蒼雷を離れるとき」


 セレナは首を横に振った。


「何も。酒場で、レオンに明日から来なくていいと言われて、アキラは『わかりました』と言って立ち上がりました。それだけです。怒らなかった。泣かなかった。ただ契約書の話をして、出ていきました」


「その後、連絡は」


「ありません」


 セレナが杯を置いた。水はもう残っていなかった。


「私、あのとき何か言うべきだったんです。『待って』でも『ごめん』でも。でも言えなかった。だから今ここで話しています。せめてこれくらいは」


 リーゼは記録を閉じた。


「ありがとうございました。審判の日時が決まりましたら、改めてお知らせします」


 セレナは立ち上がり、扉の前で一度だけ振り返った。


「労務官さん」


「はい」


「あの日誌、読みましたか」


「一冊目と二冊目の途中まで」


「全部読んでください。最後まで」


 セレナの目は赤かったが、声はもう震えていなかった。


「お願いします」


 扉が閉まった。


 リーゼは一人になった部屋で、しばらく動かなかった。


 それから水差しの水を自分の杯に注ぎ、一口飲んだ。


 ーーー全部読んでください。


 三冊目は、まだ開いていない。

第三話までお付き合いいただき、ありがとうございます。

明日4/11(土)19:00より、第四話〜第七話を連続投下します。

・第四話「証拠から祈りへ」 20:00

・第五話「レオンの言い分」 20:30

・第六話「ガルドの沈黙」 21:00

・第七話「リーゼの名前」 21:30


「全部読んでください。最後まで」——セレナの言葉通り、明日リーゼは日誌の三冊目を開きます。

★続きが気になった方は、ぜひブックマークを。更新通知が届きます。

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