第9話 偽りのクピドと呆れるゼピュロス
西風ゼピュロスは、けっこう重要な役どころですね。
愛しいプシュケーを居館に運びながら、クピドは以前アポロンが
話していたことを思い出していました。
「この竪琴を持って、プシュケーのことを告げればいいだけのこと」
「しかし、そんなにうまくいくのだろうか?」
クピドの疑問に、アポロンはクスクスと笑いながら答えました。
「なるさ。君は恋に落ちているから、不安が先立つようだけどね」
「そ、そうなのかな・・・・・・」
「そうさ。今まで君は、何かを成そうとしたときに、うまくいくかどうかなんて
気にしたことがあったかい?」
「ないな」
「だろう?僕への悪戯の数々で、失敗することなんて、考えもしなかっただろう?」
「確かに」
クピドは、正直に、力強くうなづきます。
「人間も同じさ。何かに囚われている限りは、不安が頭をもたげる。恋でなかろうと」
「そんなものだろうか?」
「そうさ。現に、王と王妃は今頃は神の思し召しやらを気にしている頃だろうよ。
自分達の行いは、神の御心に適っているかどうか、神の怒りを買っていないかどうか」
「まあ、母アフロディーテの怒りは買ったみたいだけど」
「それもおかしな話さ。あのアフロディーテが、そこまで気にするのかな?
まあ、アフロディーテの話は今はいいか。人間は本当に愚かだよねえ」
クピドは、アポロンの語りにうなづきもせず、黙って聞いていました。
「だってさ、僕からすると、自分の大事なものやこれからのことをさ、なぜ我々、神に
いちいち尋ねるのさ?神と共に歩む覚悟を持つ者が尋ねるのは、わからなくもない。
だけど、多くの人間は、神々と共に、と考えるかねぇ。
仮にさ、神託が、間違えていた時はどうするのだろうね。自分の中で決めている答えと
神託が違う時は、どうするんだろうね?」
アポロンは、ゆっくり何かを思い出すかのように、饒舌に語ります。
「人が神に問う時は、強い信念が伴う。僕はそう思うね。それがない者には答えは与えない」
「そんなものだろうか?」
「そんなものさ」
預言や託宣のことは、よくわからないクピドは、アポロンの話を理解できていませんでしたが
いざ、こうして人間のプシュケーを前にすると、ほんの少しだけ、臆病になるのでした。
(プシュケーは、僕と同じ思いを持ってくれるだろうか。神である僕をどう思うのだろう)
居館に着いたクピドは、プシュケーを庭にそっと寝かせると、近くの大木の遥か上へと
登ります。自らの姿をプシュケーに見られないためです。
「なんて美しいのだろう。プシュケー。そう思わないか?西風の神ゼピュロスよ」
「お呼びですか、クピド様」
姿形は見えませんが、西から吹く暖かい風がクピドの呼びかけに応えます。
「いいかい、ゼピュロス。あの娘は、僕の妻だよ」
「はあ」
「なんだよ、気の抜けた返事だな」
「いや・・・・・・クピド様がご結婚されるとなると、このような質素な住まいにするのが
不思議に思いまして」
「理由があってね。母アフロディーテには内緒なのさ」
「はあ・・・・・・内緒でございますか」
「なんだよ、何か言いたげだな」
「クピド様もお判りでしょう。そんなことが可能なんでしょうかね?」
「それは、まあ。その・・・・・・」
ゼピュロスは、いろんな神の助力となる神です。クピドだけでなく、オリンポスの神々全員と
親しい間柄です。クピドの母、アフロディーテのこともよく知っているのでした。
「私からアフロディーテ様には申し上げますまい。それで?私は何をすればよいので?」
「プシュケーの前に、僕は姿を現さないで過ごすから」
「はあ」
「世にも恐ろしい怪物の男として振る舞うから、そのように演出してほしい」
「お言葉ですが、クピド様。そうであれば、西風を吹かせる私よりも、北風が適任では?」
「北風はダメだ。プシュケーが怖がるだろう」
「はあ・・・・・・クピド様。つまり、あなた様はプシュケーには優しくありたい、と」
「そうだ」
「でも姿は見せない、悟らせない、と、こうおっしゃるのですね?」
「そうだ」
ゼピュロスは、事の次第を把握しながら、クピドの様子にあきれ果てました。
(あのクピド様が・・・・・・ねえ・・・・・・)
ゼピュロスは、改めて、神の力が宿る恋の矢の威力を思い知るのでした。
続きます




